12月

15

太く書く

太いペンで、太い鉛筆で、太い筆で、太く書く。
普段は小さな手帳にチマチマ字を書いているので大きな紙に太い字を大きく書くのがうれしい。
ムハハ。

12月

14

洗濯物を干す

朝起きて洗濯をして物干に干す。
今日のように晴れ渡っていると洗濯物がきれいに乾いていい。
キラキラの朝日が洗濯物を輝かす。
充電量の落ちたソーラー時計も一緒に日にさらしておこう。
ミーアキャットが朝日に向かって立つ気持ちがわかる気がする。
干したシーツで母さんとかくれんぼしたな。
子象がミルク飲むのに物干に干した大きな毛布の影からしか飲まなかったことを思い出す。
大きな毛布を母親象と思うそうだ。

12月

11

朝の足音

寒い空気の中、駅へと急ぐ足音。
車の走る音。
クラクション。
エンジンを吹かす音。
地下鉄の入口から階段を降りていく。
毎朝繰り返される重い足音。
気分を明るくするために聞く音楽が耳の中で鳴っている。
朝の足音をかき消すために。
何度も繰り返される朝の足音を
重く感じるようになったのはいつの頃からだろう。
入試を通過して始めて学校に行く朝、
足音は軽かったはず。
まわりの重い足音が可笑しかったはず。
いま僕は重い足音の群れのひとつ。
軽やかな足音を夢見ながら。
通った学校での心ときめく出会い。
知らないことを知る喜び。
一緒にバカをする仲間。
朝の足音を変えよう。
ピカソのように。

12月

8

読書

いったい何冊の本を僕は読んできたのだろう?
それらの蓄積で部屋は一杯。
もう一度読みたいと思う本しか残してないが、
それでももう部屋はパンパン。
若い頃、本は一度しか読まないものだった。
大人になってから再読の楽しみを知る。
書斎の本を一度に全部読みたいが、
時間をかけて読むのが楽しみ。
思い出しては一瞬で味わうのもいいけどね。

12月

7

空想の翼を広げる

小説を書いているととときどき
筆が止まることがある。
なぜかその先が書けなくなる。
精神的障壁が立ち上がる時。
その障壁は姿が見えない。
そんなとき、空想の翼を広げる。
普通にはあり得ないことを考えてみる。
この世界は謎に満ちている。
この小さな頭で考える程度の空想では
とても収まり切らない。
だから安心して大風呂敷を広げる。
いや大風呂敷じゃ収まらない、
無限平面を広げよう。

12月

5

鳥の声

思いがけなく鳥の声を聞く。
この季節に?
ありがたいと思う。
自分の心もときどきふと
何かが動き出す。
鳥の声と同じ。
ふふっと思う。

11月

14

太る

四日市に行った時、
おいしそうなものは何でも食べてしまえと
欲望に従っていろんなものを食べた。
翌日体重を計ると三キロ太っていた。
たまには太るのもいいよと思う。

11月

2

ブサキ寺院での礼拝

バリ島のブサキ寺院は
いくつかのお寺が
集まってできている。
その中心にあるのが
プナタラ・アグン・ブサキ寺院。
ここに三大神である
ブラフマ・ヴィシュヌ・シヴァを
祀っている場所があり、
そこで礼拝する。
この三神をまとめて
トゥリ・ムルティと呼ぶが、
その三神のための椅子が
その礼拝所には用意されている。
礼拝所に座り、
アグン山の方向に目をやると
高い場所に
その三つの聖なる椅子が目に入る。
神様は目に見えるものではない。
その見えない神を
そこに降ろすことをイメージした。
そしてその場所と
自分の祖先や親族と
大宇宙に感謝することを促される。
すると、その三つが、実はすべて
つながっているものであることが
イメージでき、そのことに震えた。

10月

31

多次元的認識

相方と喧嘩をする。
自分の主張を思いっきりする。
一方で、相手の立場にも立ってみる。
怒りたくなる気がわかる。
そして自分の立場に戻ってくる。
僕も怒りたいが、
相手の怒りたい気持ちがわかると
ただ怒ってもしかたないので
どうしたらいいのかと悩む。

仕事で理不尽な要求をされる。
それは無理と思うが、
相手の立場に立つと
無理だと言ってはねつけるのも
どうかなと思う。
その要求に
答えるか答えないかだけではなく
別の提案ができないか考える。

世界ではいろんなところに
対立がある。
それらを感じて
どちらが正しいかを
考えるだけではなく、
第三、第四の道を考える。

目の前の「右か左か」や
「善か悪か」や「私かあなた」
だけを考えるのではなく、
そこにはまだ見えていない可能性を
創ってみる。

それをするために与えられた
僕たちの想像力。

いま外で鳥が鳴いたら、
それも目の前の問題と
関係があるのかもしれない。
ないのかもしれないのはもちろん。
もしないとしても
僕たちの想像力はそれを作れる。

10月

30

朝散歩しながら朝ご飯を考える

早朝に散歩しながら
朝ご飯を何にしようか考える。
今日の調子ならあれがいいかな?
それともこれにしようかな?
もしあれにするとすれば
材料が足りないからどうしよう?
あそこまで買いに行くか?
それとも別の物にするか?
代用できるもの何かあったかな?

10月

23

電車で居眠り

仕事帰り、疲れて電車で居眠り。
ぐっすり。
目が覚めるとちょっとふらふら。
少し生き返る。

10月

18

水のきらめき

水面がゆらゆらと揺れ、
太陽の光がそれに反射する。
その光のさまがとても好き。
その反射が壁に当たると
光の縞の踊りが見られる。
プールの底にも光のダンス。

9月

22

海におしっこ

広告会社に勤務していたとき、久米島へポスターの撮影に行った。
美人でキュートなキャンペーン・ガールがモデル。
スポンサーとカメラマンとその助手と衣装担当とヘアメークとコーディネーターと一緒に久米島から三十分ほど船で行った小さな島で撮影した。
海は驚くほど透明で、走るボートから10mほど下の岩がそのまま見れる。
ほかの船が通りかかると、海の底と船が一緒に見えて、まるで空中に浮いているかのようだ。
着いた島は木が一本も生えてなく、細長い楕円形。
真ん中が少し高くなっていて、そこに立つと島がすべて見渡せた。
周囲を歩くと数分で元の場所に戻れるような小さな島。
島の真ん中にビーチパラソルを立て、モデルさんの衣装やメークを整えた。
その島で撮影すべき衣装が何着かあった。
それらがすべて終わる前に曇ってしまった。
太陽が出てくるのを待つことになった。
スポンサーと僕は海に入った。
その島に行くのにみんな水着で行くことになっていた。
こんなことなら水中マスクも持ってくればよかった。
海に入ってもマスクがないので魚は見にくい。
すぐに飽きて海から出た。
島の真ん中でしばらく待ったがなかなか太陽が出てこない。
用を足したくなりコーディネーターにどうすればいいか聞いた。
「海でするしかないですね」
仕方ないので海辺に降りた。
島の真ん中の小高いところからキャンペーン・ガールがなんとはなしにこちらを見ている。
立ちションすると丸見えだ。
仕方ないので海に入っておしっこする。
しかし、普段と環境が違うせいかなかなか出てこない。
やっとなんとか出して、知らん顔で小高いところに戻った。
そこからおしっこしたところを見ると心臓が縮み上がった。
きらきらと輝いている海の表面が、おしっこしたところから沖へと向かって乱れた帯のようにゆらゆらと、わずかに輝きを変えている。
おしっこしたのがバレバレだ。
でも、注意して見なければただの海の表面にしか見えない。
あんなに遠くまで帯が届くとは思わなかった。
気づいたかなと思ってドキドキしていると、キャンペーン・ガールがすっと立ち「私も」と言い残して浜に降りていった。
しばらくして、乱れた帯の二本目が、沖に向かって流れて行った。

9月

20

スニーカーを洗う

黒い油が付いて汚れてしまった
白いスニーカーを洗った。
靴用の洗剤に漬け込む。
漂白剤が効いて白くなった。
何度か水ですすいで乾かしている。
履くのが楽しみ。
幼い頃、母が運動靴を
洗ってくれたことを思い出す。

7月

24

洗濯する

暑い日が続くと、
洗濯がしやすくていい。
洗濯機を回して、外に干す。
湿度が高いので期待したほどには
早く乾かないけど、
一日干せば完璧。
洗濯カゴに残っているものがない。

7月

23

暑い日に歩く

暑い日に外を歩くと、
かなりつらいのではないかと思うが、
実際に歩くとなかなか心地よい。
汗をかいて水を飲んでスキッとする。
帰って水のシャワーを浴びる。

6月

23

元気な言葉

元気な言葉は癖になる。
一度聞いて元気になると
もう一度聞きたくなる。
二度聞いて元気になれると
三度目も聞きたくなる。
でもそれって、
言葉じゃないんだよな。
それを発する
人の雰囲気だったりする。
こうして人は恋に落ちる。

6月

7

繰り返すことを楽しむ

同じことを何度も繰り返すと
たいてい飽きる。
ところが何度やっても
飽きないことがある。
それが「商い」になると
商売をしている人はよくいう。
でも、商売以外でも飽きないことは
たくさんあって、
人はそれをしていけば
いいんだろうなと思う。
同じことを何度もしてているうちに
工夫が生まれ、
工夫がいくつか積み重なって
発明や発見になり、
その人にしかできない
何かが生まれる。

5月

23

2018年5月22日の金星と木星

昨晩、相方が帰って来て
「あの光はなに?」というから
外に出て西の空を見た。
まだわずかに夕焼けの光が
夜空の底にほの見えていた。
それより上、
すっかり夜空になったあたりに
ひときわ明るく光る星があった。
「あれ星かなぁ?」
というので
「金星じゃない?
 太陽が落ちたばかりに見える
 明るい星はたいてい金星だよ」
と答えた。
「じゃああれは?」
と東の空を指さす。
そこにもひときわ明るい星があった。
「木星かなぁ?
 よくわからないけど」
色からして火星には見えなかった。
土星があれほど明るく光るのを
見たことがない。
そこでiPhoneを取り出し
Star Walkを呼び出した。
Star Walkは夜空にかざすと
その方向にある星の名前を
教えてくれる。
西の星は金星、東の星は木星と
わかった。
ネットで調べると、
5月27日に月と木星が
接近して見えるそうだ。

5月

15

チェット・ベイカー没後30年

ジム・ホールと共演した『アランフェス協奏曲』をときどき聞いたが、
チェット・ベイカーのことはほとんど知らなかった。
それがファンになったのはヒロ川島と出会ってから。
川島さんはチェットと1986年の初来日の際に知り合いとなり、
不思議な縁を結ぶ。
昨日、5月13日はチェットの命日。
毎年この日にはヒロ川島が「CHET BAKER MEMORIAL NIGHT」をおこなう。
没後30年という節目にその音を聞きに行った。
川島さんはただチェットのファンだからと
MEMORIAL NIGHTをおこなっている訳ではない。
彼はチェットの楽器を譲り受けたのだ。
はじめてそのことを聞いたときは「なにそれ?」と思った。
その話を聞いたとき、彼はまだ会社員だった。
月に一度、練習のためにライブを開くという贅沢をしていた。
収入を得ていたという点ではプロだが、
音楽だけで生計がたっていた訳ではないので
セミプロという状態だった。
その彼になぜチェット・ベイカーが
本人の使っていた楽器を上げたのか?
いろいろと話を聞いてやっと合点した。

話は飛ぶが、昔々空海が唐に行った。
当時の空海はまだ無名で、
なぜ唐に行けたのかすら定かではない。
恵果和尚を訪ねると、空海の資質を見抜き
即座に奥義伝授を始め、半年ですべてを伝え、
恵果は入滅する。
もちろん空海はその後日本に帰り大活躍するのだが、
チェットと川島さんの関係に似たものを感じる。
チェットは1986年に川島さんと出会い、
1988年5月13日に亡くなる。
僕と川島さんは1996年に出会った。
ある日、僕の車の助手席に
川島さんを乗せ走っていると、
チェットと川島さんの不思議な話を
聞かせてくれた。
不思議な話はたくさんあるのだが、
そのひとつは確かこんなものだった。
チェットが亡くなりしばらくすると、川島さんの友人から
「チェットのいい曲だけ集めてカセットに録音してくれ」と頼まれた。
川島さんは録音されてないカセットを探すと、
ラベルに何も書かれていない一本のカセットを見つける。
よく見ると少しだけテープが進んでいたので
何か入っているのかな?と思い、そのカセットをかけてみる。
するとレコーダーから聞こえてきたのは、
英会話の練習テープのようだった。
「Repeat after me.
 Good by Mr.Baker.
 Good by Mr.Baker.
 Good by Mr.Baker.」
川島さんはそんな英会話教材を聞いたこともなかったし、
なぜそのように録音されているのかもわからなかった。
そんな不思議な話をいくつか聞かされ、
「本当かよ」と思ったし
それを口にすると
「本当なんだよ」と川島さんは叫んだ。
そのとき、車内でかけていた
ラジオの曲が変わった。
すると川島さんが「あーっ!」と叫ぶ。
「どうしたの?」と聞くと、
「この曲、ポップなんだけど、間奏の部分を
 チェットが吹いているんだ」
しばらくして、チェットの吹くアドリブが鳴り始めた。
そんなことがあったので、
今ではふたりの不思議な縁を疑うことはない。
何しろその後の川島さんの活躍は
チェットから楽器を託された意味を体現している。
チェットの生誕70年には
「JAZZ-Love Notes」という番組を
テレビ東京で2クールにわたりOn Airする。
ちなみにLOVE NOTESとはチェットが生前作りたいと言っていたバンド名。
それを川島さんは1989年に立ち上げ、いまも活動を続けている。
彼は30回「CHET BAKER MEMORIAL NIGHT」を続けてきた。
川島さんは普段別の楽器を使っている。
1年に一度「CHET BAKER MEMORIAL NIGHT」にチェットの楽器で演奏する。
素晴らしい供養だ。

3月

30

桜の花びらを踏む

桜が散りだした。
桜の花びらが
たくさん集まっているところを
歩いた。
するとパリパリとわずかな音がする。
桜の花びらは
しっとりと水分を含んでいて
踏んでも音などしないと
思い込んでいたが、
実際には乾燥した花びらは
踏むとパリパリと音がするのだ。
50年以上
そのことに気づかなかったとは。

3月

29

息子夫婦に送る写真

桜並木を眺めながら歩いていると
老夫婦がキョロキョロしている。
奥さんの手にはiPadが握られていた。
「お写真撮りましょうか?」
と声をかけると、
「ありがとうございます、助かります」
という。
桜を背景に並んでもらって
撮ろうとすると
奥さんがいろいろと話しだす。
「優しい方に会えて良かったわ。
 この写真はアメリカにいる
 息子夫婦に
 送れって言われたんです。
 なかなかふたりだと
 一緒のところは撮れなくてねぇ」
何枚か撮影してiPadを手渡した。
とても喜んでもらって
こちらもうれしかった。

1月

24

雪かき

昨日朝、外に出ると、
何人もの人たちが
雪かきをしていた。
そのまま仕事に行き、
夜に帰ってくると
雪かきされた道は歩きやすい。
ほかの道は
凍って危ない道となっていた。
有難いことだと思った。

1月

22

雪が積もる

子供の頃、雪が積もるとなると
それだけでそわそわした。
早く降ってくれないかな、
積もってくれないかなと。
もし雪が積もれば雪合戦をしたし、
雪だるまを作ったり、
雪の上を滑って遊んだ。
大人になると
そんなことはしなくなったが、
心の片隅に
「したいやりたい」という
ウキウキした気分が残っており、
雪の日には
何かやらかしてしまいたくなる。

1月

20

金刀比羅宮

幼い頃、歌集に「金比羅船々」が
載っていて、うちでときどき歌った。
その記憶があって、
四国に行ったとき金刀比羅宮まで
足を伸ばした。
階段をずっと登って行く。
すでに夕方になりかかる頃に
参道入口に着いたので、
奥社までたどり着くのか心配だった。
なにしろ1368段もある。
とぼとぼと歩いて行くが、
100段も登るともう疲れが出て来る。
その13倍も歩かなければならない
と考えると目が回る。
それでもとぼとぼと登って行った。
表参道の入口に近いところには
両側にお店があって、
疲れれば休めるが、
ある程度進むとお店はなくなり、
ただひたすら階段をあがっていく。
はじめは霧雨だった雨が
次第に傘のいるような雨になり、
御本宮に着く頃には
ザアザア降りだした。
そこまで785段。
暗くもなってきたので
奥社に行くのはあきらめ、
御本宮でお参りして帰る。
見晴らしのいいはずの
展望台からの景色は、
灰色一色で残念だったけど
幼い頃から知っていた、
けど行ったことのなかった
金比羅さんに行けてよかった。