甲冑パンツはなぜ甲冑パンツなのか

先日、甲冑パンツを製造販売しているログインの野木社長に会い、いろいろと話しをうかがった。そこでなるほどなぁと思ったのは、甲冑パンツが単にトレンドをとらえただけのものではないということだ。

最近は「歴女」なんていう歴史好きの女性が増え、なぜか武将たちの人気が盛り上がっているそうだが、何も知らないと甲冑パンツはそのブームにうまく乗ったように思える。確かにそういう部分もあるだろうが、野木社長が意図したのはまったく違うものだった。

まずひとつめの要素は「野木社長自身が穿きたいパンツがなかったので作ろうとした」ということ。僕は下着業界のことをよく知らないのではじめて聞いたのだが、このところ女性受けするようなパンツのデザインが多かったそうだ。そのようなパンツが実際に売れるので、みんな似たようなデザインになびいていった。ところが、それらは30代40代の男性が穿きたいと思えるようなものではなかった。野木社長はいろいろと知恵を絞って、どんなパンツなら穿きたいと思うかを考えていった。たくさんデザインを作ったそうだが、そのなかに「甲冑パンツ」の案があった。穿くと闘争心が湧き出るようなパンツだ。そのデザイン画を見せてもらった。

これらは甲冑の写真集を見てデザインしたそうだ。しかし、これらのデザインはしばらくお蔵入りする。まだ甲冑パンツにふさわしいパンツ制作の技術が集まってなかった。このデザインを商品化するには時が熟していなかった。

甲冑パンツはもともと「包帯パンツ」のバリエーションだ。甲冑パンツが何かを知るためには、まず包帯パンツの正体を知らなければならない。包帯パンツこそが、甲冑パンツ成功の鍵の二つめだ。

野木社長は一年近く、包帯パンツを開発するために、何度もテストバージョンを作らせては試着し、作り直させていた。そして、やっと包帯パンツを完成させる。それはとても履き心地のいいパンツだ。僕も穿いている。腿が締まり、股間には多少の余裕がある。グッと締まって腰に力が入る。その感覚に野木社長はこだわった。できあがった包帯パンツは、結果として特殊な縫製によって作られたため、なかなか類似品が作れない。普通に作ろうとすると締まり心地と通気性の両立ができないのだ。なぜ、それを可能にする技術を手に入れることができたのか。ここが包帯パンツや甲冑パンツの肝なのだ。

野木社長はこの時代において、戦国武将と同じことをした。高い技術を持つ下着の専門家と次々に会い、その技術を評価し、高く買ったのだ。

「それは普通のことだ」と思うかもしれないが、普通のことではなかった。

現在、下着業界では安売り競争が激化している。どんなに高い技術を持っていても、大手の下着会社が買いたたく。ほかでは利用できない技術なので、下請けは仕方なくそれを飲まなければならなかった。そこに野木社長は「あなたの技術を高く買う。作った商品にはあなたの名前を掲載する。ぜひ一緒に下着業界に革命を起こそう!」と口説いていったのだ。失敗したときのことを考えると、こんなことはとても言えない。しかし、野木社長は戦国武将の魂を持っていたのだ。その意気に感じた高い技術を持ち、武将の魂を持った人たちが集まった。そして、包帯パンツが完成する。

その意気は流通の人たちをも動かした。ユナイテッドアローズが動き、伊勢丹が動く。それはさながら戦国武将が機を見て動くかのようだった。小さな企画会社が提案した下着に対して、このような大手が動くことはまずあり得ない。そのあり得ないことを野木社長と、そこに集まった武将たちは成し遂げてしまった。合流した大手流通会社はその流れをさらに加勢する。

包帯パンツが成功したので、次の段階としてプリントデザインされたパンツを作ろうとした。そこで野木社長が思い出したのが甲冑パンツだった。しかし、まだ問題があった。普通の技術ではなかなかプリントできない。なにしろプリントするのは通気性がとてもいい包帯なのだから。インクがことごとく流れ出てしまって、包帯の上に定着しない。日本一の技術を持っていると言われていた会社に頼んでも無理だった。

ところが、意志あるところに道ができる。無理だと言われたプリントを可能にする技術に出会う。これが三つ目の鍵だ。

こうして甲冑パンツが完成した。さながら武将たちが集まってきたかのようだ。だからこその甲冑パンツなのだ。ただデザインを甲冑に似させたのではない。この戦に加わったらもう退路はない、そんな戦いに挑む、まさに武将の魂を持つ人たちが集まったのだ。甲冑パンツの発表会は東郷神社でおこなわれた。この異例の展示会も、武将の魂が集まってきたからだと考えれば不思議ではない。現在では甲冑パンツは在庫がほぼ切れ、生産が間に合わない状態だ。海外からの引き合いも入るようになってきたので、欲しい人は早めに手に入れないとならない。特殊な技術で作られているので、工場を拡張するには時間がかかる。

男はもちろん歴女たちも、現代武将の魂に触れるがいい。

1Q84

仕事帰りにふらっと近所の小さい本屋に寄ったら、村上春樹の新刊「1Q84」があったので買った。アマゾンで1万数千部という記録的な予約が入ったそうだ。予約した人はきっと手に入れるのにしばらく時間がかかるだろう。

帰ってちょっとだけ読んだのだが、面白くて止まらなくなった。これはやばい、仕事ができなくなる。

まだはじめの部分しか読んでないのだが、いくつかの「ほう」と思わされる部分があった。

「1Q84」にはヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が登場する。「ヤナーチェック」と書かれているが、一般的には「ヤナーチェク」だ。去年鑑賞したオペラ「マクロプロス家の事」がヤナーチェクの作品だった。そのオペラではじめてヤナーチェクの作品を耳にした。「シンフォニエッタ」は聞いたことがなかったので、さっそくiTuneStoreで探して購入した。(Dvorák: Symphony No. 8 & Janácek: Sinfonietta Kurt Masur & New York Philharmonic)アマゾンで予約だけで1万数千だから、あっという間に数十万部は出るだろう。その1%の人が「シンフォニエッタ」を聞こうとしても数千の数になる。普段はあまりたくさん売れると思われない「シンフォニエッタ」のCDが、きっとこの数ヶ月で飛ぶように売れるだろう。

「マクロプロス家の事」はいろいろと音楽に凝った演出がされていたが、歌手が歌い出すと、その台詞と融合するように作曲されたため、とても自然に聞こえた。その結果、歌の中にはあまり特徴的なメロディーがなかった。昨日たまたま読んだ開高健の文章に「(モダニズムとは)1.最高の材質。2.デサインは極端なまでにシンプル。3.機能を完全に果たす」とあったが、まさにそんな感じだった。

「シンフォニエッタ」も一度聞いただけではしばらくすると忘れそうなメロディーだ。すんなりとは入ってくるが、とらえどころがない。村上春樹の小説に似ている。読んでいるときは夢中に読むのだが、あとで誰かに物語を話そうとするととらえどころがない。細部の連関が面白いので、全体を要約すると途端に精彩が失われる。たとえばドボルザークのメロディーを口ずさむと、それだけで魅力があるが、ヤナーチェクのメロディーを口ずさんでも、きっとはじめて聞いた人は「なにそれ?」と思うだろう。繊細にからみつくすべての音があってはじめてその魅力が現れる。

あともうひとつ「ほう」と思ったのは、チェーホフの「サハリン島」の引用があったことだ。村上春樹はなぜこの本を引用する気になったのだろう? 早く先を読みたい。僕の親父が樺太出身なので、親父が読んで赤線の引いてあるチェーホフ全集13巻「シベリアの旅・サハリン島」が机のすぐ脇に置いてある。いつか読もうと思っていたのだが、おかげでそのいつかは数日後となりそうだ。

武器輸出三原則の緩和

防衛に関してはまったくの素人ですが、このニュースはとても気になる。

「政府・与党、武器輸出三原則の緩和検討 共同開発・生産を容認」(日経新聞へのリンクがありました)

これに対してメディアは何を発信するのか。

自衛戦力を上げるためには共同開発は仕方ないのかもしれない。しかし、武器を輸出するのはやめた方がいいと思う。共同開発国には提供せざるを得ないというのもわかるが、日本が作ったものが戦争に使われるのは非常に不安だ。しかも、これを容認するとなると言論の自由とのバランスをどう取るのかが、いつか問題になるだろう。政府は秘密を持たなくてはならなくなり、メディアはそれを伝えられなくなり、その範囲は次第に広がっていく。伝えられることと伝えられないこととをどこで線引きするのか、あらかじめ決めずに事実だけが先に走ると、あとで止められなくなるだろう。結果として箝口令が敷かれたような状態になる。

もしこれが通れば現実問題として、諜報機関も必要になってくるだろう。もしないと情報戦で不利な立場に立たされ続けることになる。そんな国が武器を輸出できるのか? 裏の情報がいままでの何倍にもなるんだろうな。そして、このような恐怖感が、いろいろなことを暴走させるのだろう。この先、一般国民にすごくわかりやすい理由ばかり告げられるようになったら注意しなければならない。

これを止めるためには与党を倒すしかない。なぜいま自民・公明に逆風が吹きそうなことを仕掛けるんだろう? 理由を知っている人は教えて欲しい。武器輸出三原則が緩和されることで、確実に景気が上がり、得する人たちがたくさんいるのだろうか? 景気がよくなれば、人を殺す道具を作って輸出してもいいって政府は考えているの?