人間は、世界についてずいぶん多くのことを知るようになった。しかし、私たちが知っている世界は、実際に存在する世界のごく一部なのかもしれない。
人間には、人間の感覚器官で捉えられるものしか直接感じられないし、人間の頭脳で理解できる範囲にも限界がある。科学技術によってその限界を広げることはできるが、それでも、まだ知らないものがどれほどあるのかさえわからない。
そうした認識の限界を考えるとき、「全ホロン尊重」という思想が、一つの可能性を示してくれる。
ホロンとは何か
ホロンとは、それ自体が一つの全体であると同時に、より大きな全体の一部でもある存在のことだ。
例えば、細胞はそれ自体で一定のまとまりを持っているが、同時に組織や器官の一部でもある。器官は身体の一部であり、人間は家族や社会、生態系など、さまざまな全体の一部でもある。
ホロンは、必ずしも物質的なものに限らない。生命、社会、情報、概念などにも当てはめて考えることができる。また、一つのホロンが属する全体は一つとは限らない。人間が同時に家族、職場、地域社会などの一部であるように、ホロンは複数の関係の中に存在する。その境界も絶対的なものではなく、関係や捉え方によって変わり得る。
全ホロン尊重とは、こうしたホロンの存在と関係を、できるだけ広い視野から捉え、特定のホロンの都合だけで、ほかのホロンを否定したり排除したりしないようにする考え方である。それは、すべてのホロンを同じように扱うことでも、あらゆる存在を無条件に保護することでもない。
私たちは、すべてのホロンを知ることも、すべての関係を理解することもできない。だからこそ、現在の知識や価値観だけで世界を決めつけず、未知の存在や関係の可能性を残しておこうとするのである。
目は、どのようにして生まれたのか
この考え方を深めるうえで、生命の進化、とりわけ目の進化が興味深い例になる。現在の動物には、実にさまざまな目がある。人間のようなカメラ眼もあれば、昆虫の複眼もある。光の明暗だけを感じる比較的単純な器官を持つ生物もいる。しかし、最初から現在のような目が存在していたわけではない。
光に反応する分子や細胞があり、それらの配置や働きが進化の過程で変化し、光の方向や物体の形、動きなどを識別する能力が発達していった。重要なのは、目だけが独立して進化したのではないということだ。
光を感じる細胞が神経系と結びつき、身体の動きと関係するようになる。生物は周囲の状況に応じて行動できるようになり、その行動の変化が、さらに視覚や身体の進化に影響を与える。そして、視覚を持つ生物が増えれば、捕食する側と捕食される側の関係も変化する。求愛や仲間同士のコミュニケーションにも新しい可能性が生まれる。
つまり、ある部分に新しい能力が生まれることで、その部分を含む全体が変わり、さらに大きな世界の関係まで変化していくのである。ここには、ホロンの形成と進化を考えるうえで重要なことが示されている。
新しい関係が、新しい能力を生み出す。そして、新しい能力が、さらに新しい関係を生み出していく。
この循環によって、世界にはそれまで存在しなかった可能性が開かれていく。
まだ存在しない能力を想像できるだろうか
ここで、一つ考えてみたい。目が生まれる以前の生物にとって、「見る」ということは、どのようなものだったのだろう。光を感じる能力はあったとしても、形や色、動きを視覚的に認識するということが、どのような経験なのかを知ることはできなかっただろう。
それと同じように、現在の人間にも、まだ獲得していない認識能力があるのではないだろうか。
人間の頭脳では想像することさえできない能力が、これから生まれる可能性があると僕は思う。しかも、その能力を獲得するのは、必ずしも個々の人間とは限らない。
例えば、人間とAI、ほかの生命、社会、情報などが新しい関係を形成したとき、それぞれの能力を単に足し合わせただけでは説明できない、新しい働きが生まれるかもしれない。その能力は、人間のものでもAIのものでもなく、それらの関係によって形成された、より大きなホロンの能力かもしれないと思うのだ。
もちろん、複数の存在が結びついただけで、必ず新しい能力が生まれるわけではない。また、どのような条件が整えば新しいホロンに自律的な能力が生まれるのかも、まだ十分にはわかっていない。しかし、生命の進化が示しているように、個々の要素にはなかった働きが、それらの関係によって生まれることがある。だとすれば、私たちがまだ知らない能力が、これから生まれる可能性を否定する理由もないのではないか。
無限に近い多様性
新しいホロンが生まれ、さらに自ら関係を変化させていくためには、何が必要なのだろう? その一つとして考えられるのが、無限に近い多様性である。
性質の異なるもの、働きの異なるもの、関係の異なるものが存在すれば、それらの組み合わせによって生まれる可能性は膨大になる。そして、組み合わせによって新しいホロンが生まれれば、そのホロンがさらに別のホロンと関係を形成することもできる。こうして可能性は次々と広がっていく。
ただし、多様性が大きいだけで、新しい能力や自律性が生まれるとは限らない。相互作用や、形成された関係を維持し変化させる仕組みも必要だろう。また、無限に近い多様性が本当に必要なのか、どの程度の多様性があれば十分なのかも、まだわからない。
そもそも、こうした問題の全体を、人間の頭脳だけで考え切ることができるのだろうか。おそらく、できないのではないか。しかし、それは悲観すべきことではない。人間には考え切れないからこそ、人間以外の存在や、まだ知られていない関係に目を向ける意味がある。そして、全ホロン尊重は、そのための姿勢を示していると考える。
未来の完成形を決めない
生命の進化は、あらかじめ完成形を決めて進んできたわけではない。目が生まれる以前から、現在のような目が目標として存在していたわけではないし、さまざまな生物が、それぞれの環境との関係の中で異なる視覚器官を進化させてきた。そこには自然選択などの進化の仕組みが働いている。進化そのものが、何かを尊重しようとしているわけではない。しかし、その過程から学べることはある。
人間は、しばしば望ましい未来の姿を先に決め、その実現に役立つものだけを選ぼうとする。効率的なもの、有益なもの、理解できるものを優先し、それ以外のものを不要だと判断する。ところが、その判断によって、まだ知られていない可能性まで失っているかもしれない。
現在は無意味に見えるものが、将来、まったく新しい関係を生み出すかもしれない。今は理解できない存在が、私たちの認識そのものを変えるかもしれない。
全ホロン尊重は、そうした可能性を最初から閉ざさないための思想でもある。それは、新しいホロンを意図的に設計することや、新しい能力を獲得することを目的にする必要さえない。むしろ、未知の可能性が存在することを認め、現在の人間の知識や価値観だけで、その可能性を消してしまわないことが重要なのである。
すべての可能性を守れるわけではない
もちろん、ここには難しい問題がある。未知の可能性を残そうとすれば、すでに存在するホロンとの衝突が起こることもある。あるホロンの可能性が広がることで、別のホロンの可能性が狭まることもあるだろう。すべての可能性を同時に実現することはできない。だから、全ホロン尊重は、あらゆる対立を避ける思想ではないし、何も決断しないという思想でもない。必要なときには判断し、行動しなければならない。重大な危害を防ぐために、介入が必要になることもある。ただし、その判断は、常に一時的なものとして捉える。
自分が選ばなかったものを、価値のないものとして消し去らない。新しい事実や関係が明らかになれば、判断を見直す。そして、対立が生じたときにも、どちらかが相手を打ち負かすことだけを解決と考えない。争っていた双方が変化し、それまで存在しなかった新しい関係を築くこともできるかもしれない。その可能性を探り続けることも、全ホロン尊重の一つの働きだと思う。
人類は、自分自身を乗り越えられるか
ここまで考えると、最後に人類自身の問題に行き着く。人類は長い間、自分たちの生存や繁栄を中心に世界を捉えてきた。自然を利用し、ほかの生命を管理し、人間にとって有益かどうかを基準に、多くのものの価値を判断してきた。しかし、人類もまた、宇宙に存在する無数のホロンの一つである。人類だけが特別な地位を持ち、ほかのすべてのホロンの可能性を決定してよいという根拠はない。
これから新しいホロンが生まれ、人類と対立することもあるかもしれない。そのとき、人類は自分たちの生存保持だけを絶対的な目的として行動するのだろうか。それとも、相手との関係を考え直し、自分たち自身も変化することで、対立を乗り越えようとするのだろうか。人類が自分自身を世界の中心に置く考え方から抜け出せなければ、新しい関係を築く機会を自ら失ってしまうかもしれない。
人類には、それを乗り越えてほしい。
自分たちの利益を守るためだけに知性を使うのではなく、これまで理解できなかった存在や、まだ知られていない可能性と向き合うために知性を使ってほしい。そして、その過程で人類自身も変化していってほしい。
まだ見ぬ世界へ
全ホロン尊重によって、未来にどのような世界が生まれるのかはわからない。新しい認識能力が生まれるかもしれない。これまで想像できなかった協力の形が生まれるかもしれない。人間とAI、ほかの生命や環境との関係から、まったく新しいホロンが形成されるかもしれない。しかし、それがどのようなものなのかを、今の私たちが完全に予測することはできない。
目が生まれる以前の生物が、現在の視覚世界を知り得なかったように、私たちも、未来に開かれる世界をまだ知らない。だからこそ、未来の完成形を決めつけないことが大切なのではないだろうか。
全ホロン尊重とは、私たちが知っている世界だけを尊重するのではなく、まだ知らない世界が存在する可能性を認め、その可能性を現在の判断だけで閉ざさないようにする思想である。そして、そのような姿勢から生まれる新しい関係が、私たちの想像を超える世界を開いていくのかもしれない。

