7月

20

全体性に触れる

書くのは簡単だが、実行は難しい。
そもそも全体性とは何か?
人間にとっての全体性とは、宇宙のことであり、地球のことであり、国家のことであり、地方社会のことであり、家族のことであり、個人のことであり、それらの総合でもある。
それぞれに支配している理屈は異なり、自分がどの観点からモノを見るかによって現れてくる思いや感想は異なり、その違いに惑わされていると即断即決はできなくなるため、多くの人はそれらの違いについてあまり深くは考えないのだろう。
しかし、長い人生について考えるとき、これらについてじっくりと考える必要がある。
いま僕たちが混乱の中にいるとしたら、この全体性に触れる機会なのではないか?
この答えも簡単に出すべきものではないだろう。

7月

12

虹を見る

昨日の土砂降りの時、外出先の建物の中で気がつかなかったが、停電して知った。
外に出ると雨は止んでいた。
うちに帰って空を見上げるとひさしぶりに虹を見た。
If you want the rainbow, you gotta put up with the rain.

7月

10

執着を見つめる

人間、生きている限り、執着を手放せないのだと思う。
なにしろ生きていることが執着の一つだ。
それすら手放すって、死んでしまうよ。w
あるときからそういう自分を観察することにした。
正しくは「執着する自分を見つめる」ということかな。

7月

9

ゆっくり

歴史をふりかえると、パラダイムの変更には時間がかかることがわかる。
数百年から、少なくても数十年。
そのくらい人間の考え方や行動は簡単には変わらない。
今回のパラダイムの変更も、どんなに早くてもあと十年はかかるでしょうね。
その綱引きが現状なのでしょう。
一時期的にはどちらかが勝つのでしょうけど、結局変わるべき状態に変更されていきます。
多くの人が幸せになるように。

7月

6

思い浮かばない

この数日、気持ちいいものが思い浮かばない。
そういうことはときどきある。
でもなんで?と思ったとき、ふと思い出した。
二十年以上前、箱根に行ってある場所をお酒とお米で供養したこと。
また箱根に行ってみるかな。

6月

28

モロカイ島

ときどき、モロカイ島を思い出す。
どこまでも続く土の道。
広い青空。
沖にはクジラ。
輝く星空。
小高い丘からは足元に星が見えた。

6月

22

外飲み

ひさしぶりに飲食店でお酒を飲んだ。
正確に書くと、ひさしぶりに人目をはばからず飲食店でお酒を飲むことができた。
いや、もっと正確に書くと、ひさしぶりに国や都が公認の元で、飲食店でお酒を飲むことができた。
不思議な世界になってきた。
笑うしかない。

6月

21

迷いの渦

気持ちいいものを感じ続けていくと、いつか迷いの渦に巻き込まれるようになった。
「これは本当に気持ちいいのか?」
とても曖昧。
他人に理解してもらうために「気持ちいいもの」を書くのであれば、互いに気持ちいいと思っていることを書き続けるしかなくなる。
その先に進もうとすれば、つまり自分の中にある気持ちいいに降りていくとき、なんだかわけのわからないものに触れる。

6月

14

早朝の雨と鳥の声

早朝、雨が降っていた。
にも関わらず、晴れやかな声の鳥が鳴いている。
「雨なのに鳥は嬉しいのかな?」
そう思っていたら雨が止んだ。
雨が止んでも鳴いている。
鳥の声が雨をやませたようだ。

6月

8

乱読

僕の読書スタイルは乱読。
ジャンルがめちゃくちゃなのはもちろんのこと、一冊の本を読んでいる途中で別の本を読み出したりする。
元の本を読まなくなることは滅多にない。
別の本を読み終わったらたいてい戻ってくる。
だけど、戻ってこないこともある。
別の本を何冊も読んでから、やっと元の本にたどり着く。
そうやって世界を巡ってから、出会う元の本は、もうかつて思っていた元の本ではない。
September Mornという歌を思い出す。
歌詞にこうあった。
We’ve travelled half way around the world to find ourselves again.

6月

8

自転車で走る

本を借りたくて、関町南の図書館まで自転車で走る。
片道10kmほど。
8Kmほどのところに僕が卒業した高校がある。
かつてはそこに毎日自転車で通っていた。
だからそれプラス2kmは楽勝だと思った。
行きは問題なし。
車や風と競うようにスピードを出して走った。
問題は帰り道。
からだの感覚がちょっと違う。
16歳の頃の僕とはどう考えてもからだが違う。
感覚としてはちょっとだが、そのちょっとが大きい。
家に着いてソファに座ったら、いつの間にか眠ってしまった。
と書きたいところだが、現実にはあっという間だった。

6月

4

どこにあるのか

気持ちいいものは、いったいどこにあるのか?
ときどき、考える、感じてみる。
「いまここ」なんて簡単なものではない。
他人に伝えるのにそれしかいいようがないから「いまここ」という。
「いまここ」であり、「永遠の彼方」であり、「宇宙大の広がり」であり、「妄想」であり、「意味のないもの」でもある。
それを知るとはどういうことか。
語り尽くせぬ言葉が溢れる一方で、沈黙が訪れる。

6月

2

適切な質問

ユングが錬金術を研究していたことを友人に話したら、質問された。
「なぜユングは錬金術を研究したの?」
その質問で、曖昧だったことがはっきりとした。
こういうのを適切な質問というのだろう。

5月

18

霧雨の散歩

散歩をしていたら、霧雨が降ってきた。
傘をさすほどでもない、霧のような雨。
帽子を被っていたので、念のために持っていた折りたたみ傘を差すこともなく、そのまま歩いた。
しばらくすると服が湿ってくる。
せっせと歩いたので、汗なのか、雨なのか、よくわからない。
湿度の高い大気と一体になったよう。
うちに着いてシャワーを浴びる。

5月

13

バリ島の秘密

毎年のようにバリ島に行っていた。
2017年からアグン山の噴火が始まり、去年からはコロナで何年か行ってない。
ひさしぶりにお世話になっているアナック・アグン・グデ・ラーマ・ダレムさんとZOOMを介してお話しした。
バリ島の宗教はバリ・ヒンドゥーと言われるが、それはいろいろな宗教の渾然一体化だ。
アグン・ラーマさんとお話ししていると、どのように様々な宗教が習合されるのかわかるような気がする。
基本的には他を批判しない。
相手のいいところを自己同一化する。
自分の都合に合うように多少の改変を加える。
議論をする。
本当の答えは神のみぞ知る。

5月

11

低空飛行の旅客機

東京都上空を旅客機が低空飛行で飛ぶようになってから一年が経った。
子供の頃にあんな低いところを飛ぶ旅客機を見たらわくわくしただろうなと思いつつ、大人になった僕は事故が起きなければいいがと思う。
あの程度の騒音なら、僕は気にならないが、繊細な人はきっと困っているだろう。
そもそもは羽田空港の増便のための施策だったはずだが、コロナで便数が減っても変わらないのが不思議。

5月

7

居酒屋で食事

昨晩、近所の馴染みの居酒屋で、夕飯を食べた。
いつもに比べてすいていた。
普段は夜七時頃に行くと、満席に近く、座れるかどうかが心配だが、この状況ではあいた席が目立った。
普段ならお酒と一緒につまみを頼むのだが、ご飯を食べたら終わりだ。
八時には閉店してしまう。
普段よりずっと安くて済む。
店頭でお客さんが「お酒は飲めないの?」と質問し帰っていった。
店にとっては大打撃だ。
前に海鮮丼を食べ、おいしかったのでそれにしようかとも思ったが、お品書きのローストビーフ丼なるものに目が留まった。
それを頼み、掻き込む。

4月

30

風を通す

ひさしぶりに南と北の窓を開けてうちに風を通した。
冬の間は寒くてなかなかできないけど、暖かくなってきたので気持ちいい。
前もって網戸の掃除もした。

4月

28

月影が射す

昨晩、窓から影が射していた。
正しくは、影が射すのではなく、月明かりが射していて、それによってできた影が見えたのだ。
でも、最初にそれを見た印象は「なんで影が?」というものだった。
いまの世の中は、まさに月影が射している状態に思える。

4月

26

動画の編集

ひさしぶりに動画の編集をした。
iMacに付属しているiMovieを使って。
コマーシャルのような枠がすでに切ってあって、それに従って映像を挿入すると、それなりの映像ができる。
音楽もすでに付いている。
便利だ。
https://youtu.be/YC-NV29WfK0

4月

26

空を飛びたい

高い崖から海を見下ろす映像を見ていて、ふとそこから飛び降りたいと思った。
自殺したいとかそういう意味ではなく、単純に、現実を忘れて飛んでみたいと思った。
実際に崖に立ったら、足がすくんで飛べないと思うけど。

4月

17

国際ZOOM

バリ島の人とzoomで会話した。
かつての国際電話のようにタイムラグがなくて話しやすい。
しかもほぼ無料だ。
便利だなぁ。

4月

16

大葉を刻む

冷や奴を作るのに大葉を刻む。
大葉を二枚取り出し、水で洗う。
キッチンペーパーで水分を取り、大葉二枚を重ねて筒状に巻き、端から細かく切っていく。
刻むときに大葉の香りがする。

4月

16

許す

目の前のことに夢中になると、ついしなくてはならないことを忘れたりする。
それに気づいた途端に「自分はダメ」と自分を罰する。
確かに自分はダメでした。
でも、それを許して次に進む。
気持ちよくはないな。
それすらも気持ちよいものにするべきか?

4月

14

トリチウム水を飲むとどうなるの?

1年半ほど前に、僕のBlog「水のきらめき」に「トリチウム水を飲むとどうなるの?」という文章をアップした。
ここにいま、コメントが集まるようになってきた。
もちろん、福島のトリチウム水を海洋放出するというニュースを受けてのことだろう。
いろんな意見のやりとりから、有益な結果が導き出されるといいのだが。
https://bit.ly/3tiyqjR