9月

25

ホモ・デウス

ユヴァル・ノア・ハラリの
『ホモ・デウス』を読んだ。
面白かった。
ただし、未来がかなり悲観的。
そこに書かれていたようなことを
20年以上考え続けてきた。
その内容の一部がここに。
http://www.houshouakira.com/resonance/?p=594
かなりはしょってあるので
理解しにくいかもしれませんけど、
いつかもっと丁寧に書きます。
で、この続きを10月10日に話します。
http://www.houshouakira.com/resonance/?p=672
『ホモ・デウス』で
疑問に残されたことに対して
僕なりの解答を出します。
ただ心配なのは、
説明する時間が足りるのかってこと。

8月

9

美しい星

三島由紀夫の小説。
ある一家が突然、
「自分たちは宇宙人だ」と悟る。
父は火星人、母は木星人、
兄は水星人、妹は金星人。
それぞれの星から来たから
みんな意見が違う。
通じているようで通じていない。
普通の家庭に起こることでも
宇宙人の目から見ると
ちょっと違って見える。
いろんな観点を持たされる
不思議な小説。
一家はみんな地球の平和を夢見るが
なかなかうまくいかない。
地球人が考えるとすると
違和感が生まれるが、
異星人だから人間のことを
どう思っていても不自然ではない。

6月

22

ホロン

プロティノスというローマの哲学者がいる。
ギリシアの古典哲学を総括し、
新プラトン派と呼ばれる一派の代表的哲学者だそうだ。
彼がすでにローマ時代にホロンの話をしているという。
ホロンとは1978年にアーサー・ケストラーが
『ホロン革命』という本で丁寧に説明した概念。
日本語訳が1983年に出て話題になっていたので読んだ。
正直言って、大雑把には理解したが
何か腑に落ちない部分があった。
しかし、それから月日が経つにしたがって、
あちこちでホロンの概念を聞くようになる。
不思議なもので、
あちこちで聞けば聞くほど理解した気になってくる。
先日、ヌースフィアについてお話しをした。
このときになるほどと思った。
ホロンであると仮定することで
理解できることがある。
それが大切なのだと。
ある体系がホロンであるかどうか、
厳密に考えていくと
話はただ難しくなるだけ。
そろそろ『ホロン革命』を読み直してみよう。
プロティノスのホロンの話は、
そう思って読んでいくと確かにそう読める。

6月

6

赤の書から抜粋

あなたはこの時代の精神に仕え、深
みの精神を免れることができると思
っている。けれども深みはもはやこ
れ以上ためらわずに、あなたをキリ
ストの密儀に無理やり押し込めるで
あろう。人間が英雄によって救済さ
れるのではなく、自らが一人のキリ
ストとなることがこの密儀に属して
いる。このことはこれまで生きてき
た聖者たちの例が象徴的に教えてく
れる。

—————

赤の書は心理学者ユングの著作。
第一次大戦を前に精神状態が不安定
になり、黒い表紙のノートに夢やヴ
ィジョンを書き連ねて行く。これを
ユングは黒の書と読んだ。当初、ユ
ングはなぜそれを書いているのか、
理由がわからなかった。しかし、第
一次世界大戦の開戦により、心の不
安定さはその予告であったことを知
る。

1914年から16年をかけ、黒の書を清
書した。中世の写本を彷彿とさせる
装飾を施して。この清書は赤い表紙
の大きな革装のノートに書かれたた
め『赤の書』と呼ばれる。

ユングの死後、銀行の金庫に保管さ
れ、内容を知ることはできなかった
が、2009年、遺族が許可を出し、各
国で出版されていった。

6月

4

本のシンクロ

何冊か並行して本を読む。
一冊だけをじっと読むことはしない。
電車に乗ったときに読む文庫本。
お風呂で読む厚い本。
ほかにも数冊並行して読んで行く。
するとときどき
全然関係ないはずの本が
似た話になっていたりする。
本の共鳴。

5月

15

進化の構造

ケン・ウィルバーが
1995年に書いた本。
1998年に日本語訳が出た。
内容が難しいので
一度読んだだけでは理解しきれない。
でも、意味がわかって来ると
いろんな妄想が湧いて来る。

5月

2

スカスカ

僕のサイトはリニューアルによって
現在中身がほとんどない。
気分爽快。
スカスカいいなと思う。
うちの書斎は本であふれている。
置き場所がなく本が積まれ、
書類が積まれ、
足の踏み場が狭くなり、息苦しい。
それにもかかわらず
本を廃棄するたびに悲しくなる。
この葛藤はいつまで続くのだろうか。
スカスカいいなと思うけど、
読み返したい本がたくさんある。

5月

2

ファウストを読み始める

ゲーテの『ファウスト』を
読み始めた。
いつかは読まなくてはと
思っていた。
『若きウェルテルの悩み』は
中学生の頃に読んだ。
恋はしても自殺はできないなと
身もふたもないことを考えていた。
40になる前に『色彩論』を読んだ。
当時の科学的な思考を
批判した書だったが、
僕にはピンと来なかった。
そして『ファウスト』だ。
再びゲーテの考えとは
対立するのだろうか。
今回は数ページしか
まだ読んでないが、
面白そうだ。

5月

2

YouもMeも宇宙人

地湧社の新刊を献本していただいた。
いけのりという著者の
軽口な文体による宇宙生物学の本。
難しいのか簡単なのか
読んでいて混乱する。
それがいけのり氏のうまいところ。
プラトンの『パイドン』に出て来る
アナクサゴラスが登場して
ちょっと興奮。
アナクサゴラスは
「ヌース(智恵)」が
物質を寄り合わせ、
生命を生み出したということを
紀元前500年頃に言っていた人。
パンスペルミア説を最初に唱えた人
と書かれていてびっくり。
まあ、そういうふうに
読めなくもない。

4月

25

康煕字典

康煕字典(こうきじてん)を
ご存知だろうか?
日本語を扱う仕事をしている方は
もちろんご存知だと思うが、
理系出身の僕は知らなかった。
「こうき」という
読み方すらわからなかった。
たまたま入手することになり、
いまではときどき開いて
ニマニマしている。
1700年代、清の康煕帝勅撰の字典だ。
なのですべて漢文で書かれている。
漢字の由来を調べるのに重宝。
現代ではUnicodeの配列順にも
使われている。
しかも、1700年代の清の漢字が
掲載されているので、
見たこともないような漢字が
たくさん載っている。
入手した講談社の
「標註訂正康煕字典」には
返り点がついている。
中学高校で習った漢文の知識が
珍しく役に立った。
白川静の「字統」や
ほかの漢和辞典と読み比べることで
さらに「へぇ」なことを知っていく。

4月

17

オリジン

ダン・ブラウンの新作を読んだ。
あの「ダ・ヴィンチ・コード」の
ラングドン教授が登場する新作だ。
とても面白かった。
けど、おやと思うところもある。
でも、そうやって噂にされるのが
いいところだろう。
パンスペルミア説にも
触れているけど、
そこまでいいきってもいいの?と
思うところが何カ所かある。
ネタバレになるので書かないけど。
でも、確かに面白かった。

4月

10

花崗岩片の話

中学生の頃、
僕が片思いしていた女の子がいた。
その子の名前をここでは
Kさんとしておこう。
僕にとってKさんは美人だったが、
友だちは「美人ではない」という。
確かに理知的に考えると
美人ではなかったかもしれない。
スタイルがいいとはいえなかった。
はっきり言うと、足が短いのだ。
それから指が短かった。
彼女はピアノがうまかった。
Kさんは
「ピアノを弾いたから指が短くなった」
というけど、それは違うだろうと
僕は思った。
鼻が鷲っ鼻だった。
昔話の魔女のような形の鼻だった。
こういうふうに言語化すると
美人ではないことが
強調されてしまうけど、
それでも美人は
いるのではないかと僕は思う。
実際Kさんはそうだったし。
そんなKさんを
なぜ僕が好きになったのか。
長らく謎だった。
好きか嫌いかの理由って、
いくらでもあとづけできると思うので、
本当の理由というのが
わからないでいた。
というか、そんなことは忘れていて、
最近では考えもしていなかった。
それがなぜか、この年になって、
ついさっき、
はっきりとわかったのだ。
なぜそんなことになるのか、
僕には理解が及ばない。
何が起きたのかというと、
山尾三省の文章を読んだからだ。
その文章はここにある。
「花崗岩片の話」という文章だ。
http://www.chiwakinomori.com/jiyu/198406.006jiyu.pdf
頭から読んで行って、
次の文章にさしかかったとき
ふと思い出したのだ。
ひらめいたといってもいいだろう。
僕がなぜ彼女を好きになったのか。
________

 またある初夏の早朝に、漁から戻
ってきた部落の男が、海そのものの
ように透きとおった青い鯖を投げて
くれる時、彼がそこに投げてくれる
ものはただの青い鯖ではない。そこ
に投げられたものが海という真理で
あり、海という愛であることを、見
ないわけにはいかないのである。
 日常生活の中にすべてがある。日
常生活の中に、すべての真理がある。
だからまた、日常生活の中に深い悲
哀も貌(かお)を現わすのである。
花崗岩片の話より 山尾三省
________

ここを読んでいたとき、
なぜか思いついた。
「彼女が大きな菊を栽培したからだ」
なぜそう思ったのか、
まったく脈絡がないので
僕にも理解しがたいことであるが、
そうだったからしかたがない。
「ひとはみんなそういうもの」と
一般化していいのかどうか
わからないが、
僕が特別な例だとは思わないから
きっと多くの人も
そうなのではないかと思う。
よくわからないときに、
よくわからないことを
不意に思い出す。
そしてそれが何か
特別な真理かのように思えてしまう。
中学生の頃、科学か家庭科か、
菊を栽培するという授業があった。
家に持ち帰り菊を栽培する。
僕が育てた菊は
小さな花しかつけなかった。
一方で、Kさんの育てた菊は、
とても大きな菊の花をつけた。
「すごい」と僕は思った。
それが僕の恋の入口だったのだ。
なぜそんなことを思いついたのか、
くどいようだが
僕にはよくわからない。
きっと山尾三省の文章に
そういうことを思い出させる力が
あったのだろう。

3月

26

水が変わったとき

この話をときどき思い出す。
『スーフィーの物語』に出てくる話。
短くするために話を端折るが、
だいたいこんな話だ。

ある師が人びとに警告を発した。
「やがて時が来ると
 特別に貯蔵された水以外は
 すべて干上がり、
 そののち水の性質が変わって
 人びとを狂わすだろう」
ひとりの男だけが
この警告に耳を傾けた。
その男は水を安全な場所に貯蔵した。
ある日、川の流れが止まり、
水が干上がった。
男は貯蔵していた水を飲む。
ふたたび川に水が流れるようになり、
町に行くと、人びとは以前と
ほとんど変わらなかったが、
師の警告や水の干上がったことを
まったく覚えていなかった。
そして、男は自分が狂っていると
思われていることに気づく。
人びとは男に対して哀れみや
敵意しか示さず、
その話をまともには聞かなかった。
男ははじめ新しい水を
飲もうとはしなかったが、
みんなと違うやり方で暮らしたり、
考えたり、行動することに
耐えられなくなり、
ついにある日新しい水を飲む。
するとその男は他の人と同じく、
貯めていた水のことを
すっかり忘れる。
仲間たちからは
狂気から奇跡的に回復した男と
呼ばれた。

3月

8

面白くて厚い本

面白くて厚い本が好き。
楽しみがあっという間に
終わるのは嫌。
面白い状態がずっと続くのがいい。
思い出すのは
「自己組織化する宇宙」
「進化の構造」
「ラナーク」
「SURF」
「1Q84」
「創造的進化」

3月

6

ツバキ文具店

本屋で一冊の小説を手にした。
小川糸の『ツバキ文具店』。
多部未華子の主演で
NHKでドラマ化と記されている。
小説の頭を読んで面白そうかなと買った。
はじめの数ページを読んで
しばらく放っていた。
ひさしぶりに取りだして読むと
止まらなくなり、
数時間で読み切ってしまった。
鎌倉が舞台だが、
そこに住むということが
どんなことなのか
わかるように書かれている。
鎌倉に住んでいる知り合いが
うらやましくなった。
文字を書くという些細な行動に
たくさんの意味を持たせていて
心地よかった。

3月

2

知ってはいけない

矢部宏治の『知ってはいけない』を読んだ。
『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』や
『日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか』などを書いた著者の
昨年夏に書かれた新書。
前の2冊を読んでいたら
目新しい話はないが、
よくまとまっている。
この新書に書かれているような話が
なぜ国会で取り上げられないのか
まったく不思議だ。
いや、ここに書かれていることが
本当だからこそ、国会では
取り上げられないのかもしれない。
E・ガレアーノの
『収奪された大地』と一緒に読めば
いまの政治家が何をしたいのかが
よくわかる。
それにしてもこの
『知ってはいけない』、
よく書いたなと思う。

2月

16

赤の書

ときどきパラパラとページをめくっていた『赤の書』を
ついに読み出した。
とても大きな本なので
テーブルに置くだけで一苦労だ。
読み始めると止まらない。
ユングの夢とも想像とも創作とも
言えるような曖昧な世界に
引きずり込まれる。
こんなことが書かれている。

深みの精神は、私の悟性と
あらゆる知識を奪い去り、
説明できず、不条理なことに
身を捧げさせる。
そして私からある一つのことに
役立たない言葉と文字の
一切を奪った。
ある一つのこととは
意味とナンセンスとの融合であり、
これが超意味を生み出すのである。
ところで超意味とは、
来るべきものへの進路であり、
道であり、橋である。
つまりそれが来るべき神である。
それは来たるべき神自身ではなくて、
神のイメージであり、
このイメージが
超意味の中に現れるのだ。
神は一つのイメージであって
神を崇拝する者は
超意味のイメージの中において
崇拝せねばならない。
   『赤の書』創元社刊より

ユングはこの本を書くことで
様々なことに気づいて行く。
そして『黄金の華の秘密』
と出会って書くのをやめる。
こんなことも書かれている。

道は唯一つしかない。
それはあなたたち一人ひとりの
道である。
(中略)
皆、自分の道を行きなさい。

先を読むのが楽しみ。

1月

15

絵本の記憶

甥に子どもが生まれた。
クレヨンハウスに頼んで
毎月絵本を届けてもらうことにした。
それで自分が読んだ絵本のことを
思い出そうとする。
母の言葉によれば、
幼稚園で売られていた絵本は
ほとんど買い、それでも足らなくて
本屋でも買っていたという。
たけど僕はそれを何も覚えていない。
たった1冊
「小さな王様の大きな夢」
という絵本だけ
妙に詳しく覚えている。
小学一年か二年の時に読んだ絵本。

1月

14

神道とは何か?

「神道の神秘」という本の中に
以下の記述を見つけた。

神道は、前述したように、教祖・教
義・戒律・崇拝対象にこだわらない。
従って、どちらが優れているとか、
どちらが真理であるといった論争を
もたらすことがない。もともと神道
は多神教であるから、誰がどの神格
を、どのような仕方で信仰しようと、
それが他をつぶそうという野心を見
せたり、悪事をなさない限り、許容
し受け入れるのである。それぞれの
信仰や体験を大切にし、平和共存を
旨とするのである。
「神道の神秘」山陰基央著

素敵だと思った。