COURRiER Japonの9月号に「誰にも教えたくない16の目的地 究極のバカンス!」という記事がある。面白そうなので読んだ。16の目的地は以下の通り。
01.HARNAS - ハーナス野生生物保護区 ”ブランジェリーナ”も心酔! 猛獣の世話で刺激的ホリデー
02.COGNE - コーニュ渓谷 アルプスの山々に抱かれる”天国(パラディーゾ)”に一番近い谷へ
03.COLCA CANYON - コルカ渓谷 アンデスの秘境で地元の子供に朝食を
04.XIXUAÚ-XIPARINÃ - シシュアウ・シパリナ自然保護区 インディオと力を合わせアマゾンの自然を救おう
05.CAMBODIA - カンボジア 理念に賛同できるホテルを選ぶ
06.GRAMPIANS - グランピアンズ国立公園 オーストラリアの自然を守るロハスな旅
07.AMBOSELI - アンボセリ国立公園 ケニアに行ってマサイ族の生活を支援
08.EVERGLADES - エバーグレイズ国立公園 マイアミの世界遺産に木を植えてみる
09.SCOTLAND - スコットランド スコットランドの大自然に触れ”泊まれる”レストランを巡る
10.SÃO PAULO - サンパウロ 新感覚のブラジル料理をあのサンパウロで堪能せよ!
11.HELSINKI - ヘルシンキ 知られざる北欧のグルメシティヘルシンキの”地産レストラン”
12.MELBOURNE - メルボルン 「南半球のパリ」でスターシェフに出会う
13.LEBANON - レバノン 地元美食家と巡るレバノン食べ歩き
14.VENEZIA - ヴェネチア 運河をゴンドラに揺られながら現代アートの祭典を満喫する
15.CHICAGO - 巨匠の作品に囲まれた公園で極上のオーケストラを愉しむ
16.BASEL - バーゼル 世界中のコレクターが巡礼するアートの聖地バーゼルへ
どこにも行ってみたい。内容についてはクーリエ・ジャポンを読んでください。
読み終わって、自分がいままで行ったことのある場所で究極のバカンスと呼べる場所があるかどうか考えた。究極のというほどではないかもしれないが、最初に思い浮かんだのがケニア、次に思い出したのがヘロン島だ。オーストラリアのグレートバリアリーフにあるサンゴ礁の隆起でできた小さな島だ。歩いてまわれるほど小さい。確か30分もあれば一周できる。走れば10分少々でも可能だろう。そんな小さな島だ。以下にGoogle Mapによる衛星写真を置こう。
大きな地図で見る
ここは島の半分がクイーズランド大学の研究施設、あとの半分がリゾートになっている。だから一般客がここに来るためにはかならずそのリソートに宿泊しなければならない。結果として入島のための手続きは完璧になされているので泥棒はいないということだ。だから受付で、コテージに鍵はかけないでくださいと言われる。普通なら「貴重品の責任は取れないので各自管理して・・・」と言われるが、そんなことも言われず、かえって不安になった。(なんて貧乏性)
この島では水の使用が制限されている。きれいな水は海水から作るものと、運ばれてくるミネラルウォーターだけだからだ。だからシャワーにも確か制限があった。汚れた水を島から外に出さないためにすべて処理している。
厳格な制限によってこの島はとても美しい。11月から1月にウミガメの産卵があり、数ヶ月後孵化した亀が海に入っていく。僕が行ったのは確か3月か4月頃、小さなウミガメがよちよちと海に入っていくのをのんびり見た。
この島の一番の特徴はクロアジサシが山のようにいることだ。数十万羽と言われる。だからどこの木にも何十羽も留まっていて、歩くときには飛んでいる鳥をよけながら歩く。鳥が大嫌いという人には地獄のような場所だろう。
いつかここに11月か12月の満月に日に行きたいと思っている。サンゴの産卵があるのだ。満月の夜、いっせいにサンゴが産卵する。翌朝、いつもは青い海に、サンゴの卵でピンク色の筋ができているとか。
下はヘロン島にあるシャークベイの写真。

ところで、クーリエ・ジャポンの記事を読み、ヘロン島を思い出してふとよぎった思いがある。かつて、もう20年以上前のこと、地球環境について何か言うと、必ずこういう人がいた。
「地球の環境を人間が考えるなんておこがましいことだ」
その気持ち、わからないでもない。しかし、今になってこうやって雑誌を読んでいると、バカンスの中心は人間が何かに関わることだ。動物を保護したり、貧しい人を助けたり、おいしいものを食べに行ったり、アートを見たり。ちょっと視点を変えると「バカンスに行く人って傲慢かも」と思う。もちろんそれはヘロン島に行って喜んでいる僕も含まれる。
雑誌記事で特に違和感を感じたのは「アンデスの秘境で地元の子供に朝食を」という記事だ。こう書かれている。
ホテルでは、宿泊客のためのさまざまなアクティビティを用意している。コルカ渓谷へのトレッキングはもちろん、サイクリングや乗馬、ペルー料理の教室やボランティア活動のプログラムもある。
近くの村にあるマザー・アントニア修道院では、36年前から慈善活動を行っている。ここには貧しい人たちのための食堂があり、修道女たちが一日に600食の朝食を提供している。毎朝パンを焼き、週末には昼食も出す。ホテルの宿泊客は、お金を寄付することで修道院の活動を支援することができる。また、自ら食堂に赴いて、直接この活動に参加することもできる。ホテル側も、この食堂で使う食材を提供するための土地を無料で修道院に提供している。
一番の幸せは、出会う人みんなが幸せでいることだ。しかし、それは現状では理想でしかない。リゾートを訪れて、ただ何かに関わっても、それに持続性がなければ意味がない。
世界のすべてに責任を持つというのは誰にとっても無理な話だ。しかし、責任を持つためにできることは何かを考え、実行することはできる。たとえば僕にとっては、問題を見つけたらそれをどこかで発信することだ。僕自身が持続できなくても、誰かが持続できる可能性を作る。その小さな連鎖が何かを生み出すことを期待している。
僕たちは十分に豊かな暮らしをしているという感覚がなければ、きっとうまくいかない。それは先進国やリッチな人ほどそう感じる必要があるだろう。しかし、僕は先進国に住んではいるものの、満たされない心を抱えているのも確かだ。きれいごとと本音のあいだをどうつないでいくのか。本音に口を噤み、きれいごとばかり言うのも正しくはないだろう。いつか「僕の喜びは君の喜び」となる日が来ればいいのだが。
こう書いてひとつ発見した。「僕の喜びは君の喜び」と考えることで僕は、君がいつか歩み寄ることを中心に考えていた。「君の喜びは僕の喜び」と書くと、答えはもっと簡単になる。僕が歩み寄ればいいんだから。






