1月

22

気持ちいい状態

毎日、ここに文章を書くときには、気持ちいい状態になる。
もう4374回もやって来たわけだから、はじめの1000回程度の頃よりずっと楽にできるようになった。
だけど、このところなかなか難しい状態が続いている。
なぜなのかの理由はわかるが、それを解消するための探求は続く。

1月

2

令和三年の初夢

初夢を見た。
ずっと以前から言いたかったことがやっと腑に落ちて、言えるようになった気がする。
初夢自体はどんなものだったのか覚えてないのだが、目が覚めて「そうか」と思った。
途中まで書いたが、とても長い話なので、僕のBlog「水のきらめき」に書きます。
今日中にアップできるかな?
こんな夢が見られたのは、年賀状のデザインをこんなものにしたからかな。

1月

2

新年明けましておめでとうございます

節目を付けるというのはいいこと。
日本はそのおかげで繁栄しているのだと思う。
混沌の中に節目を。
今年はそれがさらに求められるのだろうと思う。
内にも、外にも。

12月

31

2020年

今年もいろんなことがありました。
僕という小さな一点から見ると、いいことやら悪いことやらありますが、ほかの視点から見るといいも悪いも僕の判断とは異なり、地球とか、宇宙とかいう大きな視点から見ると、どんなことでもきっとOKなのでしょう。
本年も「日刊 気持ちいいもの」を読んでいただき、ありがとうございました。
また来年も、気持ちのいい年でありますように。
幸せな年をお迎えください。

12月

24

大愛瞑想

2017年5月10日、はじめて紅龍さんと一緒に大愛瞑想をした。
不思議な体験だった。
大愛瞑想の終わりに、「キリストになったつもりで愛を向けて下さい」といわれると、なぜか咳き込んでしまった。
それがなかなか止まらない。
次に「では、マリア様になったつもりで」といわれたら、ピタッと止まった。
そして「観音様になったつもりで」といわれたら、悲しくもないのに涙がこぼれた。
「なんだこれは」と思った。
それから二年して、紅龍さんは重い病にかかった。
見舞いに行くと「大愛瞑想をまとめて本にして」と頼まれた。
それから一ヶ月ほどして紅龍さんは亡くなった。
約束通り本は作ったが、出版社が決まらなかった。
あまり先延ばしにするのも良くないと思い、pdfで配布することにした。
紅龍さんは大愛瞑想をこの世界にもたらすために生まれてきたのだと思う。
第五章に大愛瞑想の体験談がいくつかある。
不思議としか言えない。
大きな愛に包まれる不思議。
pdfはここにある。
https://www.tsunabuchi.com/pdf/biglovemeditation.pdf

12月

17

朝日を見つめる

地平線がうっすらと明るくなり、次第に赤みを帯びて、夜が明け始める。
濃紺と紅蓮の境目が次第に上がっていき、濃紺が青に近づき、紅蓮の底から黄色が滲み出し、ついには太陽が顔を覗かせる。
目に飛び込んでくる橙の光は、水晶体を通り抜け、中心窩の網膜を刺激して、わずかな熱をもたらす。
網膜の刺激に視神経は反応し、その震えは脳に伝えられる。
皮膚に与えられた太陽光の刺激や、太陽に照らされて立ち上る微かな匂いや、明るくなったために軋む建物の幽かな音や、木々が喜ぶ歓声も脳に届き、朝日の視覚とミキシングされる。
「朝日だ」のひと言ではとても足りない。

11月

22

はじめての体験

何か気持ちいいことで、テレビを見たり、本を読んだりして知っていたことを、実際に体験するのはとてもいい。
疑似体験と実際の体験の差がはっきりとわかる。
そのときの気持ちよさが普段の感覚を変えることもある。
その気持ちよさが誰かに伝播することもある。

11月

20

いろんな意味を感じる

いまニュースになっているいろんなことについて、いろんな意味を感じてみる。
いろんな解釈が可能だ。
だけど、もし自分が恐怖に駆られていて、「とにかく安全でないといけない」と考えると、他の存在を軽んずるようなことを考えるかもしれない。
日本とか、世界とか、大きな社会のことを考えるのなら、大きな視点を持たないと判断を誤る。
自分という個人のことだけを考えていては正しい考察はできない。
だからといって日本のことを考えるのに、日本だけのことを考えてもダメだ。
各個人のことを考え、国のことを考え、世界のことを考える。
その上で、考えることを脱してそれぞれの階層を感じてみる。
そのためにはまずたくさんのことを学ばなければならない。

11月

18

全体であり一部である

どんな存在も全体をなしているが、何かの一部でもある。
そのことを何度も繰り返し考えるが、一向にわからない。
わかるというパラダイムに無理があるようだ。
僕の理性が全体をとらえることを許さない。
一部を知るのみ。
全体とは何か?

11月

12

からだを感じる

ときどき自分のからだを感じてみる。
些細な痛みはないか。
からだが何かを訴えていないか。
もし些細な痛みや違和感を見つけたら、そこを癒して上げる。
その部分を撫でながら感謝。

10月

29

心が揺れる

些細なことで心が揺れる。
「そんなこと気にしているんだ」と気づく。
僕の心は薄い絹のカーテンのよう。

10月

22

満足する

現代の人にとって、満足するというのがとても大切な課題になってきた。
どんなに技術力をあげても、どんなに環境負荷の低い商品を作っても、環境破壊は止まらない。
今の文明で満足し、物資が足りない国や地域、資源が足りなくて困っている人たちに、一緒に生きていくために何ができるのかを考え、自分の利益や楽しみや消費が過剰にならないように考えなければならない。
それは、自分の身の回りの状況を考えて何が過剰かを考えるのではなく、飢餓や飢饉、戦争や難民の状況を考えた上で、何が過剰かを考える。
日本のような先進国は、どう考えても過剰だ。
もう今の状況で満足するべきだろう。
国内においてもヒエラルキーの下にいる人たちからの過剰な搾取はもうやめよう。
特に資産をたくさんお持ちの方は。
不満足な人を満足させてあげよう。
そしたらきっと、新たな不満足の循環は生まれてこなくなる。
もう十分に与えられているのだから。

10月

20

欲望の拡大を抑制する

資本主義では人間の欲望をうまく利用することで社会を成立させているという。
社会が成熟するまではそれでよかっただろう。
でも、そろそろ欲望の拡大に歯止めをかけるべきではないか?
人間は十分に地球資源を搾取した。
これからは搾取せずに生きる術を探すべきだろう。
そのためには、自分の中に存在する「欲」に直面しないとならない。
他人に対する搾取についても考えなければならない。

10月

19

感覚を新しくする

どんなに気持ちいいものでも、慣れてしまうと気持ちいいとは思わなくなる。
慣れたものは「当たり前」になる。
そのことを思い出すと気持ちいいものは身近にたくさんある。
慣れるまで僕のそばにいてくれてありがとう。

9月

29

毒を含む

純粋な香料の香りを嗅いだことがあるかね?
たいていはないだろう。
なぜなら、多くはひどい匂いだから。
では、なぜそれをいい香りだと思うのか?
香水にするときにはそれを微量加えるからさ。
わずかな香りに人は魅かれる。
元は大変な悪臭なのに。
もし多くの人に読んでもらいたいと思う文章を書くときは、ほんのわずかな毒を加えたまえ。
内緒だよ。

9月

23

青竹踏み

昔、両親が青竹踏みをしていた。
二十歳くらいの僕は「そんなことしてもたいした効果はない」と思っていた。
ところが歳をとり、来年還暦となると、なぜか青竹踏みがしたくなる。
そのことを相方に話したら、それ用の竹を買ってくれた。
せっせと踏もう。

8月

24

考えを反芻する

毎朝この『日刊 気持ちいいもの』を書くために、瞑想したり、考えを反芻したりする。
いろんな思いや考えが現れては消えていく。
反芻した考えを理解するためにはその前提となることも理解しないとならない。
毎日少しずつ考えることは、実は物凄い価値を生む。
その大きな価値は、毎日少しずつ考え続けた人が得る。

8月

21

丸みを帯びたもの

テーブルを選ぶとき、角が直角になっているものは選ばない。
角の部分には必ず丸みを帯びていて欲しい。
もしテーブルの角に頭などぶつけたら、直角なテーブルではひどい目に遭う。
だから丸みは緩やかほどいい。
家具でも街中のオブジェでも、曲面が広がっていると触ってみたくなる。
何度も撫でて、味わってみる。

8月

7

新月瞑想会

新月の日に瞑想会をしていたことがある。
環境の良い部屋を借りて、そこで瞑想会をした。
いろんな人が来てくれたが、しばらくして嫌になってやめた。
「なぜ新月に瞑想するのですか?」と聞く人が現れた。
バリ島のニュピがほぼ新月の日だったというのが僕のなかでの理由だが、質問する人はその効用を聞きたがる。
「そんなもの知らん」と答えるのもどうかなと思っていたので、色々と言葉を濁したが、それが嫌だった。
今にして思えば「そんなものは知らん」と答えればよかったと思っている。
「僕がそうしたいから」でもよかった。
でも面白いもので、今ではネット上で「新月 瞑想」と検索すると、いろんな理由を読むことができる。
僕はそれらを「本当か?」と思っている。
新月に瞑想するのは、僕がなんとなく良いと思うから、それだけだ。
自分一人だと新月の日に瞑想をするというのはなかなか難しい。
なおざりになってしまったりする。
そこで、ここで宣言をして新月瞑想を再開することにした。
そもそも『日刊 気持ちいいもの』も、自分一人でこっそりやっていたら長続きはしないなと思って始めたこと。
それと同じだ。
天文学的に最も新月である時間というものがある。
それを調べてその時間に瞑想する。
昼間だったり、深夜だったりすることもあるが、都合が悪くてできない時にはそれを伝えます。
もし一緒にやりたい人はやってみてください。
次の新月は8月19日(水) 11:42 です。
「一人でやるのはなぁ」とか「やり方がわからない」という方には、ネット上でZOOMを利用して誘導瞑想をいたします。
こちらからお申し込みください。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/contact/
題名に「8月19日の新月瞑想に参加希望」と書いてください。
返信いたします。
そこにZOOMのURLや、参加のための手引きなどを書いて送ります。
参加費は無料です。
どんな宗教とも関係ありません。
8月19日(水) 11:42 に瞑想状態でいられるように、11:32から誘導を始めます。
11:30にはご入室ください。
11:30を過ぎるとご入室いただけなくなります。
瞑想は11:50頃には終了し、少しだけ皆さんの感想などを聞き、12:10には閉会します。
「なぜ新月に瞑想するのですか?」という質問はしないでください。w

8月

7

奇跡的なことを信じてみる

奇跡的な話というものを信じないように教え込まれている気がする。
「そうそう都合のいいことは起きない」と思い込まされている。
その思いがあるおかげで詐欺には引っかからない。
一方で、本当の奇跡に接したとき、そのことを素直に喜べなくなる。
よく話を聞いた上で、実際に体験することで、奇跡というものを信じると、何かとてもさっぱりとする。
例えば、清田益章さんに目の前でスプーンの柄を曲げて、ついにはポッキリと折ってもらったことがある。
疑いの目が見ているとモヤモヤするが「そういうものだ」と信じるとすっきりする。
自分の身の回りで起きることも同じ。
「そんなの信じられないよ」と思っている間はモヤモヤするが「そういうものか」と信じるとさっぱりとする。

8月

3

矛盾を受け入れる

毎日のように気持ちいいものを書いていると、自分の中で矛盾していることに気がつく。
そういうとき、かつては外界との関係を考えて正しいと思われるほうを選んでいた。
あるときから矛盾をしばらくそのままにするようにした。
すると居心地が悪かった。
今もときどき居心地が悪いことがある。
でも、それをそのままにしておく。
すると、個性化の扉が見えてきた。
その先はなんだろう?

7月

24

腑に落ちる

腑に落ちる瞬間、何が起きているのだろう?
なるほどとわかった感じがする。
しかし、全てをその瞬間に思い出している訳ではない。
にもかかわらずストンと感じる。
いや、身体の中から光が湧き出る感じかな。

7月

20

夏休み

7月20日といえば、夏休みの始まる日。
ずっと東京に住んでいる僕にはそれが固定されているかのように思っていた。
でも地方によって夏休みの長さは違うそうだ。
特に今年は全国95%の教育委員会が夏休みの短縮をするそうだ。
夏休みの最短は4日間だとか。
一体それはどこなんだろう?
普段は何日だったのが、4日間になってしまうのか。
世田谷区では31日間、大田区、豊島区などは16日間だそうだ。
都内だから普段の7月20日から8月31日の43日間がそれぞれ31日間、16日間となるのだろう。
塾や予備校の夏季講習はどうなるのだろう?
人が集まらなくて困るだろうな。
親御さんたちはきっと受験について心配し、つい感情的になってしまうかもしれない。
自分の立場も安定せず、子供の将来も心配となったら、ついイライラしてしまうかも。
そうした感情を脇に置いておくことが大切なことになりそうだ。
特に子供は親の感情に左右されてしまうもの。
普段接する親以外の大人の感情も大切かもしれない。
思い出してみよう、気持ちの良い状態の自分の感情。

7月

19

素晴らしいものを探す旅

一体何が素晴らしいのか、それすらわからなかった。
そこが振り出しで素晴らしいものを探し続ける。
探せば探すほど、よくわからなくなる。
そして見つける。
「素晴らしいものは滅多にない」という前提がないと、素晴らしいものは見つからないということ。
素晴らしいものを見つければ見つけるほど、素晴らしいものは見えなくなっていく。
素晴らしいものが見つけられなくなってしまったとき、すべてが素晴らしいものであることに気づく。
そういうものの見方を許容でき、そうではないものの見方も許容できる。

7月

15

静寂

静寂から言葉が生まれる。
どこから来たのかこの言葉。
内側に遍満する言葉がふとこぼれる。