7月

24

共感社会

共感社会ができるのだという。
それに大切なのは「真実」「愛」「コミュニケーション」。
みんな「コミュニケーション」に力を入れるが、「真実」と「愛」が置き去りにされている。
嘘だらけの社会や会社に「真実」と「愛」のレッテルを貼っても、すぐにはがれる。
「膿」がいま、出てきている。

7月

20

全体性に触れる

書くのは簡単だが、実行は難しい。
そもそも全体性とは何か?
人間にとっての全体性とは、宇宙のことであり、地球のことであり、国家のことであり、地方社会のことであり、家族のことであり、個人のことであり、それらの総合でもある。
それぞれに支配している理屈は異なり、自分がどの観点からモノを見るかによって現れてくる思いや感想は異なり、その違いに惑わされていると即断即決はできなくなるため、多くの人はそれらの違いについてあまり深くは考えないのだろう。
しかし、長い人生について考えるとき、これらについてじっくりと考える必要がある。
いま僕たちが混乱の中にいるとしたら、この全体性に触れる機会なのではないか?
この答えも簡単に出すべきものではないだろう。

7月

11

執着はいいものであり、悪いもの

「気持ちいいもの」は執着でもある。
ここに書けば書くほど、その執着は明確になる。
「執着はいいものであり、悪いもの」と知っているから「わざわざそれを書くなんて無駄なことだ」と考えることは簡単だ。
でも実際にやってみると、簡単なことだけではないことが理解できるし、体験できる。
それを「体験してない頃の僕」に説明するのは難しい。

7月

10

執着を見つめる

人間、生きている限り、執着を手放せないのだと思う。
なにしろ生きていることが執着の一つだ。
それすら手放すって、死んでしまうよ。w
あるときからそういう自分を観察することにした。
正しくは「執着する自分を見つめる」ということかな。

7月

9

ゆっくり

歴史をふりかえると、パラダイムの変更には時間がかかることがわかる。
数百年から、少なくても数十年。
そのくらい人間の考え方や行動は簡単には変わらない。
今回のパラダイムの変更も、どんなに早くてもあと十年はかかるでしょうね。
その綱引きが現状なのでしょう。
一時期的にはどちらかが勝つのでしょうけど、結局変わるべき状態に変更されていきます。
多くの人が幸せになるように。

7月

8

山から星へ

昔、宇宙の中心は山の頂上にあった。
だから神様の多くは山にいた。
長い歴史のなかで、いろんな宗教が神様をいろんなところに連れて行った。
いろんなところに神様が現れるようになり、宇宙の中心は曖昧になったが、それでも人間のイメージとしては、山の頂上が宇宙の中心になることが多かった。
ところがある時から、星が宇宙の中心になった気がする。
その星の中心が宇宙の中心でもある。
それはもちろん象徴的なもの。
各個人が宇宙の中心にいて、いろんな存在につながっている。
星と星が重力や電磁波で結ばれているように。
山を象徴とするピラミッド構造を維持したい人は、星を象徴とする多次元的な人とのつながりに困惑し、一生懸命ピラミッドに戻そうとしているかのように思える。

7月

6

思い浮かばない

この数日、気持ちいいものが思い浮かばない。
そういうことはときどきある。
でもなんで?と思ったとき、ふと思い出した。
二十年以上前、箱根に行ってある場所をお酒とお米で供養したこと。
また箱根に行ってみるかな。

6月

30

緊急事態宣言下の神社

緊急事態宣言下の神社は、手水舎が閉鎖され、拝殿前に吊された鈴も鈴緒がはずされ、これでお参りになるのかな?という状態です。
これは神社として正しいおこないなのか?と思ってしまいますが、こういうときこそ人間の創造力を発動させましょう。
まず、手水舎の前で手を洗い口をすすぐイメージをする。
一瞬でいいのです。
水の流れている音も思い出しましょう。
そして拝殿前に進んだら、鈴をガラガラと鳴らすことを想像します。
想像した音で清められる。
あとはいつものように参拝してさっぱり。

6月

28

神の居場所

昔、神は天空にいた。
その息子や娘が降りてきて、民を治めた。
その神は今はどこへ行ったのか?
自分の内か、メディアの中か、一般大衆という幻の中か?

6月

24

堕天使

「堕天使」という言葉があります。
天使だったのに、悪魔になってしまった存在。
悪魔を演じるしかしようがない存在。
堕天使のみなさん、自分が天使であることを思い出してください。
あなたの力は強大です。
あなたの力で多くの人が救われます。

6月

21

迷いの渦

気持ちいいものを感じ続けていくと、いつか迷いの渦に巻き込まれるようになった。
「これは本当に気持ちいいのか?」
とても曖昧。
他人に理解してもらうために「気持ちいいもの」を書くのであれば、互いに気持ちいいと思っていることを書き続けるしかなくなる。
その先に進もうとすれば、つまり自分の中にある気持ちいいに降りていくとき、なんだかわけのわからないものに触れる。

6月

19

死の準備

若い頃に「死の準備」なんて言われたら、きっとギョッとしただろう。
でも歳を取ってくるとそうでもない。
当たり前のこと。
30代には筋肉の付き方が変わった。
それ以前は運動すれば筋肉がついた。
30代になるとその速度が落ちる。
40代には、筋肉を付けるためには少々我慢が必要になった。
50代には、新しく筋肉を付けるのはほぼ無理なので、できる運動を繰り返すことで筋肉を維持する。
ここから先は未知だ。
プールで親しくなった70代の女性が、「もう筋肉付けるのは無理」と言っていた。
別の80代の男性は「腕が上がらなくなった」と泳ぐのをやめた。
こうして心の準備も整っていく。

6月

18

ゆっくり漕いで速く漕ぐ

その泳ぎ方を僕はイルカから習った。
ゆっくりと漕いで加速して最後を速く。
水は最初から速く漕ぐと着いてこない。
最初はゆっくりと漕いで水が着いてくるのを待つ。
着いてきたら加速して、最後は速く。
でも、さじ加減が微妙。
同じようにやっても全然進まないこともある。
ぐーっと進めると気持ちいい。

6月

16

土砂降りの朝

窓の外から土砂降りの轟音が聞こえる。
土砂降りよ、この状況を洗い流してくれ。

6月

10

行き詰まる

物事が行き詰まるとたいてい不快になる。
でも、行き詰まった結果、違う次元に飛び立つしかなくなるので、そういう機会が来たと思うと、なぜかうれしい。

6月

8

自転車で走る

本を借りたくて、関町南の図書館まで自転車で走る。
片道10kmほど。
8Kmほどのところに僕が卒業した高校がある。
かつてはそこに毎日自転車で通っていた。
だからそれプラス2kmは楽勝だと思った。
行きは問題なし。
車や風と競うようにスピードを出して走った。
問題は帰り道。
からだの感覚がちょっと違う。
16歳の頃の僕とはどう考えてもからだが違う。
感覚としてはちょっとだが、そのちょっとが大きい。
家に着いてソファに座ったら、いつの間にか眠ってしまった。
と書きたいところだが、現実にはあっという間だった。

6月

4

どこにあるのか

気持ちいいものは、いったいどこにあるのか?
ときどき、考える、感じてみる。
「いまここ」なんて簡単なものではない。
他人に伝えるのにそれしかいいようがないから「いまここ」という。
「いまここ」であり、「永遠の彼方」であり、「宇宙大の広がり」であり、「妄想」であり、「意味のないもの」でもある。
それを知るとはどういうことか。
語り尽くせぬ言葉が溢れる一方で、沈黙が訪れる。

6月

2

曖昧になることはっきりすること

「わかることとわからないこと」に書いたように、曖昧になることがある一方で、曖昧ではあるけど譲れないことが現れてくる。
それがなぜ譲れないのか、説明してもあまり説明にならない。
なぜなら、その説明は僕の心にあることで、他人とそれを共有してないから。
共有するためには、きっとその人との濃密な関係が必要になる。

5月

26

わかったつもりになってみる

わかりかけた人がわかったつもりになってみるのは大切なこと。
わかったと思わない限り、わかり得ないことがある。
そうやってはじめてわかることがある。

5月

24

目を覚ます

毎日寝て、毎朝目を覚ます。
当たり前の習慣。
そのほかにも毎日のように僕は目を覚ます。
社会生活の微睡(まどろみ)の中から。
十年に一度の大災害とか、いま降りかかっているコロナ禍とか、そういうアラームのおかげで。

5月

17

兆す

かつて言葉にされなかったことが兆している。
支配者の驕りと民衆の祈り。
混ぜ合わされて、見たことのない魂が生まれる。

5月

16

信じて待つこと

世の中では、信じられないことがたくさん起きている。
だからこそ、信じて待つことの価値が高まる。
信じて待っている人にはきちんと答えよう。

5月

13

バリ島の秘密

毎年のようにバリ島に行っていた。
2017年からアグン山の噴火が始まり、去年からはコロナで何年か行ってない。
ひさしぶりにお世話になっているアナック・アグン・グデ・ラーマ・ダレムさんとZOOMを介してお話しした。
バリ島の宗教はバリ・ヒンドゥーと言われるが、それはいろいろな宗教の渾然一体化だ。
アグン・ラーマさんとお話ししていると、どのように様々な宗教が習合されるのかわかるような気がする。
基本的には他を批判しない。
相手のいいところを自己同一化する。
自分の都合に合うように多少の改変を加える。
議論をする。
本当の答えは神のみぞ知る。

5月

11

集合無意識

今の日本はいろんなところで抑圧されていて、その結果何が生み出されるのか心配でもあり、楽しみでもある。
集合無意識が、いろんなところで形になる。
アートや哲学、エンターテイメントへの影響が楽しみ。

5月

9

ユングが生きていたら

ユングが現代に生きていたら、何を言ったか空想する。
ほぼ10年ごとに起きてくる大惨事。
911、311、コロナ禍。
これらの現実と集合無意識の関係を説いて欲しい。