12月

16

自転車のタイヤに空気を入れる

自転車のタイヤから空気が抜けるとペダルが重くなる。
空気を入れ直すと、それまで力を入れて漕いでいたのが、急に軽くなる。
スイスイ。

11月

13

上井草駅

上井草の洋食店に四十数年ぶりに行った。
店内にラグビーのユニフォームが飾ってあった。
以前はそのようなものはなかった。
調べると、早稲田大学ラグビー蹴球部のグラウンドが2002年に上井草に移転したのだ。
別の時にグラウンド前を通りかかると、練習をたくさんの人が眺めていた。
駅の雰囲気が変わった理由がわかった気がした。

11月

1

激しい息をする

入院して以来、激しい息ができなかった。
息だけ激しくすることはできたかもしれないけど、運動して息が上がるということがなかった。
息が上がるほどからだを動かせなかったから。
最近やっと、自転車で走ると息が上がる。
それがありがたい。
ちょっとした坂でも途中で力が入らなくなった。
いまは踏ん張って上がれるようになってきた。
スピードも上げられる。
呼吸が激しくなる。
うれしい。

10月

26

流れの変化

流されていればいいと思い込まされてきた。
それが違うことが発覚しつつある。
自分の立場で正しいこととは何か?
考えない者は渦に巻き込まれ、飲まれてしまう。
ものは考えよう。
サーフィンと同じだ。
乗りこなせばいい。

10月

21

クロスバイクに乗る

ずっとママチャリに乗ってきたが、ひさしぶりにサイクリング用のクロスバイクに乗ったら、足がつりそうになった。
またごうとしただけなんだけどな。

5月

18

獅司 対 狼雅

両者のしこ名と出身地がアナウンスされると、東京・両国国技館内は温かい拍手に包まれたそうだ。
大相撲夏場所10日目。
獅司はウクライナ、狼雅はロシア出身。
下手投げで狼雅の勝ち。

4月

17

サイクリング

このところ、雨が降っていなければ、1時間ほどサイクリングをしている。
ただ走るのはつまらないので、コースを決めて時間を計ったり、目的を作って走ったりしている。
目的となりやすいのは、ランチだったり、おいしいお菓子のあるお店。

2月

7

子供のサッカー大会

イスラエルとパレスチナから子供たちを招き、平和のために日本の子供達と一緒にサッカーをしてもらおうという企画が立ち上がり、手探りで実現に向け準備して行ったとき、その仲間に入れてもらった。
2003年のこと。
子供でもイスラエルとパレスチナの人たちが同席するのは不可能だろうと言われ、あちこちから無理なことはするなと言われ、何か起きたらどう責任を取るんだと責められた。
それでもボランティアは集まり、無事にイスラエル・パレスチナから子供たちは来日し、サッカー大会当日は予定人数を大幅に上回るボランティアが集まった。
サッカー場を走る子供達は、小学生で、さほどサッカーが上手いというわけではなかった。
はっきり言えば、「子供がサッカーをしている」ただそれだけに見えた。
だけど、「海を見たのははじめて」という子がいた。
もちろん国外に出るのはほぼ全員はじめてだった。
「行ったことのない国で、普段は敵だと言われている子供と会う」
それはどんな体験なんだろうと考えたとき、彼ら一人一人がヒーローに思えた。

11月

26

走る

最近は走れなくなった。
10年前までは1時間に10kmくらい走っていたが、いまは10km歩くのでもひーひーいう。
無理はしない程度に、少しずつ走る距離を伸ばしたい。
できることなら以前の状態に。
できないのならできるとこまで。
そういう状態だから、走るということの気持ちよさがじわりとわかる。
「走るのつらい」とか思っていたが、「つらい」のなかにほのかに香る気持ちよさを思い出す。

11月

4

かたいからだ

からだがかたくなったと思う。
滑らかな動きがしにくい。
動画サイトで踊っている女の子を見て、「こういう動きはもうできないな」と思った。
そこでやってみる。
からだじゅうがゴキゴキいう。
でも、何か楽しい。

10月

28

相方と甩手(すわいしょう)

先日習った太極拳を少しずつやっている。
いまはまだ甩手を起きてからするくらい。
そろそろ八段錦の第一段錦もやろうかなという段階。
数日甩手をやっていたら、相方も一緒にやり出した。
一人でやるより楽しい。
太極拳独学のためのビデオはこちら。
https://youtu.be/kGNKs45Iaps

9月

13

衰えを観察

この数年で体力がかなり落ちた。
かつてのように走れないし、力も入れられない。
四十を過ぎたくらいから筋肉は簡単に発達しなくなった。
運動を続けていると少しずつ筋肉がつくくらい。
若い頃には運動すれば筋肉はついたのに。
だから運動を続けるようにした。
しかし、五十を過ぎると、四十の時のようにも筋肉はつかなくなる。
ただ落ちていくだけ。
運動をすると同じ状態が継続できる程度。
それでときどき少しだけ付いたかな?と思うこともあった。
でもさぼるとすぐに落ちる。
健康でいたいなら、運動することを仕事にしないと無理だな。
そういう意味で農作業はいいかも。

8月

30

少しずつのバタフライ 

プールに行くと、ドルフィンキックで25m潜水していた。
10年近く続けてきたが、監視員に注意されてしまった。
「潜水禁止です」と。
いままで一度も注意されなかったのに。
「いつから?」と聞いたら「ずっとそうです」という。
プールに行く楽しみのひとつが失われた。
プールの底を、イルカと泳ぐのを思い出しながらドルフィンキックで潜水するのが楽しかったんだけどなぁ。
そこで仕方ないのでバタフライを始めることにした。
かつて僕のバタフライは力技だったので、プール全体の水面が揺れてしまい、まわりに迷惑をかけるものだったのであまりしなかった。
でも、10年も泳いでいると、水のつかみ方がうまくなったのか、あまり力を入れなくても進むようになっていた。
もっとうまくなるまで続けよう。

8月

15

黙祷について

東京オリンピック開会式の黙祷について、いろんな話が浮上している。
オリンピックの間に亡くなったかたがたに黙祷を捧げた。
それだけでいいじゃないか。
どうしてもというなら、対立の状況をそれぞれの立場で知りましょう。

7月

28

20km自転車で走る

若い頃には20kmくらい自転車で走ってもたいしたことはなかったが、最近は楽ではなくなった。
一ヶ月ほど前にひさしぶりに走ったとき、帰ってすぐにソファで寝てしまった。
二度目に走ったときも疲れていた。
三度目はあまりたいしたことはなくなっている。
運動は大切だ。

7月

24

東京オリンピック開会式に対する共感

昼にブルーインパルスが飛んだ。
残念ながら五輪のマークを完全な形でカメラに捉えた人はいなかったようだ。
雲があったし、風が強かったのかもしれない。
残念であったが、まだパラリンピックがある。
開会式の式典は、ピクトグラムのプレゼンテーションは面白かったものの、それ以外はいまひとつ僕にはピンとこなかった。
あれだけ人が入れ替わるのだから、トップに立つ人にビジョンも信念も欠けていたのだろうと思う。
下で働いた人は大変だっただろう。
会場の外では、オリンピックに反対する人たちと、警官たちとの間で小競り合いが起きていたとか。
デモをしたい気持ちもわかるが、あれだけ大金を投入したのだから成功させたいという気持ちもわかる。
ピラミッド社会が崩れはじめ、球体社会に移行しつつある。
インターネットが生まれたときからそれは始まっていた。
なのに、IT会社がピラミッドを維持しようとしているのはちぐはぐに思う。
トヨタはさすがだなと思う。
時代の嗅覚がほかの企業と比べて桁違いだ。
いま経験しているのと同じような難局が、これから数年、あらゆる分野で起きるのだと思う。
社会のメタモルフォーゼのためには必要なステップなのだろう。

7月

22

東京オリンピックに対する先見の明

東京オリンピック2020オリンピックスタジアムは、観客が入らなくても目立たないように観客席が彩色されている。
先見の明があったな。
誰がオリンピックに人が入らないって考えたんだろう?

6月

19

死の準備

若い頃に「死の準備」なんて言われたら、きっとギョッとしただろう。
でも歳を取ってくるとそうでもない。
当たり前のこと。
30代には筋肉の付き方が変わった。
それ以前は運動すれば筋肉がついた。
30代になるとその速度が落ちる。
40代には、筋肉を付けるためには少々我慢が必要になった。
50代には、新しく筋肉を付けるのはほぼ無理なので、できる運動を繰り返すことで筋肉を維持する。
ここから先は未知だ。
プールで親しくなった70代の女性が、「もう筋肉付けるのは無理」と言っていた。
別の80代の男性は「腕が上がらなくなった」と泳ぐのをやめた。
こうして心の準備も整っていく。

6月

18

ゆっくり漕いで速く漕ぐ

その泳ぎ方を僕はイルカから習った。
ゆっくりと漕いで加速して最後を速く。
水は最初から速く漕ぐと着いてこない。
最初はゆっくりと漕いで水が着いてくるのを待つ。
着いてきたら加速して、最後は速く。
でも、さじ加減が微妙。
同じようにやっても全然進まないこともある。
ぐーっと進めると気持ちいい。

6月

8

自転車で走る

本を借りたくて、関町南の図書館まで自転車で走る。
片道10kmほど。
8Kmほどのところに僕が卒業した高校がある。
かつてはそこに毎日自転車で通っていた。
だからそれプラス2kmは楽勝だと思った。
行きは問題なし。
車や風と競うようにスピードを出して走った。
問題は帰り道。
からだの感覚がちょっと違う。
16歳の頃の僕とはどう考えてもからだが違う。
感覚としてはちょっとだが、そのちょっとが大きい。
家に着いてソファに座ったら、いつの間にか眠ってしまった。
と書きたいところだが、現実にはあっという間だった。

4月

20

泳ぐ

流れていく水を感じながら泳ぐ。
流れに同調すると、力を入れる場所がわかる。
それに従うとあまり力を入れなくても進んでいく。
水を掻いているのか、水に運んでもらっているのか、曖昧になる。

2月

15

復興オリンピック

復興オリンピックという名前で2020東京オリンピックの準備は始まった。
当初は311の復興かのように思えたが、どんどん予算が膨らみ、「復興」の言葉は言われなくなった。
ところで、1940年、中止になった東京オリンピック。
当時はこれを機に、オリンピックのことを五輪と呼ぶようになった、
アジアで初、有色人種国家でも初のオリンピックは、日中戦争や当時の世界情勢のために中止となった。
その後、日独伊三国同盟と連合国がぶつかった。
結果として三国同盟は負けた。
2013年、2020東京五輪が決まったとき、なんとなく、このオリンピックも中止になるのではないかと思った。
なぜそう思ったのかは明確ではない。
当時はただ、「歴史が繰り返される」のではないかと思っただけだ。
最近、なぜそう思ったのかがうっすらと理解できるようになってきた。
それは、価値観の変更に関係があるなと。
三国同盟と連合国の対立と当時は見ていたが、戦争が終わってはっきりとなくなったのは帝国主義だった。
大国が小さな国を併合し、従えていく。
そんな帝国主義の流れが薄らいでいった。
しばらくは継続したが、植民地は次々と独立していった。
それと同じようなことが、今回のオリンピックを契機に起きてくるのではないか。
いまを生きている僕たちにははっきりとは見えない価値観が立ち上がり、古い価値観とすり替わっていく。
それがいったい何か、それを僕たちはいまうっすらと感じつつある。
心の復興となる、何ものかが。
それはNWOと呼ばれるものとは違う気がする。

6月

5

寝転がる

わざわざ書くまでもないことを書くなと思うかもしれませんが、切実に寝転がることが気持ちいいと感じたので書きます。
二ヶ月ぶりに泳いだことは6/3に書きましたけど、その二日後に再び泳ぎに行ったのです。
いつものように泳いだつもりでした。
ところが「いつものように」ではなかったのです。
泳いでいるときは「いつもよりからだが重いな」くらいにしか思っていなかったのですが、一晩明けて朝起きたら、からだが動かない。w
体中が筋肉痛で大変です。ww
なんとか起きてキッチンで水を飲み、もう一度寝転がりました。
気持ちいい!
起き上がりたくなかったのですが、起きました。
また寝転がりたい。

6月

3

二ヶ月ぶりに泳ぐ

ほぼ二ヶ月ぶりに泳いだ。
この十年、週に二度くらいは必ず泳いでいたので、こんなにブランクがあいたのははじめて。
以前と同じように泳げるのか心配だったが、なんとか二キロ泳げた。
そのかわり時間がかかった。
早くもとの状態に戻したい。
一掻きするごとに、おやっ?と思う。
前はもう少し進んでいたはずなのに。
どこがどう違うかはわからないが、きっと何かが違うのだろう。
一緒に泳いでいた泳ぎのとてもうまい人も、フォームが少し崩れていた。
端から見ているとわかることが、自分ではどうやらわからないらしい。
少しずつ慣らしていこう。
泳げてうれしい。

5月

22

紺碧の空

twitterに「紺碧の空」を歌う学生たちの映像が流れて来た。
NHKの朝ドラ「エール」の一場面を切り取って流したもの。
とても懐かしい。
球場で、喉がかれるまで歌った。