11月

15

一橋大学のキャンパス

授業を聴きに、一橋大学に行ってきた。
一橋大学には行ったことがなかったので、ちょっとワクワク。
国立駅に降りると、一橋大学までの大通りの名前が大学通り。
車道と歩道が分かれていて、その境には並木が植えてある。
若い人たちが行き来し、活気がある。
構内に入ると部外者だからまずは守衛さんにご挨拶。
教室の場所を確かめて中に入っていく。
時計台の前には池があり、日時計が置かれていた。
その日の授業は一橋大学の卒業生で、NHK福岡に勤務し、水俣病のドキュメンタリーを撮りつづけてきた吉崎健さん。
「30年ぶりに戻ってきました」と言っていたが、僕も自分の大学には卒業以来行ってない。
卒業した大学で授業ができるって、うれしいだろうな。

11月

12

布の鞄

一澤信三郎帆布の鞄を愛用している。
20年以上は使っている。
肩掛けのバンドがぼろぼろになってしまったので、京都に行ったついでに修理に出した。
一ヶ月ほどかかるといわれた。
肩掛けバンドとそれを固定している部分の二カ所を直してもらって3,500円。
これでまた20年くらい使える。
ありがたい。
次に直すときまで僕の寿命が持つのか心配。

11月

8

赤い部屋

目が覚めると部屋が真っ赤になっていた。
日が昇るのが遅くなり、朝焼けの時間に起きたから。
「部屋が赤いなぁ」と思いながら。いま見ていた夢を思い出す。
中東の人たちになぜか、僕の部屋の本を半分ほどと、机や椅子やPCを盗まれていた。
「なんでこんなものを盗んでいくんだろう?」と思いながら、日本の呪術で呪われると大変だよと思っていた。

11月

5

朝日を浴びて本を読む

朝日が射すベランダで本を読む。
ちょっと薄着がいい。
日光が布地を通って肌に届く。
顔は照らされてチリチリする。

11月

1

耳鳴り

静かな部屋にひとりでいると耳鳴りが聞こえる。
とても高いチーという音。
家電製品の待機音とか、PCの冷却ファンの音も多少混ざっている。
それを聞きながら森の中を想像する。
風の音、葉のこすれる音、鳥の声、そんなことを想像していると、近くで実際に鳥が鳴きはじめた。
ありがとう。

10月

29

網戸の掃除

もう今年は網戸をほとんど使わないだろうと思い掃除した。
ほこりがたっぷり詰まっていた。
1年でこんなに詰まるんだ。
でも、窓によって詰まる窓とそうでない窓がある。
違いは何か?
これで来年も気持ちよく使える。

10月

26

犬を飼う

ほんの数ヶ月だけ犬を飼っていたことがある。
しかし、その犬は数ヶ月後に死んでしまった。
その悲しみたるや、筆舌に尽くし難く。
以来、犬を飼うことを一切考えなくなった。
いま思えば、飼っていた時は楽しかったのだ。
失った悲しみが目を曇らせている。

10月

25

宅配のお兄さん

週に一度、宅配のお兄さんが荷物を持ってやってくる。
今日は、この土砂降りのなかやってきてくれた。
カッパを着込んでフードをかぶり、びしょびしょになりながら。
荷物をおろして「ありがとうございました」と言って帰ろうとするところ、うちにあったキャラメルを一粒、「もしよかったら」と言って上げた。
たった一粒のキャラメルだ。
土砂降りのなか、荷物を持ってやってくる苦労にはまったく見合ってないので恥ずかしいなと思ったが、うちにはそんなものしかなかった。
するとその青年は「ありがとうございます」と、元気な明るい声でお礼を言ってくれた。

10月

24

終えること

懸案だったことに終止符を打ち、次の仕事に向かうとき、エネルギーが湧いてくる。
だから終わりを宣言するのは大切なこと。
一段落つけたら、些細な儀式をおこなう。
美味しいものを食べるのでも、酒を飲むのでも、ガッツポーズをするのでもいい。

10月

15

非力であること

友人や親戚が亡くなっていくことに自分は何もできない。
災害がやってきても、防ぐこともできないし、たいした助けもできない。
できるのは、些細なことばかり。
だからこそ、些細なことを積み重ねる。

10月

5

丁寧にやる

サクサクとやるのも気持ちいいが、時間をかけて丁寧にやることも気持ちがいい。
いったいどっちだ? という人もいるだろうけど、両方なのだ。
どちらかが正しくて、どちらかが間違いという考え方は手放そう。
どっちにしてもいいものはいい。

9月

19

PCのお掃除

故あって友人からPCを借りた。
キーボードが汚れていたので、アルコールが配合されたウェットティシューで掃除する。
これで気持ちよく使えるね。

9月

13

実際にその場に行くこと

いろんな映像がネットに溢れている。
だから、現実にその場に行かなくても、かなりのことはネットでわかるようになってきた。
これからもその度合いは進むだろう。
それでも、どんなに詳しくネットでわかるようになっても、まだしばらくはその場に実際に行くことにはかなわない。
行くまでの過程や、その場の雰囲気は、きっとバーチャルでどんなに情報量が増えても、補えない何かが残る。
それを感じにその場に行く。

9月

12

エコなコテージ

昔、エコなコテージに泊まった。
建物の骨格が木造で、壁がテント地でできていて、明かりに裸電球がひとつだけ。
天井に大きな扇風機。
窓は、テント地に縫い付けられたファスナーを開けると網戸になっていた。
シャワーは屋根の上に水がたまる仕組みになっていて、日中に太陽の光で温める。
シャワーを出すときは天井から垂れていたヒモを引っ張るので片手が使えない。
片手でからだを洗うのは難しいのでヒモを付け足して足で操作できるようにした。
足の指にヒモを括り付け、足を床につけるとお湯が出る。
お湯を止めるときにはその足を上げる。
お湯がもったいないので片足になってふらふらしながらからだを洗った。
お湯は昼間ピーカンだと熱いくらいになるのだが、ある量を使うと水になる。
トイレは、うわべは水洗だが、肥料にするため紙以外は流すなと言われる。
そのときは覚悟して行ったから楽しかった。
不便を喜べた。

8月

27

窓を開ける

エアコンはつけずに窓を開け、足下に扇風機を置くようになった。
昔の夏は真夏でもこのくらいの日があった。
30度を超えずに過ごせる日。
窓が開いているから蝉の鳴き声がよく聴こえる。
ベランダに一匹来て鳴いていった。

7月

10

気持ちいいのかどうか

お化け屋敷に入った人は、そこで恐怖を体験する。
だから、その体験は恐怖であって楽しみではない。
だけど、お化け屋敷に行く人は必ずその体験を楽しむために行く。
恐怖を感じることを楽しんでいるのだ。
僕たちはいろんな感情を体験する。
その体験は、そのある状況に投げ込まれたから。
たまたまその状況に居合わせたからその体験をする。
しかし、もしお化け屋敷のように、その状況に自分から入っていたのだとしたら、どうだろうか?
いろいろな感情を楽しむ、味わうわたし。

7月

3

アイスピックの思い出

アイスピックのことをここに書こうと思った。
しかし、あまり記憶が明確ではない。
サラリーマンの頃、バーで丸い氷のロックを飲んだ。
あれをうちでも真似したかった。
それで、丸い氷ができる器を買った。
でも満足しなかった。
そこで大きな氷を作って、バーでやっているように削ってみようと思った。
だからアイスピックを買った、のだと思う。
しかし、いつどこで買ったのかはっきりしない。
もう二十年以上使っていることだけははっきりしている。
こうして記憶は失われていくのだな。
いいこともある。
自分にとって都合の悪いことは忘れてしまうということだ。
こうして僕は、自分が思うような理想的な人間になっていく。(笑)

5月

15

ミクロコスモスとマクロコスモス

20年ほど前、バリ島のブサキ寺院で礼拝したとき、先祖に祈り、いまここに祈り、大宇宙に対して祈るということをした。
すると、自分のイメージしている世界がどんどん小さくなり、自分の視点が高くなっていくことを感じた。
そのあとで、今度は視点を低くしていく。
世界がどんどん大きくなる。
ミクロコスモスとマクロコスモスを行ったり来たり。

5月

7

心の散逸構造を確立する

今朝起き掛けに「心の散逸構造とは何か」と夢から問いかけられた。
散逸構造とはベルギー人のイリア・プリゴジンが1970年代に確立した考えで、液体など、流動的な物質に現れる現象だ。
たとえば生命は散逸構造である。
物質を取り込み、そこからエネルギーなどを抽出して、別の形でいろんなものを発散させることで、生命という非平衡的な状態を維持する。
つまり「心を散逸構造と見ると何が現れてくるのか」という課題を夢から与えられたのだ。
朝起きてイリア・プリゴジンを検索すると、エリッヒ・ヤンツの「自己組織化する宇宙」に序文を寄せていることを見つける。
もう30年近く前に読んだ本なので「おや、そうだっけ」と思って書棚から引っ張りだして読んだ。
その序文を読み終わり、ページをパラパラとめくると、その本の終わりにあった文章に赤線が引かれていた。僕がかつて引いた赤線だ。

生命を、とりわけ人間の人生を、自己実現のプロセスと見ることもできる。外的には、ダーウィン的な側面が解放に拮抗する体験を形成し、内的には、協調的な側面がより豊かな交響楽を奏でる意識のクレシェンドとなって、自己を実現させていく。自己組織化の新たなレベル–心の新たなレベル–が切り開かれる自己超越において、意識の和音はより豊穣なものとなるのだ。無限にきわまって、聖なるものと一致する。だが、聖性は人格とかのかたちをとることはなく、むしろ、多レベルのリアリティの総体的な進化ダイナミクスとして現れる。神秘に代わって〈意味〉が、われわれの主題に加わるのである。オルダス・ハクスレー流に言えば、われわれは〈全体意識〉となり、すべてを包括するこの心の進化に、そして〈意味〉という聖なる原理に、ひとりひとりが参与することになる。

はじめてこの本を読んだとき、「外的には、ダーウィン的な側面が解放に拮抗する体験を形成し、内的には、協調的な側面がより豊かな交響楽を奏でる意識のクレシェンドとなって、自己を実現させていく。自己組織化の新たなレベル–心の新たなレベル–が切り開かれる自己超越において、意識の和音はより豊穣なものとなるのだ。無限にきわまって、聖なるものと一致する。だが、聖性は人格とかのかたちをとることはなく、むしろ、多レベルのリアリティの総体的な進化ダイナミクスとして現れる。神秘に代わって〈意味〉が、われわれの主題に加わるのである。」の部分が、よくわからなかった。

二度目に読んだとき、ここがとても大切だなと思って赤線を引いた。

三度目にこの箇所を読んで、この部分を誰もが理解できる物語にしたいと思う。

5月

1

令和

令和の発案者が中西進氏だと発表されたそうだが、歴史的経緯から見て、元号の制作者は暦博士となるが、一般にはその暦博士がなぜどうして誰が作ったかなどと発表はしない。
中西氏は時事通信の取材に対し「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、天の声で決まるもの。考案者なんているはずがない」と発言したそうだが、それは中西氏の見識が深いから。
元号はもともと呪術なのです。
ネタがわかってしまっては呪術にならない。
呪術と言うと、何か悪いことのように思う人がいるかも知りませんけど、政治の「政」はかつて「まつりごと」と呼ばれ、呪実的要素もかなりあったのです。
陰陽五行が政に使われていたのは歴史的事実と言って差し支えないでしょう。
その名残が年号なのです。
誰が中西氏の発案だと発表したのか知りませんが、せっかくの祈りがもったいないですね。
「人間が決めるものではない」という中西氏の見識の深さに頭を垂れます。

4月

29

幻を見る

大学生の頃まで、幻を見るということはなかった。
瞑想の時にビジョンを見ることすらできなかった。
それがふとしたきっかけでできるようになる。
以来、寝入りに幻と現実を行ったり来たりすることができるようになった。
慣れてくると面白い。

4月

24

水の底から空を見上げる

アウトドアのプールに入ると、ゴーグルをして潜って、底から空を見上げる。
景色がゆらゆらと揺れてなんかいい。
無意識と顕在意識が入れ替わり立ち替わり去来する。
無意識は気づいたときに顕在意識となり、無意識ではなくなる。
このあるんだかないんだかわからぬ狭間を感じるのがいい。
楽しみすぎると窒息する。

3月

29

高い崖から綱一本で降りる

20代の頃、高い崖から綱一本で降りたことがある。
ハーネスを装着して綱を通し、そこを調節してスルスルと降りる。
降りる時はハーネスと綱が頼りで、あとは自分の姿勢が問題になるだけ。
おどおどしていると姿勢が悪くなって降りにくくなることが理解できたので、姿勢を保って降りていく。
崖を蹴って足が崖から離れた瞬間に金具を緩めてシュルシュルと降りる。
怖いという感情を手放す練習ができた。
降りる瞬間、爽快感が支配する。

3月

28

理由がわかる

昨日、気になって頭から離れないことがあったが、その理由がわかった。
なるほど。

3月

24

無重力状態とその疑似体験

フリーフォールで落ちる瞬間。
高い飛び込み台から飛び込むプール。
スキーでジャンプ。
自転車で降りる急坂。
エアポケット。
車で小山を越えて飛び上がる。
高い崖から綱一本で降りる。
透明な海にぽっかり浮かぶ。
あ、しまった。
ひとつずつ別の項目として書けば良かった。