7月

11

新しい社会とは?

資本主義の考え方を内面化することで、僕たちは間違った道にはまりこもうとしている。
でもそれは単に資本主義が悪かったということを意味しない。
社会が成熟して別のフェーズに入りつつあるということだ。
僕たちは成人前の年齢なのに、まだ小学校で勉強しているようなものではないか?
きちんと中学と高校を作らなければ、大学に行くこともできない。
では、中学や高校はどんなものになるのか?
地方自治に今より大きな権限を与え、様々なトライ&エラーをしてもらえばいいと思う。
ネット社会になっていいことと悪いことがある。
それをうまく利用するとはどういうことか、それをトライ&エラーしていく。
これからももっと便利なものがどんどんと生まれるだろう。
それを社会が適正に使うためにはどうしてもトライ&エラーが必要だろう。
いろんなトライ&エラーができるように、地方自治でいろんなパターンの実験をすればいいと思う。
もちろんそこには利害が生じるので、無理な実験は誰もしたがらないだろう。
だから、いいアイデアに基づいたトライ&エラーが生じるはずだ。
それを各地方同士で学び合えばいい。
今はどうもどこかの誰かの権力を大きくするための歪みが見えてきたような気がする。
そうならないための中学なりの、今より高い倫理観が必要だろう。
中央政府はそのトライ&エラーがうまく行くためのバックアップとなる。
そこでのトライ&エラーがある程度できたら、またいつか中央政府と地方自治について、社会のデザインについて、高校になるための試論を繰り返せばいい。
権力を保持するためだけに作られた決まりとはおさらばだ。
そのためには個人の内面にある所有欲や執着について深く考えないとならない。
その上で、社会が生命体のように自らを保持し発展する可能性を与えよう。

7月

9

たくさんのハローとグッドバイ

「人生にはたくさんのハローとたくさんのグッドバイがある」
友達の小柳晶嗣さんが三年前にカミーノ巡礼に行ってきて、帰って語った感想。
まったくそうだなぁと思う。
その時のYouTubeがこちらに。
https://www.youtube.com/watch?v=wqRhX8I3M5M

7月

4

iMacの音

新しいiMacが到着した。
予定より二週間早かった。
正面から見ると10年前のiMacとほとんど何も変わらない。
デザインは10年前にほぼ完成されていた。
一番大きく変わったのは音だ。
かつてのiMacだと、スピーカーを繋がないと「音楽がどうも」という感じだったが、新しいマックはスピーカーを繋げなくてもある程度聴ける音になってきた。
アルミでできたコンピューター全体がスピーカーになっている。

6月

23

iMacを買い替える

2010年に買ったiMacを買い替えることにした。
申し込むと、なんと到着が一ヶ月後。
前回は翌日には来た気がするので、何かあるのかなと思っていたら、やっぱり何かあった。
申し込んだ二日後に今年の末からiMacはプロセッサーを自社のものにすると発表があった。
半年もせずに僕の買ったiMacは旧型になる。
あらら。
でも、何年も使われて品質は最高なものになっているだろうから、まあいいかと思う。
10年前のiMacはいろいろと不都合が出るようになってきたので、新しいのに期待する。
10年間、特に大きな故障もなく働いてくれて、ありがとう。

6月

6

資本主義のリセット

6月3日の日経新聞に「資本主義のリセットを」という記事が掲載された。
世界経済フォーラム(WEF)の年次総会のテーマを「グリート・リセット」にするという。
どんなグレート・リセットがおこなわれるのか?
記事によると資本主義に変わる経済は『社会的市場経済』で、資本主義に変わる言葉は『才能主義』となるだろうとのこと。
細かいことがわからないので、まだいいとも悪いともいえないけど、多くのひとが幸せに感じて生きられる社会にしていきたい。
才能主義で心配なのは、才能を育てるために競争ばかりがあおられること。
人間の幸せは何かをよく考えた上で、リセットしてほしい。

5月

20

たくさんのことを知る

ネットの時代になって、かつてでは知りようのなかったくさんのことを知るようになった。
誰かがポソッとつぶやいたことがヒントになって、その奥に隠れていた何かが現れて来たり、噂でしかなかったことが、多くの人々の証言によって事実のように思えて来たり、よほど詳しい人でないとわからなかったことが、多くの人に向けて説明されたり。
ネット時代の前ですでに読み切れないほどの情報があったが、誰でも発信できるようになって情報爆発のようになっている。
情報のカンブリア紀だ。
これを過ぎたら落ち着くのだろうけど、どのように落ち着くかが問題だ。
ひとつの見方にまとめるのではなく、いろんな見方が共存できるようにしたい。

5月

19

世界の人口

世界の人口77億4千万。
もうすぐ77億5千万。
産業革命が起きた頃から、人口は爆発的に増え続けている。
2055年には100億に達し、その後増加の割合は緩やかになるが、2100年頃に110億でピークに達するだろうと言われている。
1億に達するのに20万年かかったが、そこからたった200年で7億になった。
だから人口をコントロールしなければならないというが、生物の増加はままならないもの。
人間の生き方を変えるべきだろう。
いかにエネルギーの消費を減らすか。
AIのサポートでそれを可能にするとき、きっと社会のあり方も変わっていく。
狩猟社会から農耕社会に変わったように、農耕社会から工業社会に変わったように、工業社会から情報化社会に変わったように、次の社会はAI社会になる。
いまのままの社会で100億を超えることはできないだろう。
人々が生き生きと暮らし、あらゆる生物が共生し、どんな生命もおろそかにされないような地球を、実現できるのだろうか?
生物との共生がもし無理だとすると、おそらくAIによって人間はほぼ絶滅する。
もし生物との共生が可能になれば、AIとの共生も可能になるだろう。
生命もAIも共存できるビジョンを作ろう。

5月

17

ゲームに飽きる

相方がこのところの自粛規制でうちにずっといる。
それで退屈しのぎにスマホのゲームを始めた。
脇から覗いて面白そうだったので、僕も始める。
高校生の頃、アーケードゲームというのが流行り、テトリスとかインベーダーゲームなどをやった。
やりはじめるとついやり続けてしまう。
はじめて買ったPCに「タワー」というゲームをインストールしたが、三日間徹夜を続けて、これ以上先はないようだというところまでやった。
バカだなと思う。
なので、ゲームを始めると止まらないのはわかっているので、徹底してやってある程度できるようになったらもうやらない。
これで終わりという感じを持つのが大切。

4月

25

オフライン

たまにはオフラインにする。
デジタル機器を一切持たず、のんびりする。
写真も撮らない、通信もしない、知らない言葉がでてきても検索しない。
AIに追いつくなんてあきらめましょう。

4月

24

チャット

facebookのメッセージでよくチャットする。
何人か同時にチャットしたりして、いくつか重なると笑える状況が生まれることがある。
あっちで話していることとこっちで話していることが矛盾したりして、その中心にいる「自分はいったい何者?」という状態になったりする。
一度にいくつもの話に対処しているときふと「聖徳太子になる訓練」と思う。
これからの人類はAIの処理速度に追いつかなればならない。w

4月

10

ZOOM

ZOOMを使って10名ほどでおしゃべりした。
これ楽しいね。
コロナのおかげで直接会えないので、いまの状況にはとっても便利。

4月

7

寛容であることを学ぶ

これから新型コロナウィルスの検査数を上げていくと、感染者数が増えていくでしょう。
そのとき、感染者を批難するのは間違っています。

慶応大学病院で研修医が集団感染したというニュースがありました。
それに関して批難の言葉が寄せられているようです。
慶応大学が謝罪の言葉を発表するのは当然のことと思いますが、それを他人が批難するのは疑問に思います。

医療従事者はみな、感染の可能性を知りながら、困難に立ち向かっています。

ダイヤモンド・プリンセスから乗客を降ろした時点で、日本国内には新型コロナウィルスが蔓延し始めています。
積極的に検査しなかったため、どこの誰が感染し、どこにウィルスが付着しているのか、正確には知りようがありません。
だから、日本人は誰でも感染の可能性があるのです。
交通機関を使っただけでも感染の可能性があるのですから。
それを知った上で、感染者を批難するのはやめましょう。
感染者はいわば被害者です。
さらにいえば、感染者は抗体を作る可能性を持った人です。
抗体をたくさんの人が持つことができれば、そのとき集団免疫が生まれます。
つまり、感染した人こそが、この状態に対する救世主になりうるのです。
ただし、感染して免疫を得る前は、ウィルスを拡散してしまうので、そのあいだは自宅で静かにしてもらうことが大切です。
感染者に対して寛容でいましょう。
大切なのは、ウィルスをまき散らさないこと。
医療従事者は難しい立場に立たされています。
批難ではなく、応援を。
感染した人には一時も早い回復を祈りましょう。

4月

6

facebook

このところのコロナ騒ぎで、いろんな情報がfacebook経由で入ってくる。
友人たちがためになるだろうと考えたたり思ったりした情報を流してくれる。
とてもありがたい。
コロナウィルスへの僕たちの対処は、スペイン風邪のときとほとんど変わらないらしい。
黙って静かにして通り過ぎるのを待つしかない。
スペイン風邪が通り過ぎるのに二年かかったそうだ。
一度はやり、落ち着いたかと思ったら二度目の流行があり、二年過ぎてやっと落ち着いたそうだ。
いろんな説はあるけど、結局二年ほど待って、集団免疫を得られれば、それで終わるのだろう。
人工ウィルスで免疫は獲得できないなんて情報もあるけど、それをいくら心配しても免疫は得られないから、心配するだけムダだと思って、手洗い、うがい、人ごみには出かけないなどを徹底させるしかない。
いろんな情報を回してくれるみなさん、どうもありがとう。
僕もいい情報があったら回します。

3月

18

気持ちいいを引き寄せる

ひさしぶりにこの『日刊 気持ちいいもの』を再開した日、東日本大震災が起きました。
朝に創刊号を発信し、昼過ぎに大地震が起きたのです。
それから数ヶ月は苦痛や困難を感じながら「気持ちいいもの」を発信しました。
とてもいい修行でした。
いまもまた似た状態になってきました。
何か大きな発見があるのかも。

3月

4

普通の桜餅

相方が桜餅を買ってきた。
透明なパッケージの中身は三つあった。
二種類の桜餅と草餅。
相方は「道明寺と普通の桜餅と草餅買ってきた」と言った。
そう、普通の。
僕も幼い頃から桜餅といえば普通の桜餅だった。
ときどき形が違う桜餅があり、なんで二種類の桜餅があるのか謎だった。
あるとき、形が違う桜餅は関西のものという認識になり、いつの間にかそれは道明寺という名だと知る。
それで、普通の桜餅は「普通の桜餅」になった。
この文を書くのにネット検索した。
普通の桜餅は「長明寺」という名前で、江戸時代享保二年(1717年)に向島の長明寺の門前で発売されたそうだ。
いまでもその発祥の店「山本や」が向島の長明寺前にあるとのこと。
自分にとって馴染みのあるものは「普通」になる。
いつか「山本や」の普通の桜餅を食べてみたい。
かつては調べようのなかった「普通の桜餅」の謎。
もちろん知る人ぞ知るということだったのだろう。
グーグルマップでお店の場所を調べたら、すぐ近くに言問団子の発祥店があり、お菓子を味わうたびに行こうかと思う。

2月

26

サイト復活

サイトを暗号化しているので、その更新作業を数日前にしたのだが、手続きをどこか間違ってしまった。
おかげでサイトが数日閲覧できなかった。
以前はサイトが閲覧不可になるとかなり気になったが、25年もサイト運営していると「まあそういうこともある」とあわてずにすむようになった。
いまは見れますよ。

2月

8

インターネットで変化したこと

インターネットというメディアのおかげで世界は変わった。
変化の最中にいる人々はほとんどそれに気づかない。
どこの誰かわからない人の文章より、親しい友人たちの文章に愛着を感じる。
誰か他人の文章に感心するより、自分の文章の腕を上げたい。
記録に残るから仕事の指示はすべてメールでする。
気軽に写真や映像を撮影する。
そうやって、PCやスマホに釘付け。

1月

29

ストレージ

PCを使うようになって26年になるが、各年代のストレージが残されている。
あまりにも古いパソコンで使っていたものはもうアクセスできないかもしれないが、たいていのものはまだ使える。
ストレージもいろんなタイプのものができて、古い時代のストレージはいまだに動くのかどうかちょっと心配ではあるが、かつて作った文書や撮った写真が残っていると思うと安心する。
ときどき新しいPCやストレージに古いファイルを移してきたが、読み出せないファイルを見つけると悲しい。
とても古いファイルは、きっと読み出せると信じていたほうが気が楽かも。
探せば古いファイルを読み出すことを商売にしている人がいるのだろうと思う。

1月

15

全体を知る

新しいメディアがひとつできると、そのたびに僕たちはうれしくなる。
知らなかったことが知れるようになるから。
本ができることによってプロテスタントが生まれた。
同じ聖書をたくさんの人たちが手にできるようになったから。
雑誌や新聞が生まれて社会が変化するようになった。
昨日より今日が、今日より明日がよりよいものになるために何をすれば、何を考えればいいのか、多くの人が気づくようになったから。
ラジオができて大きなグループの感情が一方向に向くようになった。
リーダーの感情が声で伝達されるようになったから。
テレビができて比較的世界が平和になった。
言葉では伝えられない状況を目で見ることができるようになったから。
このようにして大雑把な理解の密度を人類は少しずつ上げてきた。
インターネットが生まれてさらに理解の密度を上げる可能性を手にする。
次に生まれるメディアが、前のメディアでは伝えられなかったことを伝えて行く。
僕たちはこうして、いつか宇宙の全体を知るようになるのだろうか?
それを知るために新しいパラダイムが、もうすぐやってくるのではないか?
その新しいパラダイムは、権力者にすべてが集中するようなものではないだろう。
そのことをテイヤール・ド・シャルダンは美しい言葉で表現している。

生命の樹の樹液全体を一本の枝だけのために集め、他の枝の死の犠牲の上に立つ民族主義者の理想は誤っているし、自然の理にそむいている。太陽にむかって伸びあがるためには、まさに木の枝全体の成長が必要なのである。世界の出口、未来の扉、超=人間への入口、これらは、いく人かの特権者やあらゆる民族のなかから選ばれた唯一の民族だけに開かれているのではない。それらは万人の圧力に対して、すなわち、全人類が地球の精神的革新において一致団結し、完成されるような方向に対してのみ道をあけるのである。

『現象としての人間』 ティヤール・ド・シャルダン著 美田稔訳 みすず書房刊

1月

14

グーグルマップ

何十年も前に旅行したところをグーグルマップで覗く。
懐かしい建物があることもあれば、まったく町並みが変わってわからなくなっていることもあり、とても面白い。
30年前には考えられなかった遊び。

1月

7

シンプル

かつてネットは、個人がかなり自由に使えたものだった。
使いたい人が使いたいように使う。
その便利さが受けてあっというまに拡がり、悪用するものも出てくるようになった。
おかげでネットは複雑になっていく。
個人でメールマガジンを発行するのも難しくなってきた。
条件をいくつもクリアしないと届かない。
悪用防止という言い訳で、権力を掌握したい人たちが難しくしているのではないか?
もしかしたら、中心のまわりの人たちが忖度してそうなっているのかもしれない。
世の中がどんどんと便利になり、多くの人たちが応用できる技術が増えてきた今日、大企業が優位を保ち、一般人を操れる状況にしたいのはよくわかるが、それでは幸せな社会は作れないだろう。
ネットがシンプルでいられるようなパラダイムとは何か?
今は絵空事に思えるだろうが、それを考えないと、せっかくの技術がもったいない。

12月

20

4000回

この号で『日刊 気持ちいいもの』は4000号になりました。
ご購読ありがとうございます。
5000号にはささやかな個展でもできたらいいなと思っています。

12月

18

テラ

大学生の頃、記録用のディスクはキロバイトだった。
就職した頃にメガバイトになり、すごいなぁと思っていた。
それがいつの間にかギガバイトになり、いまではテラバイトないと不安になる。
ペタバイトになるのは時間の問題か?

12月

10

写真の合成

初夢について語り合うイベントのビジュアルを作るのに、6枚の写真を渡された。
フォトショップでコラージュを合成する。
見たことのない異世界が生まれた。

12月

9

あふれる言葉

中村哲医師が殺され、SNSでは中村医師を賛美し悼む声が鳴り響いている。
二ヶ月ほど前、中村医師がアフガニスタンから名誉国民として市民証を授与されたニュースが入った。
そのニュースはあまり話題にはならなかった。
なぜだろう?
陰謀論の好きな人はきっとこういうだろう。
「喜びや賞讃されるような話はマスメディアは流さないんだよ」
確かにそういう部分はあるかもしれない。
でも「いいものはいい」と伝えてくれる人もいる。
「搾取するためには人民を困った状態に置かなければならないのに、ヒーローが助けるような話が一般化したら搾取できなくなるから、権力者は人民が困っているという情報だけしか流したくないんだ」
そうなのかな? そうかもしれないがそれを肯定する材料がないからなんともいえない。
こういう人もいる。
「一般の人が嫉妬したりうらやむような話はあまり流れないんだよ」
視聴率が上がらないとマスメディアには流しにくいからね。
それはあるかもしれない。
だとしたら、一般の人が嫉妬したり、うらやんだりしないようにならない限り、いまの状況は続くことになる。
でも、そのことだけに話を収束すると、それは正しくないような気がする。
現代の僕たちにとって、単純な言葉は罠だ。
社会は複雑に絡み合い、個人の感情もネットワーク社会によって生まれてきた算出しようもない果てしない関係で形作られる。
誰か一人が何かを乗り越えたところで何も変わらない。
その絶望感が世界を覆う。
でも、考え方をちょっと変えると希望も見える。
みんなで考え方を改めると、それはもの凄いパワーを生み出すということ。
そのきっかけとなる言葉が、ネットにあふれている。
新たな複製子が生まれるとき、そこには必ず解き明かせない混沌がある。