7月

24

東京オリンピック開会式に対する共感

昼にブルーインパルスが飛んだ。
残念ながら五輪のマークを完全な形でカメラに捉えた人はいなかったようだ。
雲があったし、風が強かったのかもしれない。
残念であったが、まだパラリンピックがある。
開会式の式典は、ピクトグラムのプレゼンテーションは面白かったものの、それ以外はいまひとつ僕にはピンとこなかった。
あれだけ人が入れ替わるのだから、トップに立つ人にビジョンも信念も欠けていたのだろうと思う。
下で働いた人は大変だっただろう。
会場の外では、オリンピックに反対する人たちと、警官たちとの間で小競り合いが起きていたとか。
デモをしたい気持ちもわかるが、あれだけ大金を投入したのだから成功させたいという気持ちもわかる。
ピラミッド社会が崩れはじめ、球体社会に移行しつつある。
インターネットが生まれたときからそれは始まっていた。
なのに、IT会社がピラミッドを維持しようとしているのはちぐはぐに思う。
トヨタはさすがだなと思う。
時代の嗅覚がほかの企業と比べて桁違いだ。
いま経験しているのと同じような難局が、これから数年、あらゆる分野で起きるのだと思う。
社会のメタモルフォーゼのためには必要なステップなのだろう。

7月

22

東京オリンピックに対する先見の明

東京オリンピック2020オリンピックスタジアムは、観客が入らなくても目立たないように観客席が彩色されている。
先見の明があったな。
誰がオリンピックに人が入らないって考えたんだろう?

6月

19

死の準備

若い頃に「死の準備」なんて言われたら、きっとギョッとしただろう。
でも歳を取ってくるとそうでもない。
当たり前のこと。
30代には筋肉の付き方が変わった。
それ以前は運動すれば筋肉がついた。
30代になるとその速度が落ちる。
40代には、筋肉を付けるためには少々我慢が必要になった。
50代には、新しく筋肉を付けるのはほぼ無理なので、できる運動を繰り返すことで筋肉を維持する。
ここから先は未知だ。
プールで親しくなった70代の女性が、「もう筋肉付けるのは無理」と言っていた。
別の80代の男性は「腕が上がらなくなった」と泳ぐのをやめた。
こうして心の準備も整っていく。

6月

18

ゆっくり漕いで速く漕ぐ

その泳ぎ方を僕はイルカから習った。
ゆっくりと漕いで加速して最後を速く。
水は最初から速く漕ぐと着いてこない。
最初はゆっくりと漕いで水が着いてくるのを待つ。
着いてきたら加速して、最後は速く。
でも、さじ加減が微妙。
同じようにやっても全然進まないこともある。
ぐーっと進めると気持ちいい。

6月

8

自転車で走る

本を借りたくて、関町南の図書館まで自転車で走る。
片道10kmほど。
8Kmほどのところに僕が卒業した高校がある。
かつてはそこに毎日自転車で通っていた。
だからそれプラス2kmは楽勝だと思った。
行きは問題なし。
車や風と競うようにスピードを出して走った。
問題は帰り道。
からだの感覚がちょっと違う。
16歳の頃の僕とはどう考えてもからだが違う。
感覚としてはちょっとだが、そのちょっとが大きい。
家に着いてソファに座ったら、いつの間にか眠ってしまった。
と書きたいところだが、現実にはあっという間だった。

4月

20

泳ぐ

流れていく水を感じながら泳ぐ。
流れに同調すると、力を入れる場所がわかる。
それに従うとあまり力を入れなくても進んでいく。
水を掻いているのか、水に運んでもらっているのか、曖昧になる。

2月

15

復興オリンピック

復興オリンピックという名前で2020東京オリンピックの準備は始まった。
当初は311の復興かのように思えたが、どんどん予算が膨らみ、「復興」の言葉は言われなくなった。
ところで、1940年、中止になった東京オリンピック。
当時はこれを機に、オリンピックのことを五輪と呼ぶようになった、
アジアで初、有色人種国家でも初のオリンピックは、日中戦争や当時の世界情勢のために中止となった。
その後、日独伊三国同盟と連合国がぶつかった。
結果として三国同盟は負けた。
2013年、2020東京五輪が決まったとき、なんとなく、このオリンピックも中止になるのではないかと思った。
なぜそう思ったのかは明確ではない。
当時はただ、「歴史が繰り返される」のではないかと思っただけだ。
最近、なぜそう思ったのかがうっすらと理解できるようになってきた。
それは、価値観の変更に関係があるなと。
三国同盟と連合国の対立と当時は見ていたが、戦争が終わってはっきりとなくなったのは帝国主義だった。
大国が小さな国を併合し、従えていく。
そんな帝国主義の流れが薄らいでいった。
しばらくは継続したが、植民地は次々と独立していった。
それと同じようなことが、今回のオリンピックを契機に起きてくるのではないか。
いまを生きている僕たちにははっきりとは見えない価値観が立ち上がり、古い価値観とすり替わっていく。
それがいったい何か、それを僕たちはいまうっすらと感じつつある。
心の復興となる、何ものかが。
それはNWOと呼ばれるものとは違う気がする。

6月

5

寝転がる

わざわざ書くまでもないことを書くなと思うかもしれませんが、切実に寝転がることが気持ちいいと感じたので書きます。
二ヶ月ぶりに泳いだことは6/3に書きましたけど、その二日後に再び泳ぎに行ったのです。
いつものように泳いだつもりでした。
ところが「いつものように」ではなかったのです。
泳いでいるときは「いつもよりからだが重いな」くらいにしか思っていなかったのですが、一晩明けて朝起きたら、からだが動かない。w
体中が筋肉痛で大変です。ww
なんとか起きてキッチンで水を飲み、もう一度寝転がりました。
気持ちいい!
起き上がりたくなかったのですが、起きました。
また寝転がりたい。

6月

3

二ヶ月ぶりに泳ぐ

ほぼ二ヶ月ぶりに泳いだ。
この十年、週に二度くらいは必ず泳いでいたので、こんなにブランクがあいたのははじめて。
以前と同じように泳げるのか心配だったが、なんとか二キロ泳げた。
そのかわり時間がかかった。
早くもとの状態に戻したい。
一掻きするごとに、おやっ?と思う。
前はもう少し進んでいたはずなのに。
どこがどう違うかはわからないが、きっと何かが違うのだろう。
一緒に泳いでいた泳ぎのとてもうまい人も、フォームが少し崩れていた。
端から見ているとわかることが、自分ではどうやらわからないらしい。
少しずつ慣らしていこう。
泳げてうれしい。

5月

22

紺碧の空

twitterに「紺碧の空」を歌う学生たちの映像が流れて来た。
NHKの朝ドラ「エール」の一場面を切り取って流したもの。
とても懐かしい。
球場で、喉がかれるまで歌った。

4月

29

泳ぐイメージ

このところ運動不足なので泳ぎたい。
「泳ぎたいよー」と言ったら、相方が「ここで泳げば?」といい、畳の上を指さす。
「畳の上でこうやって泳ぐのかい?」といって、畳にうつぶせて泳ぐ真似をした。
そんなことしねーよ。

3月

31

クロール・平泳ぎ・背泳ぎ

週に何度か泳ぐのに、以前はずっとクロールで泳いでいたが、最近はクロール・平泳ぎ・背泳ぎを100mずつ泳ぐことを繰り返して2000mにする。
背泳ぎはずっと下手糞で、はじめのうちは25m泳ぐとゼイゼイいっていた。
最近は遅いけどスムーズに泳げて疲れはしない程度になってきた。
この三種類の泳ぎ方で泳いでいると、全部息継ぎのタイミングが違うせいか、泳ぐときの感覚が違う。
クロールは楽に泳げるようになったので、多少呼吸が辛くてもなんともない。
背泳ぎは上を向いて泳ぐので、ある程度息継ぎに自由がある。
しかし、そうは言っても、タイミングの悪いときに呼吸すると水を飲んでしまうが、クロールや平泳ぎほどには息をするタイミングが決まってはいない。
平泳ぎはいまのように毎回息継ぎをする競泳の泳ぎ方はしない。
昔、競泳でも息継ぎの回数は決められていなかった。その頃の泳ぎ方だ。
二度に一度は呼吸をするために、上下の動きを加えるが、呼吸しないときはまっすぐ進むようにからだを水面と水平にして掻く。
この三種類で泳いでいると、それぞれの泳ぎ方で気分が違う。
クロールのときは水を感じながら泳ぐ。
からだのまわりに流れる水の圧力を感じながら、楽に泳げるように、水の密度の高いとこを掻くようにしている。それが一番自然にできる。わざわざそのことについて考えない。
背泳ぎのときは、進行方向が見えないので、天井を見ながらどこを泳いでいるのかを確かめる。
水の流れも感じようとするが、まだ有効な掻き方がわかっていないのでからだ全体でそれを探っている。
平泳ぎはわずかな力の入れ加減でバランスが崩れる。
水の抵抗を受けないようにしながら、水の密度の高いところを掻くのはできるのだが、わずかな力の入れようでそれは崩れてしまう。
クロールと背泳ぎは時間がたつにつれて効率よく掻けるようになっていくけど、平泳ぎは時間がたつに連れてバランスを崩しやすくなる。
こういうことを感じながら泳いでいると、三種類の泳ぎ方でそれぞれ違う心持ちが生まれてくる。
どういう心持ちかを表現する言葉は見当たらない。

1月

4

背泳ぎ

半年ほど前から背泳ぎの練習をしている。
はじめのうちは25m泳ぐだけでハアハアゼイゼイしていた。
いまはかなり慣れてきて、100m難なく泳げる。
最近ではクロール、背泳ぎ、平泳ぎを100mずつ順に繰り返し泳いで2000m泳ぐ。
力の抜き方を覚えた。

10月

13

ラグビー日本代表8強入り

どんな練習をすればあそこまで強くなれるのか、どんな気持ちで戦えばあそこまで勝てるのか、僕にはまったくわからないけど、以前のラグビーとは全く違うのは見ていてわかる。
前回は惜しかったけど、それ以前は他国との実力の差が歴然だった。
チームの力をあそこまで持ち上げるのは、きっと並大抵のことではないだろう。
おめでとうございます。
決勝トーナメントも期待しています。

8月

29

ふくらはぎの筋肉

2010年12月にマラソンを走って以来、ジョギングもしなくなってしまった。
その代りに泳いでいる。
おかげでダイエットは成功して体重は76kgまで落ちた。
代償として足の筋肉が落ちて、いまでは長く走れない。
ひさしぶりにジョギングを再開する。
すると細くなったふくらはぎに筋肉がついてきた。
それで3kgほど重くなった。
わかりやすいからだだ。

8月

4

萩野公介の復帰

先日韓国でおこなわれた水泳世界選手権。
瀬戸大也が活躍していたが、ライバルだった萩野公介が参加していなかった。
どうしたのだろう? と思いネットを調べると理由がわかった。
その荻野が一昨日から開催している「FINAスイミングワールドカップ2019東京大会」に168日ぶりに参加しているとのこと。
とてもうれしかった。
他人の期待はさておいて、自分の道を進んで欲しい。
そういいながら、期待している僕の矛盾よ。

8月

2

肩や首が凝ること

泳いでいるとときどき、肩や首が凝っていると感じることがある。
そういうときは体を緩める。
ついでに気持ちも緩める。
一日中PCに向かったりしていると、知らないうちに無理をしている。
そういう年になってしまった。
泳ぎながらからだと気持ちをほぐす。
肩や首のコリはいい合図。

1月

11

サーキットを走る

かつてサーキットを走ったことがある。
いつもは速度制限があり、安全運転をするのが当然とされているが、いざどれだけ速く走ってもいいとなると、速度の上限は恐怖心との戦いになる。
速度を超過するとカーブが曲がれない。
タイヤをキュルキュルと軋ませながら、タイヤのこげる匂いを嗅ぎながら走る。

12月

13

ジョギング

ジョギングは習慣になるとせずにはいられなくなる。
はじめのうちはダイエットとか、健康のためにとかいって始めるが、次第にからだが慣れてくると、走りたいから走るようになってくる。
もしダイエットが理由なら、体重が減少して目標値に達すればしなくてもいいことになる。
だけど、目標に達しても、僕の場合はジョギングを続けた。
なぜかと問われれば、走ることが気持ちがよかったからだ。
ここまで書いて思考は飛躍する。
仕事も気持ちいいからするようになれるといい。
仕事は義務だから嫌々するものと思い込んでいる人がいる。
それは「嫌々でもさせたいことがある人」が考えることで、自発的にそう考える必要はまったくない。
「嫌々でもさせたいことがある人」の洗脳によって、多くの人がそういうものだと考えるようになってしまったようだ。
したい人がジョギングするのと同じで、したい人がしたい仕事をすればいいと思う。
その人が自分の技術を高めようと考えれば、他の人がしたいとも思わないこともするようになっていく。
たとえば僕の場合は、ジョギングを続けることでマラソンを走りたいと思うようになった。
それで42.195kmを走れるようにいろんな工夫をする。
嫌々そんなことをさせられたら、僕にはマラソンは無理だっただろう。
働くことも、もし気持ちよければ自発的な工夫がたくさんできる。
それが自然なことだと思う。

8月

30

ひさしぶりに走る

311以来、外でジョギングするのは
どうかな?と思い、していなかった。
おかげで走る能力が0に近くなった。
なにしろ2010年12月には沖縄で
フルマラソンを走っていたのに、
いまは1kmも走ると疲れてしまう。
これは身体の危機だと思い、
週に一度は走ろうと決める。
でも、外はとても暑いので、
ほどほどにね。

8月

22

イルカに教わった泳ぎ方

プールで泳ぐようになって八年ほどたつ。
はじめのうちは長く泳ぐのが大変だったけど、
最近は慣れた。
ゆっくりと効率的に泳ぐとき、
何が役に立ったかというと
イルカの尾びれの動かし方だ。
イルカはゆっくり泳ぐとき、
放物線を描いて落ちる球のように
尾びれがリズミカルに
遅くなったり速くなったりする。
きっとあれを真似したら
楽に泳げるのではないかと考えて
そうしてみた。
するととても楽に泳げる。
高校生の頃、指揮をするのに
似たことをした。
それもきっと役に立っている。

8月

10

金属バットの高い音

キンッという高い音が聞こえると
夏である。
続く歓声。
暑い中、高校球児は必死で戦う。
それまでの十数年間を
この一瞬のために費やしてきたから。
ほとんどの高校球児は
あの舞台には立てない。
だからこそ、あの舞台が輝く。
甲子園と言う名の魔界であり天国。

7月

18

スイミングゴーグル

子どもの頃には
スイミングゴーグルなんてなかった。
プールに入ると上がったあとで
目が痛かった。
必ず水道水で目を洗った。
いつ頃からだろうか、
スイミングゴーグルを
するようになった。
水中がよく見えるし、
目は痛くならないのでとても助かる。
スイミングゴーグルが壊れると
新しいのが手に入らない限り
泳ぐのをやめてしまう。
それなしでは泳がない。

7月

5

水に心のことを教わる

泳ぐようになってもうすぐ9年。
水に心のことを教わった。
どうやって教わったのかというと
その入口はこういう問いだった。
「何を考えたら楽に泳げるのか?」
はじめのうちはポジティブなことを
考えるようにした。
たとえば、
「いくら掻いても進まない」
と思ったら、
「掻いた分だけ進む」
と考える。
だけどこれはあまりうまくいかない。
実際には葛藤が生まれてつらくなる。
ではどうすればいいのか?
次にしたのは水を感じること。
手で掻くと掻いた水が渦になったり
圧力のある層になったりする。
それを感じてみるのだ。
はじめは半ば空想だった。
「こう掻けばここに層ができるはず」
という感じ。
ところがしばらくすると
実際に感じるようになってきた。
肌がわずかな圧力の変化を
実は感じていたのだ。
それを発見するとそれを利用する。
クロールをしていて
手で掻くと、
そこに圧力のある層ができ、
それが泳いでいる僕から見ると
後ろの方へ流れて行く。
その層が足から離れるときに
そこをキックすると、
その層を感じずに
ただキックしたときより
わずかに進みがよくなる。
そういう圧力の層を見つけては
その層が
うまく利用されているかどうかを
感じて行く。
圧力の層は
実際に存在するのかどうか
本当はわからない。
僕が幻影を
感じているだけかもしれない。
でも、実際に速く楽に
泳げるようになった。
きっとだからあるのだろう。
でもそれは、
「きっとある」と前提しない限り
見つけられなかった。
あると信じることで存在し始めた。

5月

15

2000m泳ぐ

2000m泳ぐようになって5,6年経つ。
以前は一生懸命泳いでいたが、
いまはコツをつかんだのか
あまり苦しくない。
歩くようにして2000m泳ぐ。
だからあまり速くは泳がない。
のんびりと、水の流れを感じながら
どれだけ効率的に泳げるかを
考えながら泳ぐ。
泳ぐことが快適なので
また泳ぎに行く。
こういう循環を作るのが難しい。