11月

22

INDIGO

大学生から就職した頃まで、よくハイ・ファイ・セットを聞いた。
一番好きなアルバムはなんといっても「Pasadena Park」だったけど、たまたま「INDIGO」というアルバムを見かけた。
僕の記憶からはすっかり消えていた。
でも、「聞いたことがあるかも」という感触があったのでネット上にあったそれを聞いてみた。
完全に覚えている訳ではないけど、断片的にメロディーを覚えている。
聞いているうちに心がなんかザワザワする。
この曲と一緒に忘れた思い出があるのだろう。

8月

22

水滴の音

世界は一滴の水の音とともに始まった。
一滴の水の音が世界を変えた。
それ以上でもそれ以下でもない。
一滴の水の音とともに人は笑い、人は歌い、鳥は飛び、魚は群れをなす。
僕がそれを認識していなかっただけ。
一滴の水の音とともに宇宙は存在し、銀河は巡り、彗星は流れ、太陽は輝く。
一滴の水の音とともにあらゆることが起き、あらゆることが変化し、あらゆることが流れていく。
僕はその状況の中に浮かんで流されるだけ。
一滴の水。

8月

5

古いアイルランドのCD

98年だったかな、アイルランドに行った。
そのときに買ったCDをひさしぶりに聴く。
そのCDを買ったお店の雰囲気を思い出す。
トリニティ大学のそばだった。
そこでケルズの書を見て、有名な図書館に行った。
芝生の緑が美しかった。
小学生たちが社会科見学に来ていて写真を撮ったらはしゃいでいた。
音楽の中に記憶が閉じ込められていたようだ。

7月

24

スコアを読みながら第九を聞く

何十年かぶりにスコアを読みながら第九を聞いた。
スコアとはオーケストラすべての楽器の楽譜が書かれている譜面だ。
高校生まではいろんな曲のスコアを読みながらクラシックを聴いたものだ。
一番難しかったのは「春の祭典」。
きちんとついて行けるようになるのに3回くらい聞き直した。
「春の祭典」に比べれば第九のスコアは簡単。
実際には演奏されていても聴こえてこない音というものがある。
スコアを読むとそれがわかる。
どの指揮者のどのオーケストラの演奏だと、この音を強調するとかしないとか、そういうことがわかる。
とても面白い。

6月

7

声が出せる

三日ほど前、寝る前に喉がイガイガしていた。
うがいをして寝たが、それから三日の間にガラガラ声になってしまった。
「あー」と声を出すと、三種類の音が聞こえる。
出したい声と勝手に出てしまう別の音と、ガラガラと鳴るもうひとつの音。
こんなのははじめてた。
普通に声が出せるって、ありがたいことだったんだな。

6月

4

言えない思い

昨日の「日刊 気持ちいいもの」を書いて思い出したことがある。
それはまだ黛敏郎が「題名のない音楽会」の司会をしていた頃、「ビギン・ザ・ビギン」をテーマに番組を作ったことがあった。
その中で黛が「ビギン・ザ・ビギンはフリオ・イグレシアスの編曲で短調の部分がなくなり、芸術性が失われた」と主張した。
「ビギン・ザ・ビギン」の原曲には長調の部分と短調の部分があり、長調の部分でかつての恋の華々しい思い出を歌い、短調の部分で現在の失恋状態を思うという構成になっている。
それを黛は実際にオーケストラに演奏させて解説し、さきほどの主張をしたのだ。
それを聞いて、僕はうなってしまった。
黛の言いたいことはわかる、でもね・・・という、「・・・」の部分がうまく言葉にならなかったのだ。
それを30年もして思い出すのだから、「・・・」の部分はよっぽどのことだろうと思うのだが、そんなによっぽどのことでもない。
なにが「・・・」に含まれていたのか、やっと言語化できるようになった。
ようは「フリオ・イグレシアスの曲もいい」と言いたかったのだが、黛の説得力には勝てそうにないので黙っていたのだ。
いまなら反論できる。
フリオの曲は長調で歌っていても、すでに哀愁を帯びているのだ。
長調の部分と短調の部分が、長調の歌のなかにギュッとまとまって絞り込まれている。
開高健がエッセイに「(モダニズムとは)1.最高の材質。2.デサインは極端なまでにシンプル。3.機能を完全に果たす」と書いていたが、まさにそれだと。
でも、30年前でも本来なら「いいものはいい」それだけですんだのだろうけど、僕はそこで口を噤んだ。
そんな些細なことでも30年後に思い出すのだから、本当に恨みに思っていることなど、死ぬまで忘れないんだろうな、心の底では、と思った。

6月

3

ウンポコマス

僕が会社勤めをしていた頃、新潟に行ったとき、駅から乗ったタクシーの中で、フリオ・イグレシアスの「ビギン・ザ・ビギン」がかかった。
その頃丁度、キューピーかなにかのCFにこの曲が使われていて、誰が歌っているなんという曲か知りたかったので、そのときはじめて演奏者と曲名を知った。
「えっ! あのビギン・ザ・ビギンがこうなるの?」と驚いた。
そのとき、僕が知っていたビギン・ザ・ビギンは、パーシー・フェイスの演奏だけだった。
そのスペイン語の歌詞の中で「ウンポコマス」という部分がある。
何かのときにふっとその部分を思い出すのだ。
「ウンコ・ポマス」じゃないよ。
「ウンポコマス」
「もう少し」という意味なんだそうだ。
フリオの「ウンポコゥ〜マス」という節回しが好き。

5月

19

リコーダーの音色

中学校のブラスバンドの先輩で、リコーダーをいい音で鳴らせる人がいた。
リコーダーの音というものは、ピーとかプーとかいう音だと思っていたが、その人が吹くと見事にバロック音楽のような音になる。
ああいう音はきっといい楽器で吹くからそうなるので、学校で使っているような安物ではああいう音は出ないと思い込んでいたけど、違った。
「なんでそんな音が出るんですか?」と聞くと「こういう音だと思って息を抑制して吹くと出るんだよ」と言うのでやってみた。
確かにそれっぽく鳴る。
音色のイメージって大切。

5月

8

鼓動

赤ちゃんは母親の鼓動を聞くと落ち着いて眠るという。
だけど僕自身は鼓動を聞いても落ち着くとか気持ちいいとか思ったことがない。
今朝、目が覚めると、枕に耳をつけて、自分の鼓動を聞いていた。
トクトクと耳から鼓動が聞こえてくる。
夢心地のときに「鼓動を気持ちよく聞いているのか?」と思ったが、特に気持ちいい訳ではない。
そして思う。
「なんで自分の鼓動を聞いているんだ?」
それで目が覚めた。
夢の中では気持ちよかったのを、目が覚めてそうは感じなくなったのか。
ただたまたま鼓動を聞く状態になっていたのか。
感触としては自分の鼓動を確かめていたような感じがする。
なんにせよ、ボケた頭でつらつらと思った。
曖昧模糊とした言葉にならないようなことを考えるのが好き。
鼓動はその入口か。

4月

26

緑の地平線〜ホライゾン

『ナウ・アンド・ゼン』の次に出たカーペンターズのアルバム。
このアルバムの発売日、僕は風邪を引いて中学校を休み寝込んでいた。
しかし、このアルバムがどうしても早く聞きたかったので、母親の目を盗んで予約していたレコード屋さんに夕方に行って買った。
はじめて聞いたときには少し違和感があった。
それまでのカーペンターズとちょっと雰囲気が違うのだ。
でも何度か聞くうちに好きになった。
特に「アイ・キャン・ドリーム」の編曲が気に入った。
途中からストリングスが絡み、間奏をトロンボーンの和音で演奏する。
「ソリテアー」、「グッドバイ・アンド・アイ・ラブ・ユー」や「愛は木の葉のように」のような静かな曲が特に良かった。
「オンリー・イエスタディ」や「プリーズ・ミスター・ポストマン」ももちろんいい。
「プリーズ・ミスター・ポストマン」はビートルズも演奏していると聞き、後日聞いたが、ビートルズの演奏が幼稚に思えた。

4月

4

オン・ザ・ビーチ

渋谷のボイルストンではじめて知ったバーボンをすすっていたとき、クリス・レアの「オン・ザ・ビーチ」がかかった。
波の音から始まり、シンバルをブラシでこする音とともにギターがリズムを刻み、エレピが静かにうなる。
そして、クリス・レアの喘ぐような渋い声。
時代はバブルで浮かれていた頃。
なんでもうまく行くかのように思われた世の中は、次第にかげりを見せてきて、一番うまくいってないのは自分の心かもと思い始めた頃、一人の女性との些細な諍いに心痛める。
そんな気分にじっくり染み込む歌だった。

4月

3

対旋律

中学生の頃、レイ・コニフ・シンガーズの「やさしく歌って」を聞いて、その対旋律に興味を持った。
原曲にはないメロディーが最初に流れ、途中から盛り上がりのメロディーにそれが対旋律として絡む。
ジャズのアドリブと同じで、コードさえ保っていれば、どんなメロディーをいれてもいいのだと気づき、いろんなメロディーに対旋律を作って遊んだ。
あの頃はイージーリスニングのオーケストラがたくさんあって、同じメロディーにいろんな対旋律が聞けたので参考になった。
特にレーモン・ルフェーブルの「シバの女王」の対旋律には衝撃を受けた。

3月

12

PORTRAIT IN BLACK AND WHITE

ヒロ川島の新作CDが「PORTRAIT IN BLACK AND WHITE」。
この曲はウクレレのオオタサンとも録音している。
どちらもいい演奏だ。
だけど、なぜこの曲を何度も演奏するのか、その理由がこの新作アルバムのインナースリーブに書かれていた。
素敵な話だ。
ヒロ川島とチェット・ベイカーの見えないつながりは、とても濃厚で驚くばかりだ。
いくつかの逸話を聞かせてもらったが、インナースリーブにある話は聞いたことがなかった。
その話で、なぜヒロ川島がアルバムのタイトルに「PORTRAIT IN BLACK AND WHITE」を選んだのかがわかる。
インナースリーブの文章に近いエッセイがここで読める。
きっとこれを推敲してインナースリーブにしたのだろう。
http://www.lovenotesjoy.com/hiro/mono.html
これを読んで興味をもったら、アルバムを買うといい。
演奏とともに調えられた文章を読むと、じわっと来る。

1月

16

ある愛の詩

ひさしぶりに「ある愛の詩」のテーマ曲を聞いた。
とても懐かしい。
上映は僕が小学生のころだ。
兄がレコードを買ってきたので聴いた。
そののちいろんな人がカバーした。
僕もピアノで弾いたな。

1月

15

笹久保伸さんのギター

笹久保伸さんはギタリスト。
南米でギターを学び帰国する。
南米でどんなにギターがうまくなっても、何かが違うと感じていた。
その何かとは「出自」。
帰国して「秩父前衛派」を立ち上げる。
笹久保さんの出身は秩父だ。
秩父とは何かをアートに昇華していく。
笹久保さんの演奏しているギターをはじめて聞いてすぐに秩父を連想する人は少ないだろう。
しかし、いくつもの作品を聞いていくうちに秩父と笹久保さんのギターの音につながりが生まれてくる。

12月

26

水滴の音

水道から水が滴り、コップに落ちる。
その音に聞き入りながら水琴窟を思いだす。
一粒の水滴が空洞に豊かに響く。
水琴窟の水滴にはたくさんの生命が宿っている。
生命の歌が響く。
地球に満ちあふれた人類。
人類の歌も水滴に宿る命に伝えよう。
名のない命もともに繁栄するように。
形が違うだけの、遺伝子という名の複製子に支えられた仲間達。

12月

24

バストロンボーン

普通のテナートロンボーンより少し管径が太いので、響きが豊かで低い音を出しやすいトロンボーンのこと。
中学から高校までブラスバンドでバストロンボーンを吹いていたので、いまでもどこかでその音がすると耳がピピッと反応する。
ジョン・バリーが担当していた頃の007の音楽にはよくバストロンボーンの音がしてしびれた。
最近どんな音楽でもシンセサイザーでホーンの音が代用されていることが多くて悲しく思っている。
なので、実際のバストロの音がどこかから聞こえてくるとにやける。

12月

23

クリスマスソング

この季節になるとあちこちからクリスマスソングが聞こえてくる。
「ジングルベル」とか「リトル・ドラマー・ボーイ」など懐かしいスタンダード曲もあるが、ジャパニーズポップの定番もたくさんある。
どれが一番印象的かというと僕にとっては「ホワイトクリスマス」か山下達郎の「クリスマス・イブ」だな。
どの曲にせよ、キュンとする。

12月

12

新しい音楽と馴染み深い音楽

聞いたことのないような新しい音楽と、いつも聞いている馴染み深い音楽、どちらが好きか?
曲によるだろうから一般化はあまり意味がないかもしれない。
それでも考えてみる。
まず、最近の音楽にまったく新しい音楽というものがあるのだろうか?
たいていテンポが曲の頭から最後までほぼ同じである。
リズムもほぼ統一され、Aメロ、Bメロ、盛り上がりの部分程度の変化しかない。
つまり聞いている側が簡単に音楽に同調できるようにできている。
ストラヴィンスキーの『春の祭典』のようなはじめて聞いた人にショックを与えるような音楽は滅多に流行らない。
その点、馴染み深い音楽は記憶が助けてくれるから、少し複雑な音楽でも同調できる。
つまり、音楽に同調できるかどうかがとても大切な気がする。
はじめて聴いた曲でも好きになれるのは、なんとなくパターンが追えるからであり、ときどきパターンを追えなくなって裏切られるところに喜べるかどうか。
だから音楽を沢山聴いて、豊富なパターンを保持している人は、はじめて聴いた曲も簡単に好きかどうか判断できるのではないかと思う。

12月

11

朝の足音

寒い空気の中、駅へと急ぐ足音。
車の走る音。
クラクション。
エンジンを吹かす音。
地下鉄の入口から階段を降りていく。
毎朝繰り返される重い足音。
気分を明るくするために聞く音楽が耳の中で鳴っている。
朝の足音をかき消すために。
何度も繰り返される朝の足音を
重く感じるようになったのはいつの頃からだろう。
入試を通過して始めて学校に行く朝、
足音は軽かったはず。
まわりの重い足音が可笑しかったはず。
いま僕は重い足音の群れのひとつ。
軽やかな足音を夢見ながら。
通った学校での心ときめく出会い。
知らないことを知る喜び。
一緒にバカをする仲間。
朝の足音を変えよう。
ピカソのように。

12月

5

鳥の声

思いがけなく鳥の声を聞く。
この季節に?
ありがたいと思う。
自分の心もときどきふと
何かが動き出す。
鳥の声と同じ。
ふふっと思う。

11月

27

映画『ボヘミアン・ラプソディー』

中学二年の時、僕はQueenのライブに行った。
場所は日本武道館。
1976年、二度目の来日ライブ。
「預言者の唄」が特に印象に残った。
間奏のコーラスと最後のギターソロにしびれた。
中二と言えばいろんなことが強烈な思い出として残っていて、
普段はすっかり忘れているようなことが
ときどき何かの拍子に飛び出してくる。
Queenの音楽はそのような思い出を
フラッシュバックさせる強烈なスイッチだ。
映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見て、
たくさんのスイッチを一度に押された。
ストーリー自体も面白いものだが、
その感動とともにいろんなスイッチが押される。
僕はすっかり泣かされた。
ほかにも僕にはビートルズとかカーペンターズとか
スイッチが隠されている音楽がある。
それらの映画ができたら、
そしてそれの質が良かったら、
絶対またボロ泣きするんだろうなと思う。
この映画の成功で、
しばらくかつてヒットした音楽にまつわる映画が
作られるようになるのだろうと思う。

10月

19

初代iPod shuffle

2005年に買ったiPod shuffleが出てきた。
充電してスイッチを入れると
懐かしい曲が聞こえてくる。
曲を入れ替えることはできないけど
すでに録音してある曲を
聞き続けるのには問題ない。
今日、持ち歩いてみようかな。

8月

20

虫の声

夜になると秋の虫の声が
聞こえてくる。
窓から入ってくるいのちの交響曲。
夢見心地の耳に優しい。

7月

19

フルート

高校生の頃、安いフルートを買って
よく吹いていた。
今朝、それが夢に出てきた。
ひさしぶりに
フルート吹きたいと思う。
僕の持っていたフルートは
高校の後輩が貸してくれと
持って行った以来行方不明。