流しの歌とダメな僕

新宿のゴールデン街にひとつ行きつけの店がある。そこは人気の店なので、行けばお客さんで一杯だ。カウンターにいるMさんがとても魅力的なのだ。

その店に必ず来る流しのおじさんがいる。ギターをかついでやってくるのだけど、とても下手くそだ。コードは適当、歌もうまくない。はっきり言って聞いていると苦痛になる。だけどそのおじさん、下手だと言うことをまったく意に介さずに歌い続ける。たいていその店がいっぱいだと、なんとなくみんな聞きたくないものだから無視してしまう。僕も困ったなぁと思いながら無視をしていた。無視されて出て行くときのおじさんの背中を直視することはできなかった。

ある日、僕と友達とふたりで行ったら、お客さんが誰もいなかった。Mさんと三人で飲んでいると、そこに流しのおじさんが来た。Mさんは「なんか歌ってよ」と言う。おじさんはよろこんで一曲歌った。そこで僕ははじめてリクエストしてみた。見事に下手なその歌を歌ってくれた。苦痛を通り越して笑ってしまうようなその歌。千円渡してありがとうと言ったら喜んでくれた。

世の中では、みんな自分の仕事の技術を高めて報酬を得ることに汲々としている。僕もそうだ。技術が高くないと報酬が得られない世界で生きている。しかし、ゴールデン街の流しのおじさんは、その対極にいる。下手だけど、それでもいいという存在の仕方をしている。それで商売をしている。なんかそういうことにすごく引かれた。なんかいいなぁと思った。

きっと「芸は高めなければいけない」と思っている人たちから見れば、そういう人に引かれる僕ってダメな人間なんだろうな。

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