10月

17

人の意識は融合できない

人は、悲しいほどに
ひとりひとり別の存在。
だからこそ、
互いに意見が相容れないことがある。
コンピューターなら何台でもつなげて
いろんなデータの共有ができるが、
人間は、
何人もの人が集まって討議すると
必ずと言っていいほど
意見が割れてしまう。
人によって何を大切にしているかが
異なるからだ。
逆に見ると、コンピューターには
そのようなことがない。
個人が尊重する主義のようなものより
そのときどきに与えられる
判断の根拠によってのみ
物事を決めていく。
個人の主義のようなものは、
感情にも根差している。
それがいいか悪いかは
どう考えるかによるが、
コンピューターはそれを考える
判断の根拠を
与えられるまで待っている。
AIはいつかその判断の根拠も
考えるようになるのかもしれないが、
それはもしかしたら人間にとっては
危険なことかもしれない。
人間は意識の融合ができないからこそ、
互いに言い合う必要が生まれ、
少しの共通認識と、
多くの意見の異なりを生む。
意見がみんな違うから
ある程度の歯止めがかかるが、
判断が一度に共有され,
ある方向に動くとなったら
一度に動けるAIは
人間という存在をどう扱うのか?
そう考えると、人間同士のいざこざは
実はそれほど悪いものでもないように思えてくる。

9月

28

命の活性化

怖くて近づけないところに
あえていくのは何故か?
という質問に
「命が活性化するからじゃない?」
と答えられた。
「それいいな」と思う。

7月

1

懐かしい歌詞の一部

もらったメールに
懐かしい歌詞の一部を見つけた。
メールにはこうあった。

薄く切ったオレンジを
アイスティーに浮かべて
リゾートのプールサイドで
このメールを書いています。

やられたって感じ。
明らかに大瀧詠一の
「カナリア諸島にて」を
引用している。
メールの送り主は大学の同級生。
一緒にドライブの最中に
「カナリア諸島にて」をよく聞いた。
あいつはあいつなりに、
僕は僕なりに、
「ぼくはぼくの岸辺で生きて行くだけ」

6月

20

産んでくれてありがとう

この世界に出ることができて
ここにいられることが幸せだ。
いろんな苦労があるにせよ、
つらい思い出があるにせよ、
なんとかいまを生きている。
母さん、産んでくれてありがとう。

6月

5

力を抜く

何かがうまく行かないとき、
からだ全体の力を抜く。
肩に力が入っていたり、
腰に力が入っていたり、
ふくらはぎに力が入っていたり、
思わぬ所に力が入っていたりする。
椅子に座って楽にして、
からだのすみずみを感じてみる。
足や手、お腹、背中、首、肩、
あご、口、目、額、耳、頭皮などを
順番に感じてみる。
どこかに力が入っているのを感じたら、
その力を緩めましょう。
「がんばってくれてありがとう」
といいながら。

5月

23

2018年5月22日の金星と木星

昨晩、相方が帰って来て
「あの光はなに?」というから
外に出て西の空を見た。
まだわずかに夕焼けの光が
夜空の底にほの見えていた。
それより上、
すっかり夜空になったあたりに
ひときわ明るく光る星があった。
「あれ星かなぁ?」
というので
「金星じゃない?
 太陽が落ちたばかりに見える
 明るい星はたいてい金星だよ」
と答えた。
「じゃああれは?」
と東の空を指さす。
そこにもひときわ明るい星があった。
「木星かなぁ?
 よくわからないけど」
色からして火星には見えなかった。
土星があれほど明るく光るのを
見たことがない。
そこでiPhoneを取り出し
Star Walkを呼び出した。
Star Walkは夜空にかざすと
その方向にある星の名前を
教えてくれる。
西の星は金星、東の星は木星と
わかった。
ネットで調べると、
5月27日に月と木星が
接近して見えるそうだ。

5月

16

細川貂々のtwitter

ほぼ毎日「今日のシアワセ」
と題された簡単なイラストと一言が
流れて来る。
たとえば
「その人のカッコいい一面を
 知れてうれしかった」
とか
「雨が降るのを
 ボーっと見ながら
 本を読んだ」
とか、
「ずいぶん
 肩の力をぬける
 ようになった」
とか、
それがシアワセだったら
僕も幸せと思えるような
イラストと一言。

5月

10

何にがんばっているのか

ときどき他人と
話が合わないことがある。
話せば話すほど
ポイントがずれていく。
そういうときは
自分と相手が
「何にがんばっているのか」
考えてみる。
がんばる先が違うと話が噛み合ない。
自分のことでがんばっているのか、
家族のためにがんばっているのか、
会社のことでがんばっているのか、
町や国のことでがんばっているのか、
地球のためにがんばっているのか。
そう考えてもうまくいかないときは
聞き役に徹すればいいのだろうけど、
つい熱くなってしまう。

5月

8

イルカと泳ぐビジョン

今朝、ここに何を書こうかと
瞑想していたとき、
ドルフィン・スウィムの
ビジョンを見た。
小さな船で海に漕ぎ出すと
イルカが群れでやってきた。
ウェット・スーツを着ていたので
すぐに海に入りたいと思うが、
シュノーケルとマスクがない。
仕方ないので普段プールで使っている
競泳用のゴーグルで入る。
なんでこんなビジョンを
見るんだろう?
ひさしぶりに
『日刊 気持ちいいもの』の
バックナンバーを検索した。
こんな文章が出てきた。

No.00133 00.06.09
イルカと一緒にでんぐりがえし

先週、御蔵島に行った。
年に一度イルカと泳ぐために行く。
御蔵島のまわりには、
野生のイルカが生息している。
しかも彼らは人間を恐がらない。
機嫌がいいと寄ってくる。
今年はイルカの機嫌が
やたらとよかった。
普段なら一緒に泳いでも
息継ぎするときに
離れてしまうのだが、
今回は一緒に息継ぎをしてくれた。
それも一度や二度ではなく何回も。
若い二頭のイルカが寄ってきたので、
きりもみ状態のようにして
クルクルと潜っていったら
彼らもまねして潜ってきた。
息継ぎに海面に出ると彼らも
息継ぎした。
次は潜りながら彼らを追っかけると
上へ行ったり下に行ったり
でんぐりがえしを
何度かすることになった。
そして息継ぎ。
彼らも彼らにとっては
再びする必要もないはずの
短い間隔の息継ぎをした。
次はきりもみ状態と
でんぐりがえしを一緒にやってみた。
方向感覚がなくなる。
しかも深くなれば水圧で頭が
締められる。
彼らもなんか一緒に
グルグルしているみたいだ。
自分が回っているので
よくわからない。
息継ぎに上がると目が回っていた。
彼らもまた息継ぎし、
深くへと潜っていく。
負けてはいられない、
もう一度潜った。
その後、何回一緒に潜っただろう?
五回か六回か? 
船にあがると同行していた友人が
うらやましがった。
僕もはじめての体験だった。

これは18年も前のことだ。
今はこのときほど体力がないだろう。
でもいつかまたイルカと
泳いでみたい。
泳ぎながら彼らとときどき目が合う。
恋人と目が合ったときのように
キュンとするんだよ。(笑)

4月

29

クローン犬のこぼれ話

「追憶」で有名な
バーブラ・ストライサンドが
クローン犬を飼っているそうだ。
昨年なくなったペット犬の
クローン二匹を作って
育てているという。
その話はとても微妙だ。
飼い主としては前に飼っていた犬の
生まれ変わりのように
可愛いのかもしれない。
その気持ちはよくわかる。
だけど、一歩引いてその話を聞くと、
「さてどうなんだろう?」と
疑問を持つ。
スティーブン・キングの名作
『ペット・セメタリー』を思い出す。
あんな話はないにせよ、
そのうち
「可愛かった娘をクローンに」
なんて話が出てこないだろうか
というと、相方が、
「うん、かわいい娘とか
 息子とかのために
 クローンを作ろうという親は
 出てこないとは限らないわね。
 でも、夫はクローンに
 しないだろうな」

1月

17

年賀状の返事

最近になって返ってくる
年賀状の返事が素敵。
そもそも松の内に
年賀状のやりとりは終わるものだが、
それを知っていてもこの時期に
わざわざ返事をしてくるのは
何か伝えたい思いがあってのこと。
こんなに一通一通丁寧に書いていたら
大変だろうなと思いながら読む。
その人の人柄がわかる。