10月

20

別人になる

「気持ちいいもの」がなかなか思い浮かばないとき、いままで書いた「気持ちいいもの」を読みなおすことがある。
そして気付く。
書いたときには気持ちよかったことが、いまはちっとも気持ちよくないことを。
読みなおすことでそのときの感覚を思い出すが、なかには思い出せないものもある。
いったいどうしたことだろう?
きっと僕のなかにはたくさんの別人がいるのだろう。

10月

19

共通の悩み

昨日の「気持ちいいもの」を書くのに、「麦茶ポット」をなんと呼べばいいかわからなかった。
そこで適当に検索して「麦茶ポット」の名称は何かを探す。
するといろんな名前が出てきた。
麦茶ポット
冷水筒
サーバー
ジャグ
ドリンクサーバー
冷水ポット
ピッチャー
カラフェ
みんななんと呼べばいいのか悩んでいるんだなぁ。

10月

18

アイスティー

急須にティースプーン10杯分の紅茶を入れてお湯を注ぎ、しばらくじっと待つ。
普段、急須にティースプーン10杯分の紅茶なんて入れないから、母の笑い話を思い出す。
母が幼い頃、お客様が来て、祖父が母にお茶を出すように頼んだ。
母はまだお茶を出したことがなく、見よう見まねで出してみた。
茶葉を急須に入れ過ぎて、お湯を注いだら茶葉が膨らみ、急須の蓋を持ち上げ、あわてて蓋を押さえて出したそうだ。
どんなお茶になったのやら。w
紅茶が濃く出た頃を見計らって、麦茶ポットに入れられるだけの氷を入れたところに注ぎ入れる。
カチャカチャカチャと氷が溶けたりぶつかったりする音を聞きながら、すっかり紅茶を出し切ればできあがり。
母さんあの世で元気かな。

10月

17

あなたを選んでくれるもの

友人を偲ぶ会の準備をしていて、些細な問題が起きた。
同時に、相談事があってどう解決していいかわからない。
書かなければならない原稿が締切を過ぎてしまった。
煮詰まった。
何をどうすればいいのかよくわからない。
そこで、逃避をした。
ミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』を読んだ。
少し前に買って、部屋の片隅に積んでおいた本の一冊。
なぜこの本を選んだのかはわからない。
これが良さそうという匂いがした。
昼食のあと、喫茶店で読んだ。
三時間ほどで読み切った。
何に引き込まれたのか、明確には書けない。
だけどとても引き込まれた。
この本一冊が逃避の話だった。
映画の脚本を書いていたミランダは、もうほぼ完成という段階で逃避をする。
はじめはネットをサーフィンして時間をつぶすが、あるときポストに入っていたフリーペーパーを読みだす。
そこには「こんなものを売ります」という広告が出ている。
そういう広告を出している人に連絡を付け、会ってインタビューを始める。
映画のネタ集めと称しての逃避。
ミランダが想像していなかったいろんな人と出会う。
何人かに会い、これでインタビューはもうやめようと思って会った最後の人。
その人に執筆していた映画へ出演してもらうことになる。
訳もわからず感動した。
喫茶店でウルウルするのを我慢した。
読み終わってウチに帰ると、問題と思っていたことはたいしたものではなくなっていた。

10月

16

大切な秘密について

「この世界のさらにいくつもの片隅に」という新作アニメの予告編にこんな言葉がでできた。

死んだら心の底の秘密も、な〜も消えてなかったことになる。
それはそれで贅沢なことなんかもしれんよ。

なんかいいなと思った。

10月

15

お豆腐屋さん

昔、夕方になるとお豆腐屋さんが、自転車に乗ってやってきた。
「トーフ〜、トーフ」と聞こえる笛を吹きながら。
母はその笛が聞こえるとあわててボウルを抱えて化粧も気にせず外に出る。
「お豆腐屋さん、お豆腐屋さん」
お豆腐屋さんは自転車を押して歩いているからちゃんとつかまる。
「豆腐一丁お願い」
「あいよ」
荷台に乗せた大きな木の箱を開けると、そこにはたっぷり水が張られていて、中で豆腐がゆらゆらと揺れていた。
豆腐屋さんは一丁すくいあげ、母が持っていったボウルに豆腐を入れる。
その晩や翌朝の豆腐の味噌汁、時には湯豆腐や冷や奴になっていた。
のどかな生活が懐かしい。

10月

15

非力であること

友人や親戚が亡くなっていくことに自分は何もできない。
災害がやってきても、防ぐこともできないし、たいした助けもできない。
できるのは、些細なことばかり。
だからこそ、些細なことを積み重ねる。

10月

13

ラグビー日本代表8強入り

どんな練習をすればあそこまで強くなれるのか、どんな気持ちで戦えばあそこまで勝てるのか、僕にはまったくわからないけど、以前のラグビーとは全く違うのは見ていてわかる。
前回は惜しかったけど、それ以前は他国との実力の差が歴然だった。
チームの力をあそこまで持ち上げるのは、きっと並大抵のことではないだろう。
おめでとうございます。
決勝トーナメントも期待しています。

10月

11

豊穣なる世界への入口

「いまここ」を愛すること。
「いま」と「ここ」は別のものに思えるが、実は同じもの。
「愛する」とは、繊細に注意深く感じること。

10月

10

アイルランドの空

台風が近づいてきた空を見て、アイルランドの空を思い出した。
アイルランドは雨が多く、晴れている日は珍しく、良くて曇り空だという。
僕が行ったときには晴れた日が多かった。
そのとき、空にはいろんな形の雲が出ていた。
薄い雲に彩雲が出たこともあった。
雨がパラパラと降った日、ツイードのハンチング帽を買った。
帽子を買ったのはそのときがはじめてだった。

10月

9

世界征服を企む悪の組織

子供の頃見たヒーローものには、よく世界征服を企む悪の組織が登場した。
それを正義のヒーローがやっつけていく。
何年か前にショッカーについてのジョークがあった。
ショッカーは仮面ライダーに出てくる世界征服を企む悪の組織。

ショッカーは、大きな夢、野望を抱いている。
仮面ライダーは、具体的な目標はなく、常にショッカーの後追い。
ショッカーは、目標達成のための研究努力を怠らない。
仮面ライダーは、ショッカーの目標を阻止するのが生き甲斐。
ショッカーは、組織で行動。
仮面ライダーは、単独、または少人数で行動する。
ショッカーは、よく笑う。
仮面ライダーは、いつも怒っている。

これを読んで、なんともいえない不思議な気分になった。
あえて言語化すると、ショッカーは企業に似ている。w

10月

8

苦痛について

苦痛が気持ちいいことになる訳ではないけど、少しやわらぐ方法を見つけた。
苦痛を味わったあとでこう思う。
「この苦痛は死んだらもう感じられないな」
苦痛は何かの警告である。
警告よ、ありがとう。

10月

7

レ・ミゼラブル

「レ・ミゼラブル」は、昔「ああ無情」というタイトルの子供向けの本を読んでいた。
だから、あんな大河小説だとは思ってなかった。
概要だけ読んでも面白そうに感じる。
いつか全部読んでみたいと思うが、こうやって読みたい本ばかりが増えていく。
「モンテ・クリスト伯」も読んでみたいしな。

10月

5

丁寧にやる

サクサクとやるのも気持ちいいが、時間をかけて丁寧にやることも気持ちがいい。
いったいどっちだ? という人もいるだろうけど、両方なのだ。
どちらかが正しくて、どちらかが間違いという考え方は手放そう。
どっちにしてもいいものはいい。

10月

4

サクサクッとできること

手間ひまかけていたことが、サクサクッとできるのはうれしい。
時間を得した感じ。
なんでもそういけばいいのだが、そうはいかないところが味噌。
面倒な感覚がもしなければ、サクサクッとできてもたいしてうれしくない。

10月

3

感情を出せること

コミュニケーションが密になってくると、つい感情的になりたくなる。
怒ったり、わめいたり、泣いたり、笑ったり。
社会的な人はそういうのを抑えるのが上手。
もし感情的になったら、その感情を受け止めてくれる人がいるといい。
あまり抑えてばかりだと、いつか爆発してしまう。
感情的になれるとき、きっとそれを受け止めてくれるであろう人がそばにいるはず。
そういう人に、感情を発散したあとで感謝しよう。

10月

2

当たり前なこと

自分にとって当たり前なことは、どんなに奇跡的なことでも、それを当たり前としか見ない。
たとえそれがどんなに奇跡的なことだとしても、数が多ければ、いつもそうであれば、あまりにも身近であれば、奇跡には思えなくなっていく。
それをきちんと奇跡的なこととして見ることができるのは、とても幸せなこと。

10月

1

ケーヴァラ・ジュニャーナを空想する

ジャイナ教において完全智と呼ばれるもの、それがケーヴァラ・ジュニャーナ。
ケーヴァラ・ジュニャーナは人間には得ることができない。
せいぜいアネーカーンタヴァーダを得るところまで。
アネーカーンタヴァーダとは、多元的観点。
完全智は、人間の感覚では感じられないものも含む、人間には到底得られない知恵。
でも、そういう知恵とはどういうものか、無理だと知っていても考えたくなる。

9月

30

するべきことは?

恐竜が滅亡してほ乳類が栄えた。
そのおかげか、人間が生まれた。
人間が滅亡しても、次の種が栄えるのだろう。
地球にとってはどうでもいいことと思ってしまう。
いや、次の種が生まれたほうが、地球にとってはいいのかもしれない。
そういうあきらめを受け入れれば、そういう未来がやってくる。
僕たちはいまなにをすべきか?
ジェーン・グドールからのメッセージ

9月

29

人間の生き方

人間の生き方がどうであれ、地球にはあまり関係ない。
アリが別種同士で戦っても、人間にはあまり関係ないのと同じ。
人間の生き方が重要なのは、地球にとってではなく、人間にとって。
それなのに人間は、勝手に戦って死んでいく。
間違いはきちんと認めて、仲良く生きていこうよ。
間違えた人を「ぶっ殺す」なんて言わないでさ。
人間が生み出した熱や物質で熱くなった地球が、さらに熱くなってしまうよ。

9月

28

僕のビー玉

どこに行ったのだろう、僕のビー玉。
ラムネのビンと同じ色をした、少し歪んだビー玉。
覗き込むと空気の泡がキラキラ輝き、まるで星空のようだった。
少し歪んだその歪み具合が好きだった。
ビー玉を覗いていると、そこにはほかのどこにもない宇宙が存在していた。
普通に見ると、ただのビー玉。
どこにでもある、ひとつのビー玉。
僕が失ったものは、ただのビー玉ではない。
説明できない深宇宙。

9月

27

鳩の鳴き声

朝、相方が窓を開けると、外で鳩が鳴いていた。
プープーポプゥー、プープーポプゥー、プープーポプゥー。
その声を真似て鳴いてみた。
すると相方は「そんな鳴き方はしてない」という。
「じゃあ、どんな鳴き方?」と質問するが、モゴモゴ言って答えてもらえなかった。
鳩の声真似は難しい。
ツーツージョウホー、ツーツージョウホー、ツーツージョウホー。
とも聞こえる。

9月

26

水の循環

水の循環が激しくなっている。
温暖化で増えた水蒸気が、地球全体を撹拌している。
いままでの穏やかな撹拌から、激しい撹拌へ。
熱くなったのだから対流が起きるのは自然なこと。
人はそこにどう住まわせてもらうのか。

9月

25

アリンコを殺して学ぶこと

子供の頃、アリンコをたくさんつかまえてきてバケツに入れて、そこに水を入れた。
バケツから逃げるアリンコもいたけど、溺れるアリンコもいた。
いま考えるとよくあんな残酷なことしたなと思えるが、子供の頃の僕はそれが面白かった。
アリンコは、みんな一緒だった。
つまり個体識別できていない。
名前なんかない無名のモノたち。
いくら殺しても何も言わない。
だからいくら殺しても問題ない。
なんどかやって、もうそういう遊びはしなくなった。
大人になって会社に入り、大きなビルの高いところから、下を歩いている人たちを見た。
アリンコのようだった。
そして、そのアリンコのような人のひとりが僕だと思った。
簡単に殺されてはかなわない。
そう思っている人みんなで社会を作っている。

9月

24

個人の気持ちいいものから全体の気持ちいいものへ

エゴイスティックに気持ちいいものを書いてきた。
他人がそれを気持ちいいと思うかどうかはさておき、自分が気持ちいいと思えること。
それを書き尽くすことで「自分の気持ちいいこと」だけではない気持ちいいことが生まれてきた。
それがいったい何なのかよくわからなかったけど、いってみればもっと高い視点の気持ちいいもの。
自分ではない視点から出る言葉が、いったいどんなものかよくわからないけど、それに挑戦してみる。
言葉は個がないと成立しないけど、個と全体の境をふらふらするのだろう。
いまがあるのはすべての過去のおかげ。
明日がきっとあるのは、すべての今のおかげ。
「今」はひとつでもあり、見方によっては無限にあるもの。