2月

21

死にたくなること

ときどき死にたくなる。
とんでもない失敗をしてしまったとか、誰かに責められたとか、借金が返せないとか、したいことができないとか、誰かに裏切られたとか、病気になってしまったとか、大切な集まりに遅刻してしまったとか、いつまでたっても仕事が終わらないとか、うっかりくだらない答弁をしている国会中継を見てしまったとか、あと20年生きるとしてたった2万回程度しかない食事の機会にまずいものを食べてしまったとか、楽しみにしていた集会がコロナウィルスのせいで中止になったとか、可愛いあの子に会えなくなったとか、、、
生きているという本質に関係ない、まったくどうでもいいこと悩むなぁと考えたあと、攻めに転じる。
死んだら何にも感じられなくなる。
どうせならもっと苦しんでやろう、悲しもう、悔しがろう。
どたばたじたばたしたあとで、楽しいこと、うれしいこともあるだろう。
それを感じるためには生きていなければならない。
死にたくなるようなことは、そのためのいいスパイスだ。

2月

20

儀式の夢

曇天の空の下、木の枝で十字架を作り、牛の頭蓋骨をそこにかける。
大麻で布を織り、白い服を作って着る。
不思議な音階の石の笛を誰かが吹いている。
その音は、からだの各部に響いて震える。
大きな火を焚く。
葦のような植物性の細い管に、細かく削った骨、トウモロコシ、麦、コメなどを入れ、焚き火の中に刺して立たせる。
しばらくすると熱せられた管から中身が空へと吹き上げられる。
そこで目が覚めた。
いったい何の夢だろう。
感じてみると、COVID-19を無毒化するための儀式だったようだ。

2月

20

岩田健太郎氏

昨日公開されたYouTubeで、ダイヤモンド・プリンセス内のCOVID-19の検疫状態を告発した、神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎先生。
一日にして英雄となる。
よくぞ内容を公開してくれました。

2月

20

のし梅

相方が「のし梅」というお菓子を買ってきた。
「のし梅食べる?」というので、「なにそれ?」というと、「知らないの? 昔からあるお菓子よ」といわれたあとで、「ようちゃんっていろんなこと知っているけど、こんなこと知らないんだってこと知らないわよね」という。
そりゃ当然だろ、世界中のことくまなく知っている訳じゃないと思いながら、「幼い頃から食べてたの?」と聞くと、「いいや」。
あれ?と思って、「いつからそのお菓子を知っているの?」と聞いた答えが衝撃的だった。
「去年テレビで見て知った」

2月

20

ざわちんのメーク

インスタグラムに変わったマスクの写真があったので、相方に見せた。
相方がふとこんなことを洩らした。
「ざわちんがさ、似たことしてた。マスクすると有名人に見えるの。たとえば綾瀬はるかとかさ」
僕はてっきりこういうことかと思って話した。
「そのマスクすると僕の口元が綾瀬はるかになるの? 目が僕で、口が綾瀬はるかじゃ気持ち悪いな」
すると相方大笑い。
「違う、マスクをするとまるで綾瀬はるかがマスクしているように見える目元のメークをするの」
先にきちんとそう言ってよ。

2月

19

ドラえもんのポケット

相方が、普段持ち歩いている鞄の中身が多くて重いと嘆いていた。
「いらないもの出せばいいじゃないか」と言ったところ、「非常時に備えて必要なものを入れているの。あなただってその恩恵にあずかっているでしょう」という。
ちょっと怒りが混じっていたようなのでガス抜き。
「ドラえもんのポケットのように異次元に荷物を全部置いておければいいね」と言ったら笑われた。
メデタシメデタシ。

2月

19

プールバー

最近では見かけなくなったプールバー。
かつてバブル真っ盛りの頃、夜の街にはプールバーがあったものだ。
バーボンのロックを小さなテーブルにおいて、白い玉をつき、順番を待つうちにすする。
ビリヤード台にかぶさるように屈み、指を立て、キューを突き出す色気と、ゲームの楽しさに浸った。
酒を飲みながら玉を突くあの音をまたいつかどこかで楽しみたい。

2月

14

美保関隕石と直方隕石

初夢会で面白い話を聞いた。
ある参加者がバイクでツーリング中に、美保関隕石の碑を見つけたのだそうだ。
美保関隕石とは、1994年12月10日に島根県八東郡美保関町にある民家に隕石が落ちた、その隕石の名前だ。
その碑にはもうひとつ直方隕石という隕石の説明も書かれていた。
直方隕石は861年5月19日、当時の暦では貞観3年4月7日に、福岡県直方市の須賀神社に落ちたそうだ。
直方隕石は世界最古の落下目撃隕石だそうだ。
このふたつの隕石は岩石鉱物学的な観察から、同じ母体のしかもすぐ近くから飛んで来たはずだということがわかった。
火星と木星のあいだにある小惑星帯から来たらしいと言われるが、もしそうだとしたら、いったいどういう意味のあることなのか?
あんなに遠いところから、その距離に比すればほぼ一点ともいえるような場所に、1130年を隔てて、ほぼ同じ隕石が落ちる。
しかも、地球は公転と自転をしているし、小惑星帯も違う速度で太陽のまわりを回っているはずだ。
いったいどういうことだろう?
須賀神社ではその隕石が保存されていて、五年に一度の神幸大祭でそれが公開される。
次の神幸大祭は2021年10月らしい。

2月

14

吊るされた板の夢

ときどき不思議な夢を見る。
アクリルかプラスチックでできたような、三角形や四角形の板が、それぞれ頂点の部分がヒモに吊るされていて、それがクルクルと回ったり飛んだりしている。
かなりな枚数あるのだが、それらがなぜかスムーズに動き回っている。
普通であればそれぞれのヒモが交差して、こんがらがってしまうだろうと思うのに、理由がわからないがそれぞれきれいに飛んだり回ったりしている。
いったい何の夢なのか?
「初夢会」というところでその夢の絵を描いた。
絵を描いて、その夢の説明をし、講師にアドバイスをもらうのだが、一緒に参加している人が勝手に「私はこう思った」みたいなことも言う。
別の人が指名されて答えていた。
「この夢はきっと、起きていたときに必死に悩んで、答えが出ないと苦しんでいたので、その答えが夢に出てきたのだと思います」
その人の話を聞いているとき、僕も同じ体験があるなと思っていたら、ふと答えが出てきてしまった。
夢の中では不思議なことが起こる。
いくら論理を追いかけても出てこない答えが、ポコッと出てくることがある。
答えを知ると「なるほど」と思うが、どうしてそんな答えが導きだされるのかわからない。
状況を全体的に把握しないと答えは出ないようなことの答えが出てくる。
この前日に、ある人と話をしていて「レンマ学」という本の話になった。
レンマとは、ロゴスとの対概念である。
ロゴスは論理を言語的、一次元的に追いかけていくこと。
レンマは、全体的な把握から理解していくこと。
夢はレンマ的であると思ったのだ。
すると、板の夢の意味が浮上した。
四次元以上の空間を移動しているものを、四次元の視点で見るとどうなるのか。

2月

12

チーターの狩り

ケニアの草原でチーターの親子を見た。
三頭ほどの子供と母親。
母親はガゼルを追って走り出す。
乾いた土の上を走るので、ものすごい速度で土煙が上がっていく。
草原を駆け回る土煙。
子供達は顔をあげてその様を見つめる。
チーターは、足は速いが力はあまりない。
相手が草食動物でも、狩りは楽ではない。
僕が見ていた狩りは空振りに終わった。
子供達のもとに戻ってきて、肩を落とす母チーター。

2月

11

蟻地獄

幼い頃、近所の農家の庭にあった物置の壁沿いに、蟻地獄がいた。
はじめて見た蟻地獄に興奮した。
蟻をつかまえてきては蟻地獄の巣に落としてみる。
逆円錐形の蟻地獄の巣は、蟻が入ると登れない。
上がろうとして足掻けば足掻くほど下に落ちていく。
円錐形の中心に届くちょっと前で、蟻地獄が砂をパッとかける。
蟻はそれでももがいて上がろうとするが、二度三度と同じことを繰り返して、力つきて巣の中心にいる蟻地獄に捉えられる。
その様を見て興奮し、もう一度と別の蟻をつかまえてくる。
気がつくと、僕たちは蚊にたくさん刺されていた。

2月

10

亀塚古墳

古墳に興味を持つようになったのは、亀塚古墳に行ったから。
大分県大分市、丹生川の別府湾に注ぐ河口近くにある。
全長116m、後円部の直径64m、前方部の長さ52m、高さが後円部で10mという立派な古墳が、平成に入ってから復元された。
葺石で覆われた美しい墳丘に前方部から後円部まで登ることができる。
一番高い後円部に登ると、別府湾が見下ろせる。
たまたま行った日が「海部のまつり」の日で、古代衣装をまとった女性たちが、男性の楽士たちを引き連れ、たおやかな舞いを披露しながら古墳のまわりを歩いていた。

2月

10

大阪歴史博物館

2001年に完成した大阪歴史博物館へ十数年前に行った。
何も知らずに館内に入り、10階に行く。
そこでは飛鳥時代・奈良時代の宮殿内が再現されていて、その説明のための映像が流されていた。
フムフムと思いながら見ていると、最後にCGで再現された難波宮が登場し、その建物内部から視点は建物の外に出て俯瞰となり、建物全体が映し出されると、目の前のスクリーンが窓に変わり、博物館から見下ろす土地にその建物があったことが示される。
そこからは実際の難波宮太極殿跡が見下ろせた。
博物館の映像でビックリした珍しい体験だった。

2月

8

ホケノ山古墳

大神神社に参拝に行ったとき、立ち寄った古墳。
箸墓古墳のすぐそばにある。
さほど大きくないし、登れるようだったので登っていった。
小高い丘となっていて、周囲をぐるりと見回すと、いくつかの古墳らしき丘が見える。
とても気持ちがいいので相方がそこで踊りだした。
両手を広げて「アー」っていいながらクルクル回った。
隣にいて思わず笑った。

2月

8

古墳時代の謎

日本中に16万基もの古墳を造ったという古墳時代。
そんなにお墓を造ってどうするんだろうと思っていたら、とても合理的な説明をしている人がいた。
小名木善行という人。
こんな説明をしている。
「古墳時代と言われている頃に水田がたくさん造られました。
 水田は水路を確保するために水平な土地をたくさん造ります。
 そのために掘り起こされた土がたくさん出る。
 それを積んでおいたのが古墳になったのです。
 あるときから水田の規模が大きくなったので、大きな水田を造ったリーダーを祀るために、大きな古墳の頂上に葬るようになったのでしょう。
 しかも、水害が起きたときには古墳の高さが役に立ちます。
 避難所になるのです。
 そうやって水田技術が広まると同時に古墳も広まっていったのです。
 それが400年するとピタッとなくなるのは、水路が完備して、土砂を一カ所に溜めておく必要がなくなったからではないですか?」
日本中に16万基ものお墓を造り続けたという話よりは、こちらのほうが腑に落ちる。

2月

8

バタン・ワル

ウブド王宮からサッカー球技場に向かって歩いていく。
球技場の手前の角を左に曲がり、坂を降りていくと、降り切った左側にバタン・ワルがある。
ウブドに行くと一度は寄りたいカフェ。
たいてい混んでいるが、入る余地はいつもある。
何がいいのかはっきりは言えない。
とてもおいしいという訳ではないが、そこそこおいしい。
一番は、居心地がいいのかな。
バリらしい騒音も心地よい。
壁にかかっている絵も好み。

2月

8

インターネットで変化したこと

インターネットというメディアのおかげで世界は変わった。
変化の最中にいる人々はほとんどそれに気づかない。
どこの誰かわからない人の文章より、親しい友人たちの文章に愛着を感じる。
誰か他人の文章に感心するより、自分の文章の腕を上げたい。
記録に残るから仕事の指示はすべてメールでする。
気軽に写真や映像を撮影する。
そうやって、PCやスマホに釘付け。

2月

8

書きたいことを書く

気持ちが勝手に動いてしまうような書きたいことを書く。
それが罵倒であろうが、卑猥であろうが関係ない。
たとえ他人にとって読むに堪えないものであろうとも、書き手にとっての書きたいことが最優先だ。
読者に嫌われることを恐れるようでは、気持ちいいものは書けまい。
ケルアックはこう言った。
心の底から底抜けに書きたいものだけを書け。

2月

8

白熱灯

机のスタンドの電球が切れた。
うちにはLEDの電球しか取り置いてなかったのでそれを使う。
「ビー」という微妙な音がするし、なんか目が疲れる。
白熱灯を買ってこよう。

2月

2

声に乗るもの

声にはいろんなものが乗ってくる。
感情、体調はもちろん、ささいな違和感も伝えてくる。
声というものはいろんなことを含んでくれる。
その不思議さ。
僕の声にもいろんなものが乗るのだろう。
隠しても無駄だ。

2月

1

秩父遥拝

今朝、テレビをつけたら矢野顕子が民謡を歌っていた。
なんかいいなと思っていたとき、ふと「秩父遥拝」を思い出す。
笹久保伸さんが秩父の機織り歌やまりつき歌、雨乞いの歌などを集めてアルバムにしたもの。
もう歌われなくなってしまった歌ばかり。
笹久保さんは「秩父前衛派」というアート集団を主宰している。
武甲山の破壊をやめろと訴えながら、さまざまなアート活動をしている。
武甲山は石灰が産出されるのでセメント会社が掘り続け、山の形が変わってしまった。
毎年秩父夜祭で人々はその山を祀る。
秩父の町を潤すためにやせ細った山。
笹久保さんは「おかしいだろう」と訴えながら、いまはもうほかでは聞けない歌を声を絞り出すように歌うとき、隠されてしまった魂たちが咆哮を始める。
失われた山容、鉱石、泉、草花、動物、古事記の時代から伝わってきた物語や祀られた神々。
あなたには聞いてほしい、その咆哮を。