9月

28

切ない金木犀の香り

歩いていたらふと金木犀が香ってきた。
そういう季節になった。
なぜか金木犀の香りを嗅ぐと切なくなる。
楽しい思い出もあったのになぁ。
切なくする成分でも入っているのか?

9月

26

空腹

若い頃はおなかが減ると機嫌が悪くなった。
いまも多少はその傾向があるとは思うが、以前ほどではない。
バリ島のニュピに通うようになって、空腹があまり問題にならなくなった。
空腹は心地いいときがある。
でも、そうじゃないときも時々ある。
少しの進歩を喜ぼうと思う。

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「ヌースフィアってなに? 第2回意識化」をアップしました。
ぜひご覧ください。
以下のような話が聞けます。
・極端な人口削減は問題
・ヴェルナツキイのノースフェーラ
・ヌースフィアの概念はどのように練り上げられたのか
・ヌースフィアを知ることで開く知覚
・「WinWin」から「五方よし」へ
・限界を超えて
https://youtu.be/7Wji7vSae0Y

9月

13

歪んだ構造

歪んだ構造が是正されていく。
そのように期待する。
手を貸す。
自分の見える範囲で。

9月

7

失われて知る大切さ

当たり前と思っているものほど、失われたときにその大切さを痛烈に知る。
そういうことが何度もあった。
それでも、当たり前のものは当たり前に思ってしまう。
お馬鹿さん。

8月

23

忘れる

散歩をしていて、「今日の気持ちいいものはこれを書こう」と思いつく。
しかし、帰ってきたらそれがなんだったか忘れた。
思い出そうとしても思い出せない。
「思い出す」のは過去のこと。
いまを生きるとしたら「忘れたことを味わうこと」。
「忘れたことにまとわりつく感情」を思い出して、あまり気持ちよくない。
でも、きっと思い出すべきときに思い出す。

8月

10

愛の根源は光

太陽がどのようにしてできたかは、未だに新説が生まれていてはっきりとはしてないようですが、太陽ができなかったら地球に生命が生まれなかったことだけははっきりとしているでしょう。
生命が生まれたのはもしかしたら海底の熱水からかもしれませんが、その生命が海に広がり、光合成の能力を得て進化し、広がっていくためには、太陽の光とそこから生まれる熱が欠かせませんでした。
おかげで生命が進化し、今の状態に地球が育ってきたのです。
その環境の中で人間が生まれ、言語を得ていまの状態を作りあげたとするなら、僕たちがやりとりする「愛」の根源が、実は光だと言っても、まったくの嘘だとは思えません。
電磁波は、いろんな情報を含むことができます。
光も電磁波です。
僕たちが理解できない情報が含まれていたとしても、不思議ではないように思います。

8月

8

ほのかな色の変化

地平線から真上へと青空のグラデーション。
太陽の角度によって海の色の違い。
森の緑。
窓から差し込む冬の光が部屋の奥へと届くとき。
日が沈むときの赤から橙色、そして白を通って紺色に染まる空。
見つめあったときのあなたの顔色。
桜吹雪の流れ。
咲き誇った紫陽花。
朝日に照らされた肌。

8月

7

揺れる

風に吹かれてカーテンが揺れる。
あなたの告白に心が揺れる。
朝日を反射した海面が波に揺れる。
耳元のささやき声に鼓膜が揺れる。
草原の草花が風に揺れる。
あまりのまばゆさに瞳が揺れる。
自然のままに揺れるものは美しい。

7月

15

膿の観察

社会の膿がポロポロと出てくるようになった。
それらをよく観察しなければならない。
観察して、自分の心のどこにそれを許していた要素があるのか、気づかなければならない。
社会の膿がきれいになるのは、きっとそのあと。

7月

5

海風

台風が近づいてきたおかげで、風が吹くようになった。
ときどきぱらりと雨が降るので涼しくなった。
海風に吹かれている気分。

6月

27

エアコン

今日はもう気温が37℃になったようだ。
体温より気温が高くなったらエアコンにお世話になる。
35℃くらいまでは窓を開けて扇風機で涼しく感じるが、36℃になったらそうはいかない。
エアコンの有り難さをしみじみ感じる。
エアコンをつけたままだと28℃でも暑く感じるが、外に出て37℃を体験してから部屋に入ると、28℃はとてもありがたい。

6月

25

盛夏

まだ6月なのに盛夏のようだ。
気温は36度になった。
半ズボンを履いて、バリシャツを着て、首には水を含ませるとひんやりするタオルを掛けて、窓を開け放って、風に吹かれている。
真空断熱タンブラーにアイスコーヒーを入れてちびちびと。
37度になったら仕方ないのでエアコンかな。
もう少し頑張ろうかな。
はっきりしない夏より、暑い夏のほうが好き。

6月

20

人間にとっての他の生命

何かの本で、地球上の哺乳類のうち、野生動物はたった4%でしかないというのを読んだ。
ショックだった。
つまり人間と畜産動物とペットが哺乳類の96%をしめている。
それを読んでこんなことを考えた。
人間が哺乳類のほとんどを自分の意図のままに使っていると。
そして、使うだけではなく、ほとんど食べている。
とてもバランスが悪いように感じる。
自分のからだを例として考える。
脳がもっとも大切な部位だから、あとの細胞はどうでもいいと脳が考えていたらどうだろう?
脳に栄養を送るために他の細胞はすべて犠牲にする。
そんなバランスで健康な身体が保てるだろうか?
だからと言って、バランスを取り戻すために人間を殺せとは思わない。
人間にとって他の生命がどんな価値のある存在なのか、よく考えなければならない。
いま僕たちが信じている「ものの考え方」を少し変えた方がいいのかもしれない。
その結果、自然とバランスが取り戻せるのが理想ではないか?

6月

17

あらゆるものの肩に乗る

あらゆる存在が、何かの肩の上に立っている。
どんな音楽も、音階がないと生まれなかったように。
どんな言葉も、最初の原始的な言葉がなければ生まれなかったように。
どんな生命も、原初の単細胞がなければ生まれなかったように。
どんなアイデアも、言葉がなければ生まれなかったように。
誰もが、両親がいなければ産まれなかったように。
あらゆる存在が何かの存在のおかげで存在する。
肩に乗せてくれてありがとう。
そして、肩の上に乗ってもらえて嬉しい。

6月

11

Pigcasso

市原ぞうの国で象が絵を描いた話をしたら、絵を描く豚がいることを教えてもらった。
その名は「Pigcasso」。
PigとPicassoがドッキングした。w
象の絵とは異なり、こちらは完全な抽象画だ。
デジタルアートとしてネット上で買うこともできる。
豚は頭がよく、感性も優れていることは、ライアル・ワトソンの遺作『思考する豚』を読んで知った。
そういう豚を食べてしまうのか?
以前、イルカやクジラは頭がいいから食べてはいけないという話しがあった。
豚も頭がいいとなったら食べてはいけないと主張する人が現れるのだろうか?
人間の原罪について踏み込む課題がひとつ明確になった。
僕は、または僕たち人類は、どんな答えを出すべきなのだろう?
ポークソテーを食べながら考える。

6月

6

泣こうよ

このところ、50,60年台のマイルス・デイビスとか、ビル・エヴァンスとかばかり聞いている。
なんでだろう?と感じてみた。
悲しくないかい?
政治家はウソを吐き、相手側を攻撃ばかりして、自分の立場を正当化する。
自分の落ち度には目をつぶり、それだけならまだいいが、美しい物語に塗り替えてばらまいている。
それを信じないとやって行けない僕たちは、それを知らないこととして生きている。
その代償としての軍事侵攻やら、経済制裁やら、なんやらかんやら。
戦争中には派手で勢いのいい音楽が流行る。
戦後にその反動としてマイルスとか、ビル・エヴァンスの音楽が生まれた。
誰もそんなこと言いはしないけど、僕はそれで多くの人が戦時中の心の傷を癒していたように思う。
同じことをまたするの?
その前に、自分たちの愚かさ加減に泣こうよ。
戦争を放棄した兵士がいるそうだけど、僕は彼らを賞賛する。
怒る前に、泣こう。
殺すより、抱き合おう。

5月

30

Feelgood01 

ある日、単純なメロディーを思いついた。
11年前の5月の昼過ぎ。
12小節の短いメロディー。
どうしてもそれを演奏したくなって、クローゼットの奥にあった鍵盤を取り出し、コンピューターに繋いでDTMで演奏した。
それを演奏しながら、この世界がすべてつながっていることを思う。
だとしたら、なぜ人はそれらを好悪を持って見つめるのだろう?
あらゆるものが、何かのために生まれた。
あらゆるものが、何かのためになっている。
どんな存在も請われてここに来た。
https://soundcloud.com/tsunabuchi-yoji/feelgood01

5月

23

苦しむために来た

生命は宇宙の中でいろんなことを可能にする。
しかし、地球ではいろんな枷があって不自由だ。
地球で暮らす生命は、わざわざその「苦しみ」を体験しに来た。
そんな話しを聞いたことがある。
確かにそう思うと、少し気が楽になる。
早く枷を取り払って、元の状態に戻ろう。

5月

10

ふふふ

京都錦市場にお麩の専門店がある。
そこののれんにひらがなで「ふ」と書かれていて、それがいくつも連なっていて「ふふふ」と読めるようになっていた。
「ふ」というひらがなはいくつか並ぶと不思議な力を発する。
大きな「ふふふ」、いつかご覧ください。

4月

24

目の前のこと

僕は目の前のことしかできない。
だから、やると決めたことは丁寧にやる。
それだけだ。

4月

16

瞳のシャッター

青空を背景に八重桜がきれいに咲いていた。
写真を撮ろうと鞄を開けたら、スマホがない。
うちに忘れてきたようだ。
仕方ないので目に焼き付けた。
瞳のシャッター、パシャリ。
でも、きっと忘れるんだろうな。

4月

12

ヒーリング・ライティングのサイト

ヒーリング・ライティングのサイトを作り直している。
いままでのシリーズは「言葉と私」「自分史を書く」「未来への鍵」の3つだった。
「言葉と私」はVOICEから出版された「ヒーリング・ライティング」に、「自分史を書く」は主婦の友社の「あなた自身のストーリーを書く」にまとめたが、「未来への鍵」はまだどこにもまとめていない。
「未来への鍵」はどこかしっくり来ない部分があった。
それを追い続けて20年。w
サイトでは第一章「言葉と私」、第二章「自分史を書く」として、第三章は「オメガポイントへの階梯」とした。
まだ試行錯誤は続く。
http://www.healingwriting.com

4月

10

愚痴をこぼす

新型コロナの件とウクライナの件。
いいかげんにしろよ。
詳細は省く。

4月

5

桜吹雪

桜を見ながら桜吹雪に吹かれた。
はらはらと流れる。
空間が流れるかのようなその感覚。
川面には花筏。
いのちの営み。

3月

23

聖なる世界

僕たちは貴重な存在に取り囲まれている。
あまりにも当たり前になってしまったため、見えなくなってしまったその尊さ。
とても高い価値を持ったものしか残らない世界。
そんな世界の中で生かしてもらっている。
「当たり前」と思うか「尊い」と思うか。
それは自分に委ねられている。