12月

13

混沌

大きな愛に目覚める人たちがいる。
一方で、嘘いつわりで世の中を乗り切ろうとする人たちもいる。
世の中混沌としてきた。
目の覚めるような新しいものが生まれることを期待する。

12月

12

アポロ

レゾナンスCafeのためにクララが作ってくれたケーキにアポロが添えてあった。
懐かしい。
何十年かぶりに食べたよ、アポロ。
1969年に発売されたお菓子だから、僕が八歳の頃。
お友達のお誕生日会なんかに行くと、お皿に盛ってあったアポロ。

12月

11

緑茶にミカン

この季節になれば、こたつを出して、そこに入り、お湯のポットを用意して、緑茶を飲みながらミカンを食べたものでした。
いまはうちにこたつはないけど、緑茶にミカンの季節到来。
ミカンにもっとも合う飲み物は緑茶ではないでしょうか?
紅茶と言う意見もあると思いますが、僕は幼い頃の思い出があるので、揺るぎなくミカンには緑茶ですね。
シャンパンや白ワインも合うかもしれないけど、毎日とか、たくさんは飲めません。

12月

10

写真の合成

初夢について語り合うイベントのビジュアルを作るのに、6枚の写真を渡された。
フォトショップでコラージュを合成する。
見たことのない異世界が生まれた。

12月

9

あふれる言葉

中村哲医師が殺され、SNSでは中村医師を賛美し悼む声が鳴り響いている。
二ヶ月ほど前、中村医師がアフガニスタンから名誉国民として市民証を授与されたニュースが入った。
そのニュースはあまり話題にはならなかった。
なぜだろう?
陰謀論の好きな人はきっとこういうだろう。
「喜びや賞讃されるような話はマスメディアは流さないんだよ」
確かにそういう部分はあるかもしれない。
でも「いいものはいい」と伝えてくれる人もいる。
「搾取するためには人民を困った状態に置かなければならないのに、ヒーローが助けるような話が一般化したら搾取できなくなるから、権力者は人民が困っているという情報だけしか流したくないんだ」
そうなのかな? そうかもしれないがそれを肯定する材料がないからなんともいえない。
こういう人もいる。
「一般の人が嫉妬したりうらやむような話はあまり流れないんだよ」
視聴率が上がらないとマスメディアには流しにくいからね。
それはあるかもしれない。
だとしたら、一般の人が嫉妬したり、うらやんだりしないようにならない限り、いまの状況は続くことになる。
でも、そのことだけに話を収束すると、それは正しくないような気がする。
現代の僕たちにとって、単純な言葉は罠だ。
社会は複雑に絡み合い、個人の感情もネットワーク社会によって生まれてきた算出しようもない果てしない関係で形作られる。
誰か一人が何かを乗り越えたところで何も変わらない。
その絶望感が世界を覆う。
でも、考え方をちょっと変えると希望も見える。
みんなで考え方を改めると、それはもの凄いパワーを生み出すということ。
そのきっかけとなる言葉が、ネットにあふれている。
新たな複製子が生まれるとき、そこには必ず解き明かせない混沌がある。

12月

8

目覚めよ、愛に生きるために

11月末に『目覚めよ、愛に生きるために』というタイトルの本が出版された。
著者は本郷綜海。
スチャダラパーを世に出し、有名ラッパーに育て上げると手を引き、今度は自分がヒーラーや歌手になると言ってアメリカに渡ってしまった。
その直前に知り合い、何度か会ったのち、本郷さんはバーバラ・アン ブレナンのもとで学ぶようになる。
何年かのちに帰国して、最初のライブに行った。
ライブが始まると、本郷さんはとても長く唸る。
一分以上ただ「うー」と唸っていた。
ところが、その唸りが凄い声だった。
ピュアとか透明とか、そんなもんではない、魂の奥に隠していた何かを揺さぶり起こすようなそんな声。
聞いているうちに鳥肌がたった。
心の鎧が解けていくような感覚と、それに逆らおうとする、自分の土台を突き崩されてはならないという恐怖の感覚。
その長い唸りのあと、その歌声は「月の砂漠」を歌いだす。
長い緊張のあとでポッと懐かしい歌が始まったので心の壁が決壊した。
涙が出た。
そのあと、「月の砂漠」のはずが、どんどんとアドリブで違うものになっていく。
大笑いしてしまった。
それがどういう体験だったのか、丁寧に説明してもあまり伝わらないだろう。
彼女の「素」に触れたという体験だった。
アメリカで大変なことを学んだなということがよくわかった。
今ではヒーラーとして有名になり、歌手としても地歩を固めている。
前回のライブにはスチャダラパーが参加したと聞いた。
その本郷さんが二冊目の本を出したのだ。
タイトルがとても直球で、ちょっと読むのは気恥ずかしい。(笑)
でも、ズイズイと読んでいった。
大きな愛の話をしている。
本郷さん自身が愛だと思っていた幻想をどのように手放し、どのように大きな愛へと転換していったのかが書かれている。
とても素敵でわかりやすく。
読んでいるとときどき「イラッ」とする。
とてもわかりやすいから、「大きな愛は簡単ではない」という僕の思い込みが発動する。
本郷さんが「素」だから、こっちも負けじと自分の「素」が反応してしまう。
鏡に映った自分自身にムカムカしたくない人は、読まないほうがいいな。
自分の幼さや邪悪さが見えてしまうよ。
大きな愛に身を投じる覚悟のある人だけ読むといい。

12月

7

歌垣の世界

折口信夫の本に歌垣という言葉が登場し、それがいったいどんなものか興味を持った。
長いあいだ忘れていた興味が、一冊の本によって解き明かされる。
工藤隆著『歌垣の世界』。
かつて日本にあった歌垣が、いまも中国雲南省の奥地に存在し、その研究と考察によって、日本についてのさまざまな示唆を与える。

令和の時代となり、天皇の儀式もかつてより報道されるようになり、憲法改正をするのならば日本人が考えなければならない天皇制というものについて、この本の最後に書かれていることはとても大事なことを伝えていると思うので、ここに転載する。

——
恋愛文化は『源氏物語』(1000年代初頭)に典型的であるように、王朝の物語世界でも、男女の恋愛をめぐるテーマを熟成させた。宮廷を舞台とする世界中の物語のほとんどは、政治的暴力の醜い権謀術数が展開される世界である。しかし『源氏物語』のテーマはあくまでも男女の恋愛である。

このような恋歌文化の強力な伝統は、長江以南諸民族の歌垣文化に発するものであり、しかもそれが日本においては、六〇〇、七〇〇年代の本格的国家建設の際にも継承されたということは、世界文化史上でも画期的なことであった。

もちろん恋愛と言うものは、合理的・現実的判断力(リアリズムの眼)が強すぎるときには生まれにくい。恋愛文化の伝統が強いということは、柔らかな価値観、だれかを恋い慕う思いなどに価値を認めようとする感性が強いということである。したがって、政治的な権力争い、国際政治における謀略的な闘いなどのリアリズムの眼が求められる場面では、しばしば判断ミスを誘う思考構造ともなる。

人間は、限られた生命を生きる存在であることを自覚しつつ、それでもなお生きることを選択して生きている以上、何らかの幻想や願望や憧憬を抱え込んで、いわばそれらを、生きることの栄養源にして生きていくのである。そのような幻想や願望や承継の最も甘美かつ魅力的な世界が恋愛であり、その表現形態の一つとして恋歌文化がある。したがって、長江以南少数民族の歌垣文化とその中心にある恋歌文化を、古代国家段階だけでなく二十一世紀の現代にまで伝えている日本文化は、それ自体で誇るべき世界文化遺産だとして良い。

しかし、他国と戦争するような場合にまで、幻想と願望と憧憬という、リアリズムから最も遠い意識に身をゆだねて行動をとれば、どれほど悲惨な結末を迎えるかは、一九四五年の敗戦までの日本軍部およびそれを心情的に支えた多くの日本国民が実際に体験したことであった。

12月

6

風立ちぬ 玄き峰より

友人の望月クララさんが写真のグループ展に出展した。
その作品群のタイトルが「風立ちぬ 玄き峰より」。
「風立ちぬ」といえば、僕の年代で言えば、松田聖子の歌か、宮崎駿のアニメを思い出す。
どちらかに関係があるのかな?と思うと、宮崎駿のアニメであることがすぐにわかる。
クララさんのお父様が「震電」という戦闘機の開発に携わっていたそうだ。
12年前に他界した父親のノートを見つけ、それを読み、生前交わされなかった父娘の会話を取り戻す。
故人との会話は一方通行であるはずが、クララさんは亡父からの会話を思い出の場所、残された写真、残されたカメラやコンパス、計算尺などを頼りにおこなっていく。
亡父からの言葉はいったいどんなものだったのか、グループ展に立ち合う僕たちは、それを探りながら作品と向き合う。
クララさんはお父様とあまりお話しをした覚えがないと言う。
それを12年たったいま、取り戻そうとする試み。
父とした遅々とした会話によって蘇った言葉。
「飛行機ほど緻密な機械はないから、いまでは何を作っても簡単すぎる」
震電は1945年8月3日に試験飛行し見事に成功するが、実戦に投入されることはなく終戦を迎えた。
戦争・飛行機・意図の破綻・命の終わり。
これらがアニメ「風立ちぬ」とリンクし、不思議な感慨を抱かせる。

PHaT PHOTO 17J Exhibition “M”⠀
【会期】⠀
2019/11/27(水)〜2019/12/8(日)⠀
12:00-19:00(最終日は17:00まで)⠀
12/2(月)、12/3(火)休館⠀
【会場】⠀
72Gallery内 WhiteCube⠀
東京都中央区京橋3-6-6 エクスアートビル1F⠀
03-5524-6994⠀
(開館時間12:00-19:00 月、火休館)⠀
・JR東京駅 八重洲南口より徒歩7分⠀
・都営浅草線 宝町駅A4番出口より徒歩1分⠀
・東京メトロ銀座線 京橋駅1番出口より徒歩1分⠀
・東京メトロ有楽町線 銀座1丁目駅7番出口より徒歩3分⠀
https://facebook.com/events/528279214649754⠀

望月クララさんの在廊スケジュール⠀
6日 12:00〜19:00⠀
7日 15:00〜19:00⠀
8日 12:00〜15:00⠀
最終日の展示は17:00まで。

12月

5

貝がらの森

箱の表表紙と裏表紙が草の絵だけの本を買った。
タイトルさえも書かれていない。
よく見ると、表表紙に一匹だけ、草に埋もれるようにして、ワンピースを着た狐が描かれている。
なかひらまいさんの「貝がらの森」という本。
普通に出版するためには、表紙にタイトルがなくてはならない。
それを廃した。
普通に出版するためには、版権を一部出版社に渡さなければならない。
それが嫌で自社で出版した。
普通に出版するためには、出版社のアドバイスを聞かなければならない。
自分の感性にこだわるために表紙、ページ、流通法まで全部デザインした。
内容は毎日新聞大阪本社版で2013年11月に連載したもの。
はじめて読むが、どこか懐かしい。
この本を昨日、2019『貝がらの森』原画展で入手した。
高円寺駅から歩いて三、四分のギャラリー「たまごの工房」でおこなわれている。
行くとなかひらさんが待っていた。
原画を見ながらお話した。
巻末に、なぜこの物語を懐かしく感じるのか、ユング心理学研究会の白田信重氏が説明していた。

2019『貝がらの森』原画展
日付:2019年12月4日(水)〜8日(日)
時間:12:00〜19:30(最終入場時間/最終日の8日は18:00まで)
会場:東京・高円寺たまごの工房(東京都杉並区高円寺南3-60-6)

12月

4

音声入力

この原稿を音声入力を使って作ってみた(。)
思っていたより使えるので驚く(。)
時々とんちんかんなことを書かないかなぁと実は期待している(。)
でもほとんど誤変換がない(。)
驚いた(。)
何か難しいことを言ったら誤変換してくれるんじゃないかと思っていろいろ期待するが(、)全くないので帰って(かえって)つまらない(。)
やった(、)帰ってる(かえってが)間違えている(。)
いちど(誤)変換したら次々に間違い始めた(。)
雄太(コンピューター)も自信を失うことがあるんだろうか(。)
実際の原稿を作るには手で修正しなければならないな(。)
その方がコンピューターとしては可愛げがある(。)
文の最後には。(マル)取り(と)入れれば良いのであろうか。
丸和(マルは)入った。
大家(こうや)れば、店(テン)も入るのかな。
店(点)を入れるのが(は)、(テン)と言えば良いのだろうけども、(テン)でわからないことがあるんじゃないのかな。
伝統(テンと)、の区別を求めるのは酷だよな。

( )内は手で修正しました。

12月

3

1枚の布

僕は鞄に大きめの布を一枚入れておく。
1999年からバリ島に通い、大きな布を腰に巻くことを覚えてから。
行くたびに一枚ずつ買っていたら、何枚か集まった。
しかもその布は、いろんなデザインが施されている。
年に一度だけではもったいないので、何かに使えないかと思うようになった。
そこで、いつからか一枚持ち歩くようになる。
するといろいろと便利であることがわかった。
あるとき友人宅でテーブルクロスとして敷いてみた。
なかなかいい。
雨がパラパラと降ってきたときに傘をもってなかったら、広げて頭にかけた。
これもいい。
ちょっと肌寒いとき肩にかける。
ありがたい。
芝生で寝転がるとき広げてみた。
とてもいい。
誰かと一緒にベンチに座るときに敷く。
相手はビックリ、感動してくれる。
誰かに急に何かをもらったとき、風呂敷代わりになる。
最高だ。
それで1枚の布の虜になった。
1枚の布はきれいにたためば荷物にならない。
鞄のポケットに平たくしていれれば普段はまったく気にならない。
気にならないどころか、鞄の外側のポケットに入れておくと、ポケットチーフのように鞄がちょっとおしゃれになる。
いざというときいろんな役に立つ。

11月

29

太陽の光

今朝は気温が3℃程度だったが、朝日がきれいだったのでベランダに出た。
素肌に黒い作務衣を一枚着ただけで、日に照らされてからだはポカポカだった。
しばらくそこで本を読んだがまったく寒くない。
太陽の光ってすごいな。

11月

28

美術手帳・アーティストのための宇宙論

美術手帳という雑誌の10月号が「アーティストのための宇宙論」というテーマだった。
普段ではあまり考えないことを考えるチャンスになった。
宇宙に行ってアートを作るとしたらどんなアートになるのか?
宇宙は地球の常識から離れた場所だ。
そこでさらにアートについて考える。
二段階でいまいる世界から離れていく。
でもさ、どう考えてもアートとして成立させるためには、人間の常識に戻ってしまう。
本当に超越してしまうと、ほとんどの人には理解不能になるしかない。
ごくわずかな人にうけるアート。
超通人向け。
宇宙人でも理解できるとさらにいい。

11月

27

鞄帰る

修理に出していた一澤信三郎帆布の鞄が帰って来た。
ところどころ縒れたり、色が抜けたりしているけど、一緒にいろんなところに行った相棒だ。
20年使っても修理してまだ使えるというのがありがたい。
肩かけバンドがボロボロになったので、交換してもらった。
交換する前に中国製の鞄を買ったが、数ヶ月で壊れてしまった。
壊れた部分を二回自分で修理したが、それでも壊れる。
力がかかる部分がうまく処理されてないために何度補強の縫い直してもまた壊れる。
20年使える鞄の凄さを思い知った。

11月

26

フランシスコ教皇の言葉

ローマ教皇が来日し、長崎、広島、東京と訪れた。
各地でミサを行い、言葉を残している。
核廃絶を訴え、戦争を撲滅し真の平和を希求した。
特に「生産性と消費への熱狂的な追求」についても批判した。
ありがたいことだ。
金銭を生み出さない「命の営み」に眼差しを向けるときが来た。

11月

25

紅龍さんを偲ぶ会

たくさんの人々が集まって「紅龍さんを偲ぶ会」。
開催二日前に「思い出の写真を下さい」と集めたら100枚以上集まった。
みんなで見つめるスライドショーにした思い出の写真たち。
遠方から来た人や、縁の深い方にお話しいただく。
しみじみと楽しい会でした。
紅龍さん、いろんなご縁をありがとう。

11月

22

INDIGO

大学生から就職した頃まで、よくハイ・ファイ・セットを聞いた。
一番好きなアルバムはなんといっても「Pasadena Park」だったけど、たまたま「INDIGO」というアルバムを見かけた。
僕の記憶からはすっかり消えていた。
でも、「聞いたことがあるかも」という感触があったのでネット上にあったそれを聞いてみた。
完全に覚えている訳ではないけど、断片的にメロディーを覚えている。
聞いているうちに心がなんかザワザワする。
この曲と一緒に忘れた思い出があるのだろう。

11月

21

香港ペニンシュラホテル

40年ほど前に香港を旅行した。
当時は香港のペニンシュラホテルが世界最高のホテルだと言われていた。
学生だった僕たちは、そういう高級ホテルに恐る恐る近づき、一階のカフェでお茶をした。
階上のバルコニーで弦楽四重奏が演奏されていた。
当時は香港がまだ英国領で、何年か後には中国に返還されるといわれていた。
香港の人たちは香港に留まるか、国外に行くか、考えていた。
そんな香港の中で、最高に贅沢な、そして国際的な場所だったペニンシュラホテル。
いまはどのようになっているのか?
ホームページには警告文が掲載されている。

11月

20

高速バス

外房に行くのに高速バスを利用した。
電車で行くと何度も乗り換えなければならない。
大きな鞄を持っていたので、都内から乗れば目的地までまっすぐ行くので楽。
景色ものんびり見れた。

11月

19

メモパッド

何かを忘れないようにチャチャッとメモが書けるメモパッド。
最近は携帯電話の中にもあって、紙でできたメモパッドか、電子的なメモパッドか、一瞬悩む。
ここに書くは紙製のもの。
切り取り線が入っていて、ピッと切り離せるのがいい。
「はい、これやっといてね」とメモを渡す。
ちょっとうれしい。

11月

18

なにこれ?なデザート

見たことのないデザートを食べた。
外見は卵形したシャンパンのムース。
なかにマスカットのシャーベットが入っていると聞いてスプーンを入れると、確かに輪切りにされたマスカットが入っているのだが、そのまわりはシャーベットなのに透明で柔らかい。
ゼリーかと思ったがゼリーではなく、確かに凍っているのにスプーンが入るし、それでいて透明なのが謎。
いったいどうやって作ったのか皆目検討がつかない。
シャンパンやマスカットの香りが立ち、美味しゅうございました。

11月

17

自家製アイスクリーム

作ったバニラエッセンスを使って、アイスクリームを作ってみた。
牛乳と卵、それにメイプルシロップを適量入れて、バニラエッセンスをチビッと加える。
ミキサーで混ぜて冷凍庫で凍らせる。
ある程度凍ったら、取り出してかき混ぜることを繰り返す。
幼い頃に母が作ってくれたアイスクリームに似たものになった。
口に含むとバニラを抽出した焼酎の香りがほのかにする。

11月

17

自家製バニラエッセンス

バニラビーンズをほぐして焼酎に漬け込み、自家製バニラエッセンスを作った。
作り方を調べずに適当に作ったので、果たして本当にバニラエッセンスになるのか心配だった。
ところが、見事にバニラエッセンスが出来上がった。
日毎に焼酎の色が濃くなって、いい香りを発しはじめた。
まずはミルクセーキにして飲んでみる。
焼酎のクセがちょっとだけ残っているな。

11月

15

一橋大学のキャンパス

授業を聴きに、一橋大学に行ってきた。
一橋大学には行ったことがなかったので、ちょっとワクワク。
国立駅に降りると、一橋大学までの大通りの名前が大学通り。
車道と歩道が分かれていて、その境には並木が植えてある。
若い人たちが行き来し、活気がある。
構内に入ると部外者だからまずは守衛さんにご挨拶。
教室の場所を確かめて中に入っていく。
時計台の前には池があり、日時計が置かれていた。
その日の授業は一橋大学の卒業生で、NHK福岡に勤務し、水俣病のドキュメンタリーを撮りつづけてきた吉崎健さん。
「30年ぶりに戻ってきました」と言っていたが、僕も自分の大学には卒業以来行ってない。
卒業した大学で授業ができるって、うれしいだろうな。

11月

14

古いデジタルカメラ

20年以上小型のデジタルカメラを使ってきた。
かつては小さくて、何枚でも撮影できて、動画も撮影できて、とても便利だった。
ところが、iPhoneが登場すると、わざわざデジタルカメラを持ち歩かなくなった。
壊れた訳でもなく、使えなくなった訳でもなく、ただ使う場面がなくなったというだけで使われなくなったデジタルカメラ。
使ってあげたいなとは思うけど、持ち歩かない限り使わない。
切ないなぁ。