1月

26

菌との共生

僕たちの体にはたくさんの菌が共生している。
皮膚にも腸にもたくさんいて、体中いないところはないのではないか?
それぞれの部位でいろんな働きをしてくれているようだが、それらの詳細を僕はあまり知らない。
菌の種類がたくさんあるからだ。
見方によれば人の体は菌に支えられている。
そのことを前提にしなければならない。
ところが最近新型コロナウィルスのおかげで、ありとあらゆる菌を絶滅させてしまいそうだ。
菌の一部である細菌は、ウィルスとはまた違うものであるけど、ウィルスを消毒することで死滅する。
ウィルスも菌も、宿る生体がないと困るので、元はどんなに凶悪でも、しばらくすると悪さをあまりしなくなっていく。
それは宿られる生体が免疫を身に付けるのと同時に、菌も自分が生きていくために遠慮するからだ。
だから、どんな凶悪な菌も、いつか凶悪さを手放していく。
そうしないと自分が生き延びられないから。
宿主がいなくなったら困るのは菌やウィルスだ。
新型コロナウィルスもしばらくしたら凶悪さを手放していくはず。
それよりも、急ごしらえのワクチンの方が僕は怖い。

1月

25

矛盾だらけの話

自分には矛盾がある。
話す相手によって違うことを言うことがある。
それはある程度仕方ないことだと思っている。
相手のことを思ってそう言って上げるのであれば、それは仕方ないことと言えるだろう。
では、自分の都合を優先するために話を変えることはどうだろうか?
自分の都合というのが具体的にどういうものかによって変わるだろう。
たとえば、こんなふうに考えることができる。
視点が自分の内側にあるか、外側にあるかで、判断が変わる。
常識では多くの場合、視点は自分の内側にあるものだ。
だけど政治家のような人間は、社会の視点という自分の外側に視点を持って行かざるを得ないことがある。
そういうとき、狡猾な人は外と内を混同して、話を曖昧にしてしまうことがある。
どういうときに内側に置き、どういうときに外側に置くべきかは、きっと「共感」という、いまの僕たちには少し曖昧な判断基準によって決められる。
それを厳格にできるものなのか、いまの僕にはよくわからない。
それはただ、各個人の心によるものと考える人が多数派だろう。

1月

23

何をしているのか

「日刊 気持ちいいもの」を書き続けることでいったい僕は何をしているのか?
その理由をかつて書いた。
だけど、新しい理由をもうひとつ見つけた。
僕は誰かを説得しようとは思わない。
ただ自分が感じたことを表現したいだけだ。
誰も共感してくれなくてもいい、誰も賛同してくれなくてもいい。
僕が感じたことは僕だけのものだ。
たまたま同じことを感じる人はいるかもしれない。
たまたま共感する人はいるかもしれない。
それでいい。
誰かを無理矢理説得して、自分と同じ方向を向かせ、自分と同じ考えを持たせることはない。
あなたはあなたのままで、僕の文章を、読みたいときだけ読めばいい。
多様な世界はそこから始まる。
そういうことが感じられる文章とはどんなものか?
それを見つけてみたかった。

1月

8

令和三年の初詣

初詣に明治神宮に行ってきた。
普段の年と比べると、人がほとんどいない。
昇殿参拝の儀式も、かなり略されていた。
新型コロナウィルスの流行によって。
アメリカでは大統領選が大詰めを迎える。
トランプ陣営の主張を多くのアメリカ人は信じている。
にも関わらずマスメディアにはその詳細がほとんど出て来ない。
テレビのニュースではトランプ大統領は民主主義を破壊したというアナウンサーもいた。
不正選挙をされたにも関わらずこう言われる。
面白い。
いい年になりますように。

1月

2

令和三年の初夢

初夢を見た。
ずっと以前から言いたかったことがやっと腑に落ちて、言えるようになった気がする。
初夢自体はどんなものだったのか覚えてないのだが、目が覚めて「そうか」と思った。
途中まで書いたが、とても長い話なので、僕のBlog「水のきらめき」に書きます。
今日中にアップできるかな?
こんな夢が見られたのは、年賀状のデザインをこんなものにしたからかな。

1月

2

新年明けましておめでとうございます

節目を付けるというのはいいこと。
日本はそのおかげで繁栄しているのだと思う。
混沌の中に節目を。
今年はそれがさらに求められるのだろうと思う。
内にも、外にも。

12月

31

2020年

今年もいろんなことがありました。
僕という小さな一点から見ると、いいことやら悪いことやらありますが、ほかの視点から見るといいも悪いも僕の判断とは異なり、地球とか、宇宙とかいう大きな視点から見ると、どんなことでもきっとOKなのでしょう。
本年も「日刊 気持ちいいもの」を読んでいただき、ありがとうございました。
また来年も、気持ちのいい年でありますように。
幸せな年をお迎えください。

12月

18

明るい色の服を着る

最近、いったいこれはどういうことかと思うことが多い。
それらを列挙したところで、あまりいいことはなさそうなので、明るい色の服を着た。
これで外に出るのはちょっと恥ずかしいかもしれない。
派手だから。
でも、気分を上げるにはいい。
伝染病の蔓延で気分が落ち込みそうなとき、楽しくしているのがいいことは「デカメロン」で実証済み。

12月

17

朝日を見つめる

地平線がうっすらと明るくなり、次第に赤みを帯びて、夜が明け始める。
濃紺と紅蓮の境目が次第に上がっていき、濃紺が青に近づき、紅蓮の底から黄色が滲み出し、ついには太陽が顔を覗かせる。
目に飛び込んでくる橙の光は、水晶体を通り抜け、中心窩の網膜を刺激して、わずかな熱をもたらす。
網膜の刺激に視神経は反応し、その震えは脳に伝えられる。
皮膚に与えられた太陽光の刺激や、太陽に照らされて立ち上る微かな匂いや、明るくなったために軋む建物の幽かな音や、木々が喜ぶ歓声も脳に届き、朝日の視覚とミキシングされる。
「朝日だ」のひと言ではとても足りない。

12月

7

正直化の進展

何年か前から、社会が正直化していくことを書いてきた。
しかし、「嘘も方便」の現代社会で「正直化する」とはどういうことか。
もし正直化しないと、AI社会にうまくなれないと思う。
もしAIが嘘を使いこなすようになったら、怖いよ。
だからまず社会は、人間にとって面倒だと思うほど正直化されて、そのあとでAIがwhite lieを覚えないと、きっと困ったことになる。

11月

30

居心地の悪さ

居心地の悪さが気持ちいいというのは、理解されにくいことだろう。
何かを表現したいとき、まず来るのが、この居心地の悪さなのだ。
何かを表現したいが、それを正しく伝える言葉がないとき、そういう気分になる。
それは長い文章で書き伝えないと伝えられない何か。
それが兆したということ。

11月

29

あるモノの意味

環境が変わると、そこに存在するモノの意味が変わる。

11月

23

思い込んでいるものとは違う

僕はたくさんの幻想を持っている。
僕は六感で感じることしか知らない。
つまりそれらの感覚で生まれる幻想と共に生きている。
だとしたら、真実とは何か?

11月

22

トランプ大統領の弁護団

トランプとバイデンの大統領選は次第に混乱を極めている。
日本のマスメディアではトランプが一方的に駄々をこねて混乱を巻き起こしているように報道しているが、ネット上を調べるとそういうことだけではないことがわかる。
バイデンを擁立した民主党か、それともどこが主導したのかはまだ明確ではないが、かなりの規模の選挙不正がおこなわれたのは確かなことらしい。
なぜなら、トランプの弁護団が宣誓供述書とともにその証拠について説明しているからだ。
もし弁護団が虚偽の報告をしているとすれば、そこに参加している弁護士は弁護士の認可を剥奪される。
大手のマスコミがほとんどすべてバイデンの勝利を訴える中、弁護団がそのように声を上げるのは英雄的な行為であると僕は見ている。

11月

22

はじめての体験

何か気持ちいいことで、テレビを見たり、本を読んだりして知っていたことを、実際に体験するのはとてもいい。
疑似体験と実際の体験の差がはっきりとわかる。
そのときの気持ちよさが普段の感覚を変えることもある。
その気持ちよさが誰かに伝播することもある。

11月

20

いろんな意味を感じる

いまニュースになっているいろんなことについて、いろんな意味を感じてみる。
いろんな解釈が可能だ。
だけど、もし自分が恐怖に駆られていて、「とにかく安全でないといけない」と考えると、他の存在を軽んずるようなことを考えるかもしれない。
日本とか、世界とか、大きな社会のことを考えるのなら、大きな視点を持たないと判断を誤る。
自分という個人のことだけを考えていては正しい考察はできない。
だからといって日本のことを考えるのに、日本だけのことを考えてもダメだ。
各個人のことを考え、国のことを考え、世界のことを考える。
その上で、考えることを脱してそれぞれの階層を感じてみる。
そのためにはまずたくさんのことを学ばなければならない。

11月

20

世界の正直化

ネットのおかげで、かつては普通では知られなかった情報が流れてくるようになった。
フェイクも含まれているが、フェイクではないものもある。
どれがフェイクでどれが真実か見分けるための感覚を養わないとならない。
多くの人がそれができるようになってくると、世界の正直化が加速度を孕む。

11月

18

全体であり一部である

どんな存在も全体をなしているが、何かの一部でもある。
そのことを何度も繰り返し考えるが、一向にわからない。
わかるというパラダイムに無理があるようだ。
僕の理性が全体をとらえることを許さない。
一部を知るのみ。
全体とは何か?

11月

12

からだを感じる

ときどき自分のからだを感じてみる。
些細な痛みはないか。
からだが何かを訴えていないか。
もし些細な痛みや違和感を見つけたら、そこを癒して上げる。
その部分を撫でながら感謝。

11月

11

小さな勝ち負け

目の前の小さな勝ち負けにこだわる。
あらゆることを知ることはできない。
だから、それが本当に正しいことなのかどうか、わかりようがない。
小さな勝ち負けにこだわったところで、宇宙に対して意味があるのかないのかわからないし、あってもなくても僕には関係ないのかもしれない。
理解できる意味にこだわるしか仕方ない。

11月

8

トランプとバイデンの大統領選

世の中のあり方が明るみに出てしまう出来事がある。
かつて911がそうだった。
もっと古くはケネディ大統領の暗殺もそうだろう。
しかし、どちらも事実は明るみには出ず、「陰謀論」というレッテルが貼られるたくさんの説が現れて終わりになる。
噴出してくる陰謀論のうち、どれかは正しい話だろうし、もしかしたら陰謀論に目を眩まされて掴めていない事実があったのかもしれない。
今回の大統領選もそういうことの一つになるのだろう。
そこから何を学ぶべきなのか?

11月

8

長い文章を読まないと理解できない概念

本を読んでもなかなか理解できない概念がある。
一度読んでも理解できず、すぐに読み直して理解できることもあるが、時間を置いて読まないと理解できないこともある。
他のことを学んでやっと理解できるようになった時、とても嬉しい。
そうやって手に入れた概念は、しばらく使わないと忘れてしまう。
しかも、そういう概念は、すぐに役に立つことはあまりない。
長い時間をかけて磨いて熟成させて、やっと何かの役に立つ。

11月

6

寒い朝

朝が少しずつ寒くなってきた。
まだ本当に寒い朝にはなっていないが、寒い朝が来ることを期待している。
水道が凍ってしまうような朝。
息は白くなり、指は凍える。
バケツの水に氷が張る。
地面には霜柱が立つ。
そういう、いても立ってもいられない寒い朝が懐かしい。

11月

5

豊さとはたくさんの意味に気づいていること

アメリカの大統領選は混沌としてきた。
いろんな人がいろんな意見を言うだろう。
そして、どの意見が本当は正しいのか、よくわからなくなっていく。
アメリカにはすでにたくさんの謎が存在する。
なぜケネディ大統領が暗殺されたのか。
911の本当の主犯は誰なのか。
なぜ大量破壊兵器のないイラクが攻撃されたのか。
挙げていけばキリがない。
そして、そのような政治の在り方は、世界全体を包んでしまっている。
残念というしかないが、そのことをきちんと知っておく必要がある。
たった一つの真理を求めていくと、解釈や立場、見方の違いによる意見の相違を許容することができなくなっていく。
どちらが正しいか、戦わざるを得なくなる。
解釈や立場の違いによって見方の相違が生まれてくることは仕方のないことだ。
それを許容できないと暴力が行使されてしまう。
立場が違えば意味や解釈が違うことを許容し、その違いを越えて共同するためには時間がかかるだろう。
しかし、その時間を取ることで、豊かな結果を得られるよう努力していかないと、地球環境は荒れ、人々は無意味に殺され、荒涼とした世界に直面しなければならないだろう。
どんな出来事にもいろんな意味が生まれてしまう。
そのことに深く気づかない限り、無意味な争いが続くだけだ。

11月

4

全体性を見つめる

全体性を見つめると、悪は善に勝てない。
堕天使は天使に勝てない。
闇は光に勝てない、
だから光は闇の存在をただ愛してあげれば良い。
共感しつつ、その境界線を認識していればいい。
愛とは、関わり合う全ての存在をありのままにしてその力を引き出すような、高度な組織化を助ける力だから。