6月

6

好きなら好きだとはっきりいえ、ない

最近この『日刊 気持ちいいもの』では、気持ちいいのかよくないのか、はっきりしないものが取り上げられるというご意見をいただきそうな気がする。(笑)
気持ちいいものを追求していった結果、「気持ちいい」と「気持ちよくない」の二分化は正しくないなと思うに至った。
どんな感覚でも繊細に感じていくと、「いい」部分と「よくない」部分と、さらに感じていくと「いいともよくないともいえない」部分が現れてくる。
それを「いいか悪いか」で二分するのはどうも違うなと、3859回も書き続けて感じるようになってきた。
ある日には「いいな」と思っていたものが、別の日には「それほどよくないな」と思うことなどいくらでもある。
しかし、一度「いい」と言ってしまったら、「正しい自分を演出するため」にはいつでも「いいものはいい」といい続けなければならないような気がしていた、というか、そういうことを意識もせずにそれを結果として心がけていたように感じる。
最近それは違うなと思うようになった。
右翼か左翼かと問われたとき、たいていの人は違和感を感じながらかつてはどちらかを選んでいたのだと思う。
でも、最近のセンスのいい人は「どちらかには決められない」と思っている人が多いのではないか?
立場やその日の状態や、話す相手などによって、言いたいことが微妙に違うのはよくあること。
あって当然だろう。
時代がその曖昧さを許容できるものになってきた。
国会も多数決だけで考えているのは時代遅れではないか?

6月

4

言えない思い

昨日の「日刊 気持ちいいもの」を書いて思い出したことがある。
それはまだ黛敏郎が「題名のない音楽会」の司会をしていた頃、「ビギン・ザ・ビギン」をテーマに番組を作ったことがあった。
その中で黛が「ビギン・ザ・ビギンはフリオ・イグレシアスの編曲で短調の部分がなくなり、芸術性が失われた」と主張した。
「ビギン・ザ・ビギン」の原曲には長調の部分と短調の部分があり、長調の部分でかつての恋の華々しい思い出を歌い、短調の部分で現在の失恋状態を思うという構成になっている。
それを黛は実際にオーケストラに演奏させて解説し、さきほどの主張をしたのだ。
それを聞いて、僕はうなってしまった。
黛の言いたいことはわかる、でもね・・・という、「・・・」の部分がうまく言葉にならなかったのだ。
それを30年もして思い出すのだから、「・・・」の部分はよっぽどのことだろうと思うのだが、そんなによっぽどのことでもない。
なにが「・・・」に含まれていたのか、やっと言語化できるようになった。
ようは「フリオ・イグレシアスの曲もいい」と言いたかったのだが、黛の説得力には勝てそうにないので黙っていたのだ。
いまなら反論できる。
フリオの曲は長調で歌っていても、すでに哀愁を帯びているのだ。
長調の部分と短調の部分が、長調の歌のなかにギュッとまとまって絞り込まれている。
開高健がエッセイに「(モダニズムとは)1.最高の材質。2.デサインは極端なまでにシンプル。3.機能を完全に果たす」と書いていたが、まさにそれだと。
でも、30年前でも本来なら「いいものはいい」それだけですんだのだろうけど、僕はそこで口を噤んだ。
そんな些細なことでも30年後に思い出すのだから、本当に恨みに思っていることなど、死ぬまで忘れないんだろうな、心の底では、と思った。

5月

30

猫を棄てる

文藝春秋に掲載されている村上春樹のエッセー「猫を棄てる–父親について語るときに僕の語ること」を読んだ。
いろんなことを思わされる文章で、「棄てる」の意味を考えてしまった。
「捨てる」ではなく「棄てる」。
「兵隊は日本に棄てられた」とか「棄てられても家に帰る」とか「一緒に棄てた思い出」とか。
最後に登場する猫の逸話。
木に登っていった猫を筆者は棄てたのだろうか? 棄てたと思っているのだろうか?
棄てたつもりはなくても結果として棄ててしまったようなことが、僕のまわりにもあるような気がする。
それは「気がする」だけで、それが事実だとは認めない。
現実を把握するのは難しいし、難しいと思い込みたい僕がいる。

5月

27

釈迦に説法

会話の中で「それはあなたには釈迦に説法だろうけど」というところ、「それはあなたには馬の耳に念仏だと思うけど」と言ってしまった。
しまったとは思ったけど、なぜか「釈迦に説法」という簡単な言葉がすぐに思い浮かばなかった。
話は流れていってしまった。
お馬鹿な自分を笑う。

5月

24

社畜よりは野たれ死に

何年か前に「野たれ死にするよりは社畜がいい」という話を聞いた。
世の中にはいろんな人がいていいのだから、そういう人もいるだろうというつもりで聞いたが、なんとその話をした人は99%がそうなんだと主張する。
それはないだろうと思った。
しかし、ちょっと前の政治状況を見ると、そうかもと思ってしまった。
幸いなことに僕のまわりは「社畜になるくらいなら野たれ死にがいい」という人が多いような気がする。
少なくとも知り合いの1%以上はそういう人だ。
それが本当に「幸いなこと」かどうかは今は脇に置いておこう。
現在の社会状況で、ずっと社畜で居続けられる人はいったいどのくらいの割合になるのだろう?
社畜でいたいと思っても、難しいのではないか?
社畜でもなく、野たれ死にでもない道を探すべきだろう。
そのためには自分の思考の枠を壊していかなければならない。
それに気づく人が少しずつ増えている気がする。
野たれ死にというリスクを抱えて飛び立つ人が。

5月

17

質問

昨日、悟ったと書いたら、「どんな悟り?」と質問された。
確かにその質問には答えたい。
入口は「言葉」だ。
この入口を見つけたのは、いや、この入口に導かれたのは、ヒーリング・ライティングという宿題を授かったおかげだ。
それから22年間の質問と答えの日々が続く。
それらの集積のおかげ。
そして、何冊もの仏典や聖典を読んだ。
それらのおかげ。
実際に聖人と言われた方にも何人か会った。
そのおかげもある。
バリ島にニュピで通い続けたのもよかった。
幼い頃に比較的自由にいろんなことができたおかげもある。
本は好きなものを読めたし、音楽は作曲できるようになった。
そして就職して世の中を見る。
この就職先も良かった。
いろんな大手の会社と関わることができた。
そして、会社を辞めて自営になって、小さな会社ともやりとりするようになる。
このおかげもある。
毎日ささいなことで喧嘩したり和解したり言い合っている相方のおかげでもある。
経済的に苦労して、借金したりして、そういう苦労のおかげでもある。
もちろん、こうやってほぼ毎日気持ちいいものを書いていることとも関係している。
だから、これを読んでいるあなたのおかげでもある。
こういういろんな体験の積み重ねが、昨日の朝、パチッとパズルがハマったようにうまく組合わさった。
そのパズルは平面でも立体でもなく、多次元のパズル。
チチェン・イツァーで「この世界が多次元であることに深く気づけ」と言われたことにやっとたどり着いた。
その内容については、言葉では書ききれない。
でも伝えなければならないと思っている。
少しずつ書いていく。

5月

1

令和

令和の発案者が中西進氏だと発表されたそうだが、歴史的経緯から見て、元号の制作者は暦博士となるが、一般にはその暦博士がなぜどうして誰が作ったかなどと発表はしない。
中西氏は時事通信の取材に対し「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、天の声で決まるもの。考案者なんているはずがない」と発言したそうだが、それは中西氏の見識が深いから。
元号はもともと呪術なのです。
ネタがわかってしまっては呪術にならない。
呪術と言うと、何か悪いことのように思う人がいるかも知りませんけど、政治の「政」はかつて「まつりごと」と呼ばれ、呪実的要素もかなりあったのです。
陰陽五行が政に使われていたのは歴史的事実と言って差し支えないでしょう。
その名残が年号なのです。
誰が中西氏の発案だと発表したのか知りませんが、せっかくの祈りがもったいないですね。
「人間が決めるものではない」という中西氏の見識の深さに頭を垂れます。

4月

30

平成

平成は、言葉の通り平静だった。
樽に寝かされた酒のように、芳醇な文化が生まれますように。

4月

30

言の葉の神

言の葉の神よ、我にたくさんの麗しい言の葉を降らせよ。
多くの人々が感動するあわいの言葉。
思わず声に出して読みたくなる言葉。
そんな言葉を雨のように降らしてみよ。

4月

14

一瞬の理解

人は一瞬にしていろんなことを理解する。
しかし、それを言語化できないために「理解した」と思えないことがある。
そのことを長い時間をかけて僕は理解した。
それをきちんと説明するには本一冊でも足りないかもしれない。

4月

13

言葉の山が花盛り

言葉にはいろんな働きがあります。
言葉のおかげで空想を空想としてあなたに伝えることができます。
言葉様々です。
言葉の山が花盛りになるまであと数ヶ月。
きっと素晴らしく麗しい山を愛でることができるでしょう。

4月

11

言祝ぐ

おめでとうございます。
この文章を読んでいるあなたは世界でたったひとりのあなた。
この世界であなたにしかできない経験を積んでいる。
その貴重な経験はあなたこそのもの。
だからこそ、おめでとうございます。
あなたが生きていることに万歳。

3月

20

じゃれる

戯れる(ざれる)の転訛だそうだ。
子供の頃はよくじゃれた。
ガキ大将が「なんだこの野郎! ぶっ殺すぞ」といってきたとき、正しくじゃれるためには「やられてたまるかこのクソ野郎」くらい言い返さないとならない。
このとき正しくじゃれず「そんなこというと先生に言いつけるぞ」なんていうと喧嘩になる。
この違いを覚えるのが子供の仕事だと思うのだが、なんでもかんでも「いじめ」でくくると、こういうことの学習機会が失われるだろうなと思う。

3月

13

表現すること

生きていると、他人にはいえないことが仕方なく生まれてしまう。
たとえば、介護をしている親がいるために、友達に旅行に誘われても行けない、という状況があったとしよう。
そのとき、つい「親さえいなければ」と思ってしまう。
普通であれば「そんなことを思うなんて」と非難されてしまいそうなので、口には出さずに否定する。
「なんてこと考えてしまったんだ」と。
こんなとき、他人にわざわざ聞かせたり見せたりする必要はないけど、言葉や文字にしてみる。
「親さえいなければ友達と一緒に旅行に行けたのに」
こう言ったり書いたりしたあとで、「でも私は親の介護のために行かない」と表現する。
すると不思議なもので、言わないでいたときよりなんかすっきりする。
もしそれでもどうしても行きたいなら、親を誰かに頼んで旅行に行く準備をすればいいのだ。
それでもどうしても旅行に行ける状況にならないのなら、「この状況を打破する」と宣言する。
あいまいにしているとモヤモヤ感を抱えることになるが、はっきりさせると気が楽になる。
言葉の力はすごい。

2月

28

全体観を持つ

インターネットというメディアのおかげかもしれませんが、立場が違うと見えるものやことが違うということに多くの人が気づいてきています。
父は「敗者の文学」というのを追求していました。
負けた者から見た世界は、勝った者から見た世界とは違うということを小説の中に織り込んでいきました。
多くの人がそれに気づくことで、正しいとか間違っているとか、そういうことの基準が揺らいでいるように感じます。
その基準が動くことで、さらに多くの人たちが心地よく生きていけるようになればいいと思います。
でも実際にはそのゆらぎがいいことにも悪いことにも作用しているようです。
きちんと区別して行動していきたいものです。
たとえば、個人が感じる歴史と、国が解釈するであろう歴史とは異なり、どちらが正しいかというのは一概には決められません。
だからときどき、自分という枠を離れて、国や地球という視点からものを見ることもいいですし、逆に微細な生物がもし外界を見たらどんなことを思うのかということを空想するのも意味のないことではないでしょう。
そういう解釈を積み上げていったとき、いったい何が現れてくるのか。
それが僕たちの未来を思わぬ方向に導くような気がします。

1月

7

チュルチュルを思い出す

ふとしたときにチュルチュルを思い出した。
チュルチュルとは、麺類を総称した幼児語で、母がよく幼い僕に「チュルチュル食べましょうね」というふうに使っていた。
先日そばを食べていてそのことを思い出す。
そのときに一緒に思い出したのは、うまく言葉にできない感情だ。
それはずっとチュルチュルだと思っていた幼い僕が、チュルチュルに区別があることを知り、「このチュルチュルはおそば、このチュルチュルはうどん、このチュルチュルはラーメン、このチュルチュルはそうめん」と区別したときのなんとも言えない感情。
このチュルチュルはおそばであり、多くの人たちにとってチュルチュルではない。
このチュルチュルはうどんであり、多くの人たちにとってチュルチュルではない。
このチュルチュルはラーメンであり、多くの人たちにとってチュルチュルではない。
このチュルチュルはそうめんであり、多くの人たちにとってチュルチュルではない。
でも、僕と母さんのあいだにはチュルチュルに関してのたくさんの思い出がある。
しかも、当時の僕はこれほどはっきりした区別が持てず、何だかよくわからないけど何かに引っかかっている感情を感じ、どうしようもないのでどうにもできなかった。
この当時の僕にとっては複雑な思い。
そんな感情を大人になって味わいなおす。
言語化して区別できると「なんだかなぁ」という感情が生まれるが、きっと幼い頃の感情とは少し違うものなのだろう。

1月

4

あけましておめでとうございます

新年を言祝ぐ言葉。
言祝ぐは寿ぐであり、事祝ぐことでもある。
日本には祝う言葉があふれていた。
祝うは「いわ・う」であるため神社には大きな岩があることがある。
「細石も巌となりて」と君が代にあるが、実際に成長しつつあった細石が秩父今宮神社に奉納されている。
巌となりつつある細石が現実にあるとはつい数年前まで知りませんでした。
疑う方はご自分の目で確かめてみてください。
見ればなるほどと思うでしょう。

12月

7

空想の翼を広げる

小説を書いているととときどき
筆が止まることがある。
なぜかその先が書けなくなる。
精神的障壁が立ち上がる時。
その障壁は姿が見えない。
そんなとき、空想の翼を広げる。
普通にはあり得ないことを考えてみる。
この世界は謎に満ちている。
この小さな頭で考える程度の空想では
とても収まり切らない。
だから安心して大風呂敷を広げる。
いや大風呂敷じゃ収まらない、
無限平面を広げよう。

12月

6

おもろさうし

昔懐かしい歌詞の一部が
はじめて読む文章に
埋め込まれていると
それを読んだ途端に
感覚が懐かしい頃を思い出す。
そのことを思いながら
「おもろそさうし」を読むと、
沖縄のきらびやかな時代が
どのように編まれていたのかが
わかるような気がする。

11月

26

価値か無駄か

3700号以上この「日刊 気持ちいいもの」を書き続けてきた。
その価値は何かと考えた時、まったくの無駄だったとも言える。
大きな価値があったとも言える。
どちらが正しいか?
どちらかだけが正しいというなら、あの有名な質問をしよう。
パンと手を叩く。
鳴ったのは右手か左手か?

11月

20

神殿

宇宙に満ちる神殿。
原子という名の神々が
寄り集まって神殿を作る。
神殿は踊りを踊って解体し、
別の存在に変わっていく。
常にいつも変化していく神殿。
僕たちはそれを無常だと感じる。

11月

19

宣言

うじうじ言って、
クダまいて、
「もっと酒を持って来い」と
怒鳴りはしないが、
黙ってそんな気分に浸っていると
嫌な感じがしてくるが、
そういう僕だと宣言すると
案外清々する。
うじうじした感情はあっち行け。

9月

28

命の活性化

怖くて近づけないところに
あえていくのは何故か?
という質問に
「命が活性化するからじゃない?」
と答えられた。
「それいいな」と思う。

8月

28

共通の認識

共通の認識ってすごいなと思う。
もし僕とあなたで
これが共通している認識だと
思うことができなければ、
言葉は成立しない、
「言葉」と言って「言葉」を
思い浮べてもらえなければ
話ができない。
「空がきれいだね」と言って
理解してもらえなければ
喜びは半減するだろう。
共通の認識ってだからすごい。
言葉がなくても共通の認識は
できただろうけど、
言葉が存在することで
共通の認識の範囲が広がった。
当たり前すぎて
わざわざ言うことではないと
思い込んでいるけど、
それをわざと言うことで
何か生まれてくるんじゃないかな?

7月

6

落ち着く

人は言葉を持つことで
知りようのないことを
知るようになった。
言葉がなければ
生まれようのない概念。
それを手にして地球上の
どんな生物より
有利に生きるようになった。
だけど余計な心配も
するようになってしまった。
概念だけに踊らされることなく、
概念を伴奏に現象とともに踊ろう。