ピラミッド社会から球体社会へ

ネットができて、互いに共感し合えるコミュニティがたくさんできた。そういうコミュニティはたいていピラミッド構造にはなっていない。互いの距離がほぼ一致した球体社会と呼んでいいものだと思う。それはまたの名を共感社会とも言えるだろう。

一番わかりやすい球体社会は、最近の家族だ。最近のいい家族はあまりピラミッドのようにはなっていない。かつては父権制とかいって、父親が頂点のヒエラルキーを作っていた。でもそんなのは日本人にはしっくりこなかった。いまの自民党はそれに戻そうとしているようだが、きっと失敗するだろう。現代は球体社会に向かっている。共感社会に向かっている。だから、父親は妻や息子や娘の言うことをなるべく聞くように頑張ってしまう。権力があるのは金を握っている父親だろうが、最近は母親も共働きで金を握っている。頂点がひとつのヒエラルキーにはもうなれない。ヒエラルキーを作ろうとする家族は崩壊しやすい。崩壊とは、簡単に言えば離婚のことだ。だから、円満な家族はあまりヒエラルキーを目指さない。自然と球体社会を目指す。みんなの意見を聞くようになる。

会社でこれをするのはまだ難しいだろう。でも、少しずつそっちの方向に向かっていくと思う。そのためには、各メンバーが意見を言い合わなければならない。でも、「・・・しなければならない」という言葉が問題だ。するべきときにして、しなくてもいいときはしなければいい。それだけだ。でもそれが難しい。
たとえば家族で「必ず互いの意見を言い合わなければならない」としたら、それはとてもややっこしい話になる。家族でいいのは、互いに相手のことを気遣って上げるというスタンスだ。それができるかどうか。会社でも同じことだろう。でも、その関係性を確立するのが難しい。はじめのうちはゴツゴツとぶつかり合いながら、いい塩梅を作っていくしかないだろう。それはきっと家族も同じだと思う。

そういう関係性のグルーブは、まずは小さいところからしかできないのだと思う。小さなグループでそれが成功したら、それを少しずつ拡大していく。だから最初の小さな社会は、球体社会と言うよりは、泡社会とでも呼ぶべき小さなものだろう。泡が成功したら、それをシャボン玉のように膨らます。下手に膨らますとすぐに破裂する。でも、このさじ加減を知ることが僕たちには大切なことなのではないかと思う。このときに大切なのは陰と陽。いいこともあれば、悪いこともある。いいことがあっても図に乗らない。悪いことがあっても過度に悲観しない。多くの泡社会ができればできるほど、球体社会に脱皮していくものが増えていくだろう。トライアンドエラーの例が増えていくから。

インターネットができたばかりの頃、あちこちでコミュニケーションが炎上した。文字だけのやりとりで感情的なことをどのように伝えるか慣れていなかった。つい互いに感情が炎上して、いまより余程激しい炎上があった。いまはないわけではないが、かつてのようなものではないだろう。

互いにうまく感情のやりとりをして、楽しく球体社会を作れるようになりたいものだ。そのことを通して、会社や地域社会や、国なども変わっていくのだと思うし、そうであって欲しい。

ピラミッド社会を維持しようとするひとは、手放した方がいいと思う。球体社会を目指す人は、ピラミッド社会を目指す人を攻撃するのではなく、あなたの泡に含めて上げて欲しい。泡がはじけてしまうことに注意して。

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