
先日、長谷川章さんと会った。長谷川さんはTVCMのクリエイターだが、1996年頃から『デジタル掛軸』をおこなっている。
はじめて見せてもらったときは言葉を失った。「これいったいなに?」というのが正直な感想。そのあとに「だからなに?」「それでなに?」「だいたいなに?」と疑問が噴出して、「言いようがない」と落ち着く。ところが、この「言いようがない」が実は長谷川さんの狙いだった。
ここから先はネタバレのようになってしまうので、あくまで自分の感性で作品と向き合いたい人は以下のスケジュールでおこなわれるので、現地に行ってご覧下さい。これがどのようなものかをまずは知りたいという方は先をお読み下さい。
2010年 D-K Live スケジュール
5/1〜5/2
熊本県荒尾市万田坑
5/11〜5/23
石川県金沢市 石川国際交流サロン
6月
中国 上海万博
7月
フランス モンサンミッシェル
8/16〜8/23
オーストリア オーストリア・フェスティバル
8/24
ポルトガル
8月
イギリス チャッツワース・ハウス
9/16
フランス 凱旋門
ここからは、これがどんなものなのかまずは知りたいという人への説明です。
掛軸はみなさんご存じだと思う。床の間に飾るあれである。あれはあれだが、現代にその掛軸の本当の意味を知っている人はあまり多くはないだろう。あれは単なる絵画装飾ではないのだ。
僕の父親の思い出話に掛軸のことが出てきた。その話をしよう。僕の祖父は神主だった。しかし、その神社を捨てて樺太に渡り、ニシン漁をして大金持ちになる。父はその頃生まれた。その家では毎年新年に祖父が床の間に掛軸を飾ったそうだ。普通は一本飾るものと思うが、祖父は違った。何本も飾ったらしい。父がそれを見ていた。まだ幼かった父がその意味を知ることはなかったが、神主だった祖父にとっては、掛軸のかけ方に何かこだわりがあったようだ。父は晩年、その順番がどのようなもので、そこにどんな意味が込められていたのか、聞けなかったことを残念に思っていた。その意味を聞く前に戦争が始まり、父は出兵してしまう。終戦後、父は祖父に再会することはなかった。
つまり、掛軸は鑑賞するものではなく、礼拝するものだった。
デジタル掛軸では、礼拝と言うよりは、瞑想状態を作ることによって何かを求めていく。心を空っぽにしてデジタル掛軸に対面したとき何を感じるかが大切になる。
長谷川さんはデジタルによる抽象画をこのために100万枚制作したという。その100万のイメージを様々な場所へ投影させていく。そのために世界中を回っている。ゆっくりと変化していく抽象画が、大きな画面となる何かに照射され、普段では見ることのできない様相を作り出していく。
去年の11月3日、伊勢神宮でのD-K Liveから映像化をし始め、それをシリーズ化している。そのうち番組になったり、DVD化されたりして、多くの人たちの目に触れるだろう。
すぐに見てみたいという人は、東京三田の東京さぬき倶楽部でほぼ毎晩見られる。
LIGHTSCAPES trailer from Peter H. Chang on Vimeo.





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