6月

13

梅雨の空気

梅雨らしい空。
水分をたくさん含んでいて、しっとりとしている。
あらゆる微生物が元気になりそう。
体内の微生物にも元気になってもらおう。

6月

12

スマッジを焚く

ひさしぶりにスマッジを焚いた。
気分一新、気持ちが軽くなる。
ここのところ世相は暗いことばかり。
膿を出し切って気持ちよい世界の到来を期待したい。

6月

12

雨のすき間

出かける前にパラパラと降っていたが、出かけるときには降っていなかったので折り畳み傘を持って出かけた。
目的地について三時間ほどして出てくると、大雨が降ったように道路が濡れていたが降ってはいなかった。
うちに帰って部屋に入ると、降り出した。

6月

10

ティンシャ

ヒーリング・ライティングのワークショップを始めた頃、いい音のティンシャが欲しくて、お店で見つけると鳴らしていた。
なかなか気に入った音のが見つからず、あるとき安曇野のシャンティクティで見つけて、それを使った。
10年ほど使って、バリ島で見つけたティンシャに変えた。
以前のものはひとに譲った。
ふたつの鐘の音程が微妙に違うのがいい。
ワウワウワウと、音のモアレが生まれる。
今使っているものも、かつて使っていたものも、すぐにその音を思い出すことができる。

6月

10

初夏の風

南からの風が、部屋の中を抜けて行く。
吹き抜ける初夏の風が気持ちいい。
服装はすっかり半袖半ズボン。
油断をするとつい居眠りをしそうだ。

6月

8

小部屋

ピアノを動かして作った小さなスペースに、座り心地のいい椅子を入れ、入口に小さな扉を付けた。
読書室のできあがり。
狭い場所で本を読む。

6月

8

ピアノを動かす

十数年ぶりにピアノを動かした。
引っ越して以来はじめて。
50cmほど動かしたが、それで体中痛い。
引っ越して来た頃はピアノを少し動かしてもたいしたことはなかったが、十数年の歳月は僕のからだを老化させてくれた。
きっと若い頃より、死ぬのが楽なからだになっているんだろうな。

6月

6

資本主義のリセット

6月3日の日経新聞に「資本主義のリセットを」という記事が掲載された。
世界経済フォーラム(WEF)の年次総会のテーマを「グリート・リセット」にするという。
どんなグレート・リセットがおこなわれるのか?
記事によると資本主義に変わる経済は『社会的市場経済』で、資本主義に変わる言葉は『才能主義』となるだろうとのこと。
細かいことがわからないので、まだいいとも悪いともいえないけど、多くのひとが幸せに感じて生きられる社会にしていきたい。
才能主義で心配なのは、才能を育てるために競争ばかりがあおられること。
人間の幸せは何かをよく考えた上で、リセットしてほしい。

6月

5

寝転がる

わざわざ書くまでもないことを書くなと思うかもしれませんが、切実に寝転がることが気持ちいいと感じたので書きます。
二ヶ月ぶりに泳いだことは6/3に書きましたけど、その二日後に再び泳ぎに行ったのです。
いつものように泳いだつもりでした。
ところが「いつものように」ではなかったのです。
泳いでいるときは「いつもよりからだが重いな」くらいにしか思っていなかったのですが、一晩明けて朝起きたら、からだが動かない。w
体中が筋肉痛で大変です。ww
なんとか起きてキッチンで水を飲み、もう一度寝転がりました。
気持ちいい!
起き上がりたくなかったのですが、起きました。
また寝転がりたい。

6月

4

揺れる

昨日までは作務衣がよかった。
着ていて心地よかった。
今朝起きたら、なんとなく半ズボンかなと思う。
半ズボンをはいて窓を開けたら涼しい風が入って来て、やっぱり作務衣かなと思い始めている。
揺れるのが気持ちいい。
というか、揺れてもいいというのが気持ちいい、かな。
マスクも、してもいいし、しなくてもいいというのがいいよね。

6月

3

二ヶ月ぶりに泳ぐ

ほぼ二ヶ月ぶりに泳いだ。
この十年、週に二度くらいは必ず泳いでいたので、こんなにブランクがあいたのははじめて。
以前と同じように泳げるのか心配だったが、なんとか二キロ泳げた。
そのかわり時間がかかった。
早くもとの状態に戻したい。
一掻きするごとに、おやっ?と思う。
前はもう少し進んでいたはずなのに。
どこがどう違うかはわからないが、きっと何かが違うのだろう。
一緒に泳いでいた泳ぎのとてもうまい人も、フォームが少し崩れていた。
端から見ているとわかることが、自分ではどうやらわからないらしい。
少しずつ慣らしていこう。
泳げてうれしい。

6月

3

朝の鳴き声

暑くなって来たので、窓を網戸にして寝る。
朝四時過ぎになると空が白んで鳥が鳴き始める。
日によって鳴く鳥が異なるけど、どの鳥の声も清々しくていい。
はじめて行ったカウアイ島のポイプの浜辺を思い出す。
B&Bに泊まり、開けた窓から早朝に十種類近い鳥の声が一度に聞こえた。
八つくらいまでは数えられたが、九つ当たりから「あれ? さっきこの声数えたかな?」となって、本当に正確な数は疑問。
涼しい風とともに窓から入って来て、とても気持ちよかった。
鳥たちはいったい何をささやき合っているのかな?

6月

1

パラダイス酵母

パラダイス酵母という酵母をいただいた。
この酵母でパンも焼けるのだそうだ。
リンゴジュースで培養する。
酵母を少量入れると、しばらくしてリンゴジュースが炭酸飲料のようになる。
それを飲むと体の調子がよくなる。
飲む量と健康状態によっては好転反応が出るそうだ。
あまり大量には飲んでないせいか、僕にはたいした反応は起きていない。
リンゴジュース以外のジュースで培養しているひともいるようだ。
培養しているとちょっと楽しい。

5月

31

抑圧からの解放

ひとは抑圧から解放されていく。
もしそうでなかったら、ひとはこれからますます暴力的になっていくだろう。
インターネットのおかげで万能感が与えられ、それにも関わらず抑圧され続けることで、ひとは心の中に鬱憤を溜めていく。
鬱憤を溜めない人になるために、何が必要か?
それを各個人が自分で考えていかなければならない。
制度で決められたものには不満が生まれる。
だから、他人が決めてもあまり意味がない。
自分が自分の内側の抑圧を、自分で解放していくしかない。
そうなるとエゴばかりのひとが現れてくるという恐怖を抱える人がいるが、そうはならない。
出し切るまでの間、エゴのかたまりのようなひとが現れるかもしれないけど。
人類は抑圧から解放されることで、以前には想像もつかなかったものを生み出すだろう。

5月

30

過去と未来

過去も未来もどこにもない。
ただ「いま」があるだけ。
過去は「いま」思い出したこと。
未来は「いま」空想したこと。
美しい過去も悲惨な過去も「いま」それを作っているだけ。
美しい未来も悲惨な未来も「いま」それを作っているだけ。
どんな過去や未来を作るのか?

5月

30

クラウドアトラス

六つの時代の物語を、一度に見せられる。
どこにも人生の挫折があり、成功がある。
悪と呼ばれるものの正体は何か。
善や愛はどのように得られるのか。
僕たちは何のために生きているのか。
そんなことを思いながら複雑な関係の中に浸される。

5月

28

佃煮

佃煮の詰め合わせをいただいた。
何種類もの詰め合わせなので、ひとつずつ食べている。
じっくりと噛んでいると、ほのかに黒糖の香りがする。

5月

27

ハエの侵入

夜にふと「最近ハエを見てないな」と思った。
昔はよく手や足をこすり首をクルクル回す様子を見たものだ。
「虫が減っているからな」と思い寝た。
翌朝、朝ご飯を食べていると、大きなハエが開けた窓から入って来た。
相方は大騒ぎである。
だけど僕は、ひさしぶりに見てうれしかった。

5月

26

一服の幸せ

朝、机に向かっていたら、相方がお茶を淹れて持ってきてくれた。
「朝のお茶は一服の幸せと申します」
そう言って置いていった。

5月

26

観の目と見の目

僕が幼稚園に通っていた頃、母が不思議なことを言いだした。
道路を渡るとき、こんな話をしてくれた。
「ようちゃん、横断歩道を渡るときどうする?」
「右見て、左見て、もう一度右見てから渡る」
「そうね、そう教わったよね。でもね、ようちゃんはこうしてご覧なさい。まず横断歩道の前に立ったら耳を澄ますの。そしたらまわりで走っている車は一度に全部わかる。それで左右を見るのはその確認。それから渡りなさい」
以来そうして渡った。
あとで気づくのだが、そうしていると横断歩道を渡るとき以外にも気配に敏感になる。
大人になって宮本武蔵の『五輪書』を読んだ。
母が言ってたことを宮本武蔵が別の言葉で書いていた。

目の付けやうは、大きに広く付くる目也。観見(かんけん)二つの事、観の目つよく、見の目よはく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也。敵の太刀をしり、聊(いささ)かも敵の太刀を見ずという事、兵法の大事なり。

5月

26

真実と物語

日本には古事記以来、天皇にまつわる物語がある。
日本にとってそれは大切なものだ。
伊勢神宮に行ったり、皇居でご奉仕したりして、それは感じている。
しかし一方で、歴史的事実も大切なもの。
古墳を調べると、被埋葬者が歴史的事実と、宮内庁が発表していることとの間に差があることがわかる。
歴史は歴史として調べ、日本の物語は日本の物語として保持することはできないのか?
多くの人はできないと思っているようだ。
事実がわかると皇室に危機が訪れると考えている人。
事実を知って日本を変えようとしている人。
いろんな人がいる。
こう考えてくると、真実と物語のどちらを大切にするかというよりは、それを利用して何かをしようとする人の問題だとわかる。
それを解決するのは難しく思えるが、ただみんなが節度を守ればいいだけのようにも思える。

5月

26

耳鳴りがしない

ここのところずっと、電子機器の発する音や、ときには自分の耳鳴りが気になっていた。
ふとそのことを忘れるか、聞こえなくなると、それだけで気持ちがいい。
思い出すと聞こえている。
瞑想することを覚えておいてよかった。

5月

22

紺碧の空

twitterに「紺碧の空」を歌う学生たちの映像が流れて来た。
NHKの朝ドラ「エール」の一場面を切り取って流したもの。
とても懐かしい。
球場で、喉がかれるまで歌った。

5月

22

幸せな感覚

静かに座って、心を遊ばせる。
思い出の場所、うきうきした感覚、一緒にいた人、空気の感触、過去の出来事。
未来について思い描く。
見たことのない景色、見たことのない現象、はじめての感覚、聞こえてくる音楽。
いま、ここにいて幸せ。

5月

20

たくさんのことを知る

ネットの時代になって、かつてでは知りようのなかったくさんのことを知るようになった。
誰かがポソッとつぶやいたことがヒントになって、その奥に隠れていた何かが現れて来たり、噂でしかなかったことが、多くの人々の証言によって事実のように思えて来たり、よほど詳しい人でないとわからなかったことが、多くの人に向けて説明されたり。
ネット時代の前ですでに読み切れないほどの情報があったが、誰でも発信できるようになって情報爆発のようになっている。
情報のカンブリア紀だ。
これを過ぎたら落ち着くのだろうけど、どのように落ち着くかが問題だ。
ひとつの見方にまとめるのではなく、いろんな見方が共存できるようにしたい。