白龍トマト館について

僕は白龍トマト館という中華料理屋さんのホームページを作っている。だから、これから書く話は、そのことを考慮して、差し引いて読んでもらえたらと思う。僕は嘘を書くつもりはない。でもひいき目に見てしまうことはあるかもしれない。

このところのコロナウィルスのおかげで、どこのお店に行ってもお客さんがかつてほどはいない。おいしいお店も、人気のお店も、お客さんが少なくなっている。ところが、白龍トマト館はお客さんがほとんど減らない。以前から、混む日と混まない日があったが、同じように混む日と混まない日がある。僕にはそれがすごいことだなと思える。いったいなんでそうなるのか考えた。

いくつかの飲食店のホームページを作ったけど、白龍トマト館だけ際立って違う点がある。それは、無理に売ろうとしないこと。身の丈にあった表現をしようと考え、それ以上を望まないこと。たいていのお店は「お金をかけたのだからその分の利益が増えるように」と考える。ところが白龍トマト館は2006年からホームページを作り、メールマガジンを発行しているが、身の丈にあったことしか言おうとしない。

それのどこがいいのか?

お客さんはきっとわかっているのである。お店に入って、そこの料理を味わい。それでその店の状況を知る。すると、そのお店の伝えたいことをすぐに理解するのである。

どんなにおいしいお店でも、そこの店員に過剰な負担をかけていると、それをなんとなく感じるのだ。客にとってはそこはいい店である。安くて、サービスが良くて、わざわざ言葉にして悪い点はない。でも、なんとなく店員への負担を感じると、行きにくくなる。お店全体がハッピーな状態のところに行きたい。

白龍トマト館に何度も通うと、カウンターの中で調理しているが、店員がみんな好き勝手なことを言いあう。混んでいるときとか、はじめてのお客さんがいるときは遠慮して口数が減るが、お得意さんばかりになると、まあいろんな話が登場して、それが楽しい。働いている人たちが節度は持っているけど、過剰な遠慮がないことがわかる。今風に言うと、経営者やお客さんに忖度しない。目の前に現れた問題も嬉しいことも、ありのままに表現している。そのことが白龍トマト館のパワーなのだと思う。

「今日のトマト、いまいちなんですよ」

おいおい、そんなこといってもいいのか? それでも言っちゃう。たいていのお店ではそんなことはタブーだろう。でも、それを聞くと、おいしいときの料理を食べたくなる。「いまいち」と言われても、それは充分に美味しかったりするから、美味しいときはどうなのかが知りたくなる。

白龍トマト館は街中の中華料理屋さんよりは少し高い。しかし、何度か食べるとその高さは適正なものに思える。しかし、高級料理店のようには高くない。インタビューすると料理の工夫は繊細で、そんなことまでするんだと驚くことがある。

白龍トマト館の料理は、必ず料理自体が生きている。何が生きていて、何が生きてないのか、それは説明がうまくできない。僕がそう感じる。その秘訣が何かはよくわからない。高級ホテルの料理に、美味しいけど生きてないと思うことがある。そういう生き生きさ加減。白龍トマト館の馴染みのお客さんはみんなどこかでそれを感じているはずだ。「生きている」と言語化するかどうかは知らないが、食べ物からエネルギーをもらえるような感じとでも言おうか。でなければ客足は落ちるはず。このご時世で客足が落ちないというのは、ミラクルなことだと思う。その味の秘密をきちんと言葉にできるようになりたい。

先代のママさんや、いまの店主の奈々子さんに、14年間にわたってシンプルなものの考え方を教えてもらっている。それはたとえば「季節の野菜をたくさん召し上がっていただける創作中華料理店」であることを愚直に守り続けること。季節の野菜を安定的に仕入れるにはそれなりの苦労があるのです。もし単に儲けることだけを考えるなら、季節の野菜なんか使わず、保存の効く食材ばかりにすればいいのです。

先代のママさんや奈々子さんは、季節によって仕入れる食材が変わり、その下ごしらえも変わってくると「またこの下ごしらえができる季節になった」とそのことを喜びながら働いています。そういう姿を見ると感動します。愛があるなって。だから、アルバイトで働いたことのある人たちが、何年経っても遊びにくる。マーケティングとか儲けを先に考えるお店は、きっとそうはならないだろうなと思います。そういう店だからこそ、いまのような非常時に、それまでのコツコツとした努力が報われる。

一方で、僕が知っている逆の例はこんなこと。才能のある料理人が独立して店を出す。才能があるから当初お店は繁盛する。それで支店を出すことになる。その人は才能があるから多少の無理は平気と考える。だけど、その無理は才能のある人ならできるかもしれないが、すべての人ができる訳ではない。支店を弟子に任せるが、どこかうまくいかない。それでぎくしゃくする。飲食店にとってぎくしゃくはとても影響が大きい。お客さんはそれをすぐに感じる。このとき、店主が本店と支店を行き来して、必死に働いているところを弟子たちに見せることができればしのげるかもしれない。働いている人たちを判断して優劣をつけるのではなく、それぞれにいいところを見つけ出し、増長させることなく力づけることができれば経営も上向くのかもしれない。だけど、本店も支店も弟子に任せ、マネージだけしてリスクは弟子に持たせるようなお店は、しばらくしてつぶれる。そういうお店を何軒か見てきた。

消費税がアップし、コロナウィルスが蔓延し、東京オリンピックもどうなるかわからない昨今、年末にはいままでには考えられないような不況になってしまうかもしれない。そういうときだからこそ、お客さんも店員も、みんながハッピーになるようにがんばってきたお店が評価されるようになるのだろう。

愛とは、関わり合う存在をありのままにしてその力を引き出すような、高度な組織化を助ける力。飲食店や企業経営にも、この考えがさらに大切になっていくと思う。

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