3月

25

桜が咲く

また今年も桜が咲き出した。
そうするとカメラを持ち出しパシャパシャ撮り始める。
もう飽きるほどに撮ったのに、それでもまだ撮る。
撮れば撮るほど、美しさの奥行きが広がる。

3月

23

おせっかいなおばあさん

相方と散歩がてらランチを食べに出かけた。
何年も前に相方がカナダに旅行したとき、お土産でフリースのベストをくれた。
ひさしぶりにそれをお揃いで着て出かけた。
裏道をふらふらとのんびり歩いていると、マスクをしたおばあさんが向こう側から歩いてきて、すれ違い様に「仲良しね、一緒の服着て」と言って歩き去っていった。
思わず笑ってしまった。
「昔はああいうおじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいたね」
相方も「そうそう」という。
「私が膝上くらいのミニをはいていたら、『寒くないの』ってよくいわれた」
昔はそういう老人が多かった。
僕も冬に半ズボンをはいていると「元気でいいね」と何度か言われた。
いまはそういう人にはほとんど会わない。
僕が大人になったから話しかけにくくなったというのもあるだろう。
でも、年配の人が見知らぬ子供に話かけるというのは、以前より減ったのではないだろうか。
おせっかいなおばあさんに話しかけられ、ちょっとうれしかった。

3月

23

英国の対処

17日にジョンソン英国首相が感染封じ込めをあきらめて、集団免疫効果を目指すと発表した。
病気のピークを長期にわたって引き伸ばし、社会が対処できるようにするという。
結局これは、ほぼ結果的に日本がしていることと同じだ。
日本はそうなってしまった。
英国は意図的にそれを目指した。
しかし、そののちの経緯を見て、ジョンソン首相はあちこちを封鎖し始めている。
様子をきちんと見て、対処法を変えているようだ。
日本はいったいどうなのかな?

3月

23

怒りの声

藤井聡京都大学大学院教授は311後に「日本強靭化計画」というのを発表した。
僕はその話をたまたま参加した衆議院議員第一議員会館での勉強会で聞いた。
それが実際に内閣に取り上げられ「国土強靭化基本計画」という名前となった。
その藤井教授が、いまの政治家に対して「なんのために政治家を志したんですか」と憤っている。
こちらの映像で。
https://youtu.be/q3KcdJhBMb8
それを聞いて気持ちが落ち着いた。

3月

23

こういう国

まずは宣言することにした。
こんな状況で気持ちいいものなんか思いつかないよ。
コロナウィルスが蔓延し、各国が閉鎖され、消費前増税で景気が悪かったのに、そこにさらにコロナウィルスの影響で不景気になる。
朝日新聞の記者、青木美希さんが記者を辞めさせられた。
かつてNHKの記者だったがさらにスクープを出しそうなために閑職に回されそうになった相澤冬樹記者がNHKを辞めて大阪日日新聞の記者になり、森友学園の事件の関連で自殺してしまった近畿財務局の赤木俊夫さんの手記(遺言)を発表したにもかかわらず、麻生財務大臣も安倍首相も調査はしないという。
日本はこういう国だったのか。
書いて清々した。

3月

2

あんぱんの話

近所にあるパン屋さん「アンジェリーナ」のあんぱんには、桜の塩漬けが載せてある。
相方はひとつしかないあんぱんをふたつに割って、両手に持ち、「どっちがいい?」と聞く。
僕から見て左側のあんぱんが不自然に揺れている。
左を選べということか?
そこで反対を選ぶ。
「じゃあ右」
「えっ? こっち?」と言って、僕から見て右を振る。
「そう」
「えーっ」と不満げな顔をして、お皿に右のあんぱんを置く。
そして、そこに乗っていた桜の塩漬けを二つにちぎって分けた。
相方は桜の塩漬けが好きなのだ。
「黙ってそっちから見て右側を出せばいいじゃないか」
「やだ」
「なんで?」
「こういうやりとりが面白いから」

2月

28

前世でしてたこと

そもそも前世というものが本当にあるかどうかわからないが、あるとしたらきっとこれをやっていただろうなと思うことがある。
それは、写本だ。
文章を書き写していくだけの単純な作業だが、引用などでそれをしているとなぜか落ち着く。
しかも、幼い頃に兄がどこかから買ってきたレタリングの本に夢中になった。
百種類程度の異なる字体で書かれたアルファベットが、ただ羅列されているだけの本。
そこの字体を真似てみたり、参考にして自分なりの字体を作ったりもした。
当時はただ面白いからとやっていたけど、大人になって「なんでそんなことに夢中になっていたのだろう?」と思うようになって、そうか前世でしていたのかもと思うようになった。
科学的に本当のことではないけれど、僕の心に馴染むことなので、きっと本当のことだ。

2月

26

COVID-19

COVID-19のおかげで日本は狂乱状態一歩手前のようだ。
こういうときこそ落ち着かなければならないと思う。
COVID-19は確かにいままでのウィルスとは何かが大きく違う。
死亡率が低いと言われるが、なぜか検疫を厳重にしようとした。
検疫を厳重にしようとしたのになぜかダイヤモンド・プリンセスでの対応は間違っていたと言われる。
安倍内閣のシンパだといわれた百田氏や高須氏も、ウィルス感染者への対応は間違っているとtwitter上で言い出した。
政府は重症患者であふれることを予測しているからこそ、病院での対応を厳しくして、ウィルスの検査を軽症者には認めないようにしている。
電通では社員が感染したことを発表し、本社ビルに勤務する5,000人をテレワークに切り替えることを発表した。
大企業でこのような対応は日本では最初になる。
いままでにはあり得ないことが多い。
これは何のサインなのかな?

2月

21

死にたくなること

ときどき死にたくなる。
とんでもない失敗をしてしまったとか、誰かに責められたとか、借金が返せないとか、したいことができないとか、誰かに裏切られたとか、病気になってしまったとか、大切な集まりに遅刻してしまったとか、いつまでたっても仕事が終わらないとか、うっかりくだらない答弁をしている国会中継を見てしまったとか、あと20年生きるとしてたった2万回程度しかない食事の機会にまずいものを食べてしまったとか、楽しみにしていた集会がコロナウィルスのせいで中止になったとか、可愛いあの子に会えなくなったとか、、、
生きているという本質に関係ない、まったくどうでもいいこと悩むなぁと考えたあと、攻めに転じる。
死んだら何にも感じられなくなる。
どうせならもっと苦しんでやろう、悲しもう、悔しがろう。
どたばたじたばたしたあとで、楽しいこと、うれしいこともあるだろう。
それを感じるためには生きていなければならない。
死にたくなるようなことは、そのためのいいスパイスだ。

2月

12

チーターの狩り

ケニアの草原でチーターの親子を見た。
三頭ほどの子供と母親。
母親はガゼルを追って走り出す。
乾いた土の上を走るので、ものすごい速度で土煙が上がっていく。
草原を駆け回る土煙。
子供達は顔をあげてその様を見つめる。
チーターは、足は速いが力はあまりない。
相手が草食動物でも、狩りは楽ではない。
僕が見ていた狩りは空振りに終わった。
子供達のもとに戻ってきて、肩を落とす母チーター。

2月

11

蟻地獄

幼い頃、近所の農家の庭にあった物置の壁沿いに、蟻地獄がいた。
はじめて見た蟻地獄に興奮した。
蟻をつかまえてきては蟻地獄の巣に落としてみる。
逆円錐形の蟻地獄の巣は、蟻が入ると登れない。
上がろうとして足掻けば足掻くほど下に落ちていく。
円錐形の中心に届くちょっと前で、蟻地獄が砂をパッとかける。
蟻はそれでももがいて上がろうとするが、二度三度と同じことを繰り返して、力つきて巣の中心にいる蟻地獄に捉えられる。
その様を見て興奮し、もう一度と別の蟻をつかまえてくる。
気がつくと、僕たちは蚊にたくさん刺されていた。

2月

10

亀塚古墳

古墳に興味を持つようになったのは、亀塚古墳に行ったから。
大分県大分市、丹生川の別府湾に注ぐ河口近くにある。
全長116m、後円部の直径64m、前方部の長さ52m、高さが後円部で10mという立派な古墳が、平成に入ってから復元された。
葺石で覆われた美しい墳丘に前方部から後円部まで登ることができる。
一番高い後円部に登ると、別府湾が見下ろせる。
たまたま行った日が「海部のまつり」の日で、古代衣装をまとった女性たちが、男性の楽士たちを引き連れ、たおやかな舞いを披露しながら古墳のまわりを歩いていた。

2月

10

大阪歴史博物館

2001年に完成した大阪歴史博物館へ十数年前に行った。
何も知らずに館内に入り、10階に行く。
そこでは飛鳥時代・奈良時代の宮殿内が再現されていて、その説明のための映像が流されていた。
フムフムと思いながら見ていると、最後にCGで再現された難波宮が登場し、その建物内部から視点は建物の外に出て俯瞰となり、建物全体が映し出されると、目の前のスクリーンが窓に変わり、博物館から見下ろす土地にその建物があったことが示される。
そこからは実際の難波宮太極殿跡が見下ろせた。
博物館の映像でビックリした珍しい体験だった。

2月

8

ホケノ山古墳

大神神社に参拝に行ったとき、立ち寄った古墳。
箸墓古墳のすぐそばにある。
さほど大きくないし、登れるようだったので登っていった。
小高い丘となっていて、周囲をぐるりと見回すと、いくつかの古墳らしき丘が見える。
とても気持ちがいいので相方がそこで踊りだした。
両手を広げて「アー」っていいながらクルクル回った。
隣にいて思わず笑った。

2月

8

インターネットで変化したこと

インターネットというメディアのおかげで世界は変わった。
変化の最中にいる人々はほとんどそれに気づかない。
どこの誰かわからない人の文章より、親しい友人たちの文章に愛着を感じる。
誰か他人の文章に感心するより、自分の文章の腕を上げたい。
記録に残るから仕事の指示はすべてメールでする。
気軽に写真や映像を撮影する。
そうやって、PCやスマホに釘付け。

2月

8

書きたいことを書く

気持ちが勝手に動いてしまうような書きたいことを書く。
それが罵倒であろうが、卑猥であろうが関係ない。
たとえ他人にとって読むに堪えないものであろうとも、書き手にとっての書きたいことが最優先だ。
読者に嫌われることを恐れるようでは、気持ちいいものは書けまい。
ケルアックはこう言った。
心の底から底抜けに書きたいものだけを書け。

2月

2

声に乗るもの

声にはいろんなものが乗ってくる。
感情、体調はもちろん、ささいな違和感も伝えてくる。
声というものはいろんなことを含んでくれる。
その不思議さ。
僕の声にもいろんなものが乗るのだろう。
隠しても無駄だ。

2月

1

秩父遥拝

今朝、テレビをつけたら矢野顕子が民謡を歌っていた。
なんかいいなと思っていたとき、ふと「秩父遥拝」を思い出す。
笹久保伸さんが秩父の機織り歌やまりつき歌、雨乞いの歌などを集めてアルバムにしたもの。
もう歌われなくなってしまった歌ばかり。
笹久保さんは「秩父前衛派」というアート集団を主宰している。
武甲山の破壊をやめろと訴えながら、さまざまなアート活動をしている。
武甲山は石灰が産出されるのでセメント会社が掘り続け、山の形が変わってしまった。
毎年秩父夜祭で人々はその山を祀る。
秩父の町を潤すためにやせ細った山。
笹久保さんは「おかしいだろう」と訴えながら、いまはもうほかでは聞けない歌を声を絞り出すように歌うとき、隠されてしまった魂たちが咆哮を始める。
失われた山容、鉱石、泉、草花、動物、古事記の時代から伝わってきた物語や祀られた神々。
あなたには聞いてほしい、その咆哮を。

1月

27

たらふく食べる

血糖値が気になるお年頃なので、あまりたくさんは食べないようにしているし、かつてほどの食欲はなくなってきているが、それでもときどきたらふく食べるとうれしい。
いろんな栄養が血になり肉となる。
どんなウィルスもこれで撃退だ。

1月

24

難しいことをする

それは絶対無理だろうと思われることを覚悟を決めてやる。
失敗すると悲惨だ。
でもそこに生き甲斐が生まれる。

1月

21

拙著

かつて書いた本が何冊かあるが、ひさしぶりに取り出して読むと面白い。
そんなこと考えていたのかということに出会う。
古本が高い価格で取引されているとうれしい。

1月

19

瞑想

僕がはじめて瞑想をしたのは、1987年頃だった。
最初はなんだかよくわからないものだった。
頭の中でビジョンを描けといわれても、一切できなかった。
だけど続けるうちにいろいろと面白い体験をするようになった。
1997年に始めたヒーリング・ライティングに瞑想を取り入れた。
しばらくして瞑想の指導もするようになった。
瞑想でいいなと思うのは、解決すべき答えがあるときパッと閃くこと。
どうしてそんな閃きが来るのか謎だが、それが見事にいい答えなのだ。
なぜそんなことが起こるのか、そのメカニズムを探求中。

1月

17

歳を取る

歳を取ると思ったように体が動かないとか、簡単な固有名詞が思い出せないとか、不便なことが増えるけど、一方でとてもいいこともある。
かつて読んで理解できなかった本が理解できるようになるということ。
本は読めばおおよその内容は理解できる。
だけど読み終わっても、何か大切な部分がまだつかめてないと思うことがある。
そういう本はしばらく寝かせておく。
何年かたって、中には何十年かたって、この本はそろそろ理解できるなと思って読むと、確かに理解できるようになっている。
歳を取ってうれしいのはこういうとき。

12月

30

時間をかけた説明

何かを一瞬にして悟ることがある。
「なるほど、こういうことか」
一瞬でそれを了解するが、何をどう了解したのか、説明に時間がかかることがある。
悟ったことが複雑で説明しにくいものであれば、時間がかかるだけではなく、説明をどうしたらいいのかを考えなければならない。
こういうとき、知覚の不思議さを思う。

12月

23

知覚の扉

臼田夜半さんのお宅で「命に帰る〜生と死についての対話」をした。
対話と言うよりは僕が質問をして、臼田さんの話を聞いた。
そのなかでトマス・アクィナスの話が出てきた。
アクィナスは生涯の終わりに三昧の体験をした。
その結果、それまでに読了したことのすべて、論じたことのすべて、書き記したことすべてが、もみがらか藁くずに過ぎないものになったという。
うちに帰ってたまたま開いた本の最後にその話が出てきた。
オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』に。