自称皇帝

1859年から1880年まで、サンフランシスコに『合衆国皇帝にしてメキシコの庇護者ノートン1世』と自称する変わり者がいた。1858年に事業に失敗し、破産を宣告されおかしくなったようだが、当時のサンフランシスコの人びとの多くは、その彼を非常に愛していたようだ。なぜなら1880年の彼の葬儀に3万の人びとが垣をなし、棺に続く葬列は2マイルにたっしたというのだから。

たまたまウィキペディアでその変わり者ジョシュア・エイブラハム・ノートンの記事を見つけた。とても興味を持った。精神疾患を患っていたようであるが、時々勅令をサンフランシスコの新聞に掲載していたという。ベイブリッジの建設を指示したり、国際連盟の設立を指示したりしている。もちろん、彼の指示では事は動かなかったが、後年実現していく。つまり、ノートンは社会が必要としていたことをきちんと知っていたと言うことになるだろう。

そんな彼はあまりにも人気があったため、最高級のレストランには「合衆国皇帝ノートン1世陛下御用達」と刻んだプレートが掲げられたそうだ。どうも彼はただで食事をしていたようだ。仕事がないので非常な貧乏だったという。あるとき食堂車で食事をしたら、料金を請求されたので、皇帝は勅令として営業停止命令を出したという。すると多くの市民が皇帝を支持したため、鉄道会社はあわてて終身無料パスを発行し、許しを請うたという。

少額の負債のために独自に紙幣を発行したりしたが、それはサンフランシスコ界隈では実際に流通し、50セントから5ドルという紙幣だったが、今ではオークションで1000ドルの価値がつくという。サンフランシスコ市は当時、皇帝の服が古くなると敬意を表し新調したそうだ。

この人に関する本があるなら読んでみたい。ほかにもたくさんの逸話があるので、興味のある方はウィキペディア「ジョシュア・ノートン」の項目を読んでみてください。

ウィキペディア「ジョシュア・ノートン」