11月

23

思い込んでいるものとは違う

僕はたくさんの幻想を持っている。
僕は六感で感じることしか知らない。
つまりそれらの感覚で生まれる幻想と共に生きている。
だとしたら、真実とは何か?

11月

22

トランプ大統領の弁護団

トランプとバイデンの大統領選は次第に混乱を極めている。
日本のマスメディアではトランプが一方的に駄々をこねて混乱を巻き起こしているように報道しているが、ネット上を調べるとそういうことだけではないことがわかる。
バイデンを擁立した民主党か、それともどこが主導したのかはまだ明確ではないが、かなりの規模の選挙不正がおこなわれたのは確かなことらしい。
なぜなら、トランプの弁護団が宣誓供述書とともにその証拠について説明しているからだ。
もし弁護団が虚偽の報告をしているとすれば、そこに参加している弁護士は弁護士の認可を剥奪される。
大手のマスコミがほとんどすべてバイデンの勝利を訴える中、弁護団がそのように声を上げるのは英雄的な行為であると僕は見ている。

11月

22

はじめての体験

何か気持ちいいことで、テレビを見たり、本を読んだりして知っていたことを、実際に体験するのはとてもいい。
疑似体験と実際の体験の差がはっきりとわかる。
そのときの気持ちよさが普段の感覚を変えることもある。
その気持ちよさが誰かに伝播することもある。

11月

20

いろんな意味を感じる

いまニュースになっているいろんなことについて、いろんな意味を感じてみる。
いろんな解釈が可能だ。
だけど、もし自分が恐怖に駆られていて、「とにかく安全でないといけない」と考えると、他の存在を軽んずるようなことを考えるかもしれない。
日本とか、世界とか、大きな社会のことを考えるのなら、大きな視点を持たないと判断を誤る。
自分という個人のことだけを考えていては正しい考察はできない。
だからといって日本のことを考えるのに、日本だけのことを考えてもダメだ。
各個人のことを考え、国のことを考え、世界のことを考える。
その上で、考えることを脱してそれぞれの階層を感じてみる。
そのためにはまずたくさんのことを学ばなければならない。

11月

20

世界の正直化

ネットのおかげで、かつては普通では知られなかった情報が流れてくるようになった。
フェイクも含まれているが、フェイクではないものもある。
どれがフェイクでどれが真実か見分けるための感覚を養わないとならない。
多くの人がそれができるようになってくると、世界の正直化が加速度を孕む。

11月

18

全体であり一部である

どんな存在も全体をなしているが、何かの一部でもある。
そのことを何度も繰り返し考えるが、一向にわからない。
わかるというパラダイムに無理があるようだ。
僕の理性が全体をとらえることを許さない。
一部を知るのみ。
全体とは何か?

11月

14

ウサギの二円切手

記念切手を使って手紙を出すのが好きなので、古い切手が何十枚もある。
だから二円切手を50枚買った。
何年か前にもたくさん買った。
そのときは、封書80円が82円になったとき。
80円切手にウサギの切手一枚を貼って出した。
いまでは80円切手にはウサギ切手を二枚、82円切手には一枚貼って出す。
それでも80円、82円切手を使い切る前に、綺麗な84円切手を買ってしまうんだろうな。

11月

13

カボちこ

カボスを櫛切りにして凍らせる。
それをグラスに入れて、いいちこを足して炭酸で割る。
カボちこのできあがり。
カボスが溶けてきたらマドラーで潰しながら飲む。
ほのかに酸っぱくて、カボスの香りがする。

11月

12

からだを感じる

ときどき自分のからだを感じてみる。
些細な痛みはないか。
からだが何かを訴えていないか。
もし些細な痛みや違和感を見つけたら、そこを癒して上げる。
その部分を撫でながら感謝。

11月

11

小さな勝ち負け

目の前の小さな勝ち負けにこだわる。
あらゆることを知ることはできない。
だから、それが本当に正しいことなのかどうか、わかりようがない。
小さな勝ち負けにこだわったところで、宇宙に対して意味があるのかないのかわからないし、あってもなくても僕には関係ないのかもしれない。
理解できる意味にこだわるしか仕方ない。

11月

10

カリグラフィ用万年筆

きれいな文字を書きたいとき、カリグラフィ用の万年筆を使う。
縦線が太く、横線が細くかける。
自然ときれいな文字になる。
いつものように急いで書くともったいない。
でも時間がかかる。
時間をかけたい文字におすすめ。

11月

9

デカメロンを読む

3月頃から読み始めた『デカメロン』を読み終えた。
河出文庫、平川祐弘(祐は旧字)氏の翻訳。
『デカメロン』は『十日物語』と訳されることがある。
「デカ」が「10」で、「メロン」が「日」を表す。
「でかいメロン」を思い浮かべて、ちょっとエッチな想像をする僕は大はずれだ。
内容は、ペストの流行で10名の男女がフィレンツェから逃れ、郊外に滞在する。
その10日間の滞在中、皆が面白い話をして過ごそうと提案され、10人が毎日一話ずつ語り、それが十日間で100話の物語が披露される。
『デカメロン』はその様を描いたものだ。
参加した10名の人間関係は簡単に紹介されるだけでほとんど触れられない。
内容の中心は100話の物語。
毎日その日の王、または女王が決められ、その人がその日一日語り合う話のテーマを決め、誰が次に語るのかも指定できる。
舞台となった1348年はペストが最も流行った年であり、フィレンツェの人口は九万人が、三万人にまで減少した。
出だしにはその黒死病ともペストとも呼ばれる病気の症状が説明されギョッとするが、そこから先はフィッレンツェでの悲惨な状況を忘れようとする人々が、笑えたり、驚いたりするような話を繰り返していく。
『デカメロン』は艶笑話だと言われている。
確かに性的な話もいくつかあるが、そればかりではない。
感想はというと、とても難しい。
100話にそれぞれ感想があるので、いろんなことを考え、感じた。
平川祐弘氏はこの文庫にとても丁寧な解説をつけている。
上・中・下巻それぞれについていて、それらを読むのも楽しかった。
まとめると一冊の本になるほどの分量だ。
それで知ったのだが、ボッカッチョ(僕が学生の頃はボッカチオと呼ばれていた)はダンテ作『神曲』の研究者で、その優れた文学性を称揚しつつ、一方で批判としてこの『デカメロン』を書いたという。
そう言われてなるほどと思うのは、『デカメロン』では善悪がとても不安定なものとして書かれている。
たとえば、夫が仕事に熱心で、あまり相手をしてもらえない夫人が、若い男と浮気をするような話があるが、読み進めて行くと、夫人に寂しい思いをさせた夫の方が悪者となり、懲らしめられてしまったりする。
当時のカトリック的善悪判断からすればとんでもないことだと批判されただろう。
そういうことをボッカッチョはあえて書くことで、カトリックによる窮屈な社会に対して一矢報いたのだという。
だから、カトリック的な価値観を持つ人々には「馬鹿げたエロ話」的な扱いを受けた。
しかし、その内容の奥の深さは、700年近く読み継がれていることで明らかだ。
カトリック的善悪より、そこに生きている人の感情が大切だと訴えているようにも感じたが、必ずしもそのような話ばかりではないところが、いいところだろう。
『神曲』も、いつか読もう。
コロナ禍で窮屈な現在と、少し被る部分を感じる。

11月

8

トランプとバイデンの大統領選

世の中のあり方が明るみに出てしまう出来事がある。
かつて911がそうだった。
もっと古くはケネディ大統領の暗殺もそうだろう。
しかし、どちらも事実は明るみには出ず、「陰謀論」というレッテルが貼られるたくさんの説が現れて終わりになる。
噴出してくる陰謀論のうち、どれかは正しい話だろうし、もしかしたら陰謀論に目を眩まされて掴めていない事実があったのかもしれない。
今回の大統領選もそういうことの一つになるのだろう。
そこから何を学ぶべきなのか?

11月

8

長い文章を読まないと理解できない概念

本を読んでもなかなか理解できない概念がある。
一度読んでも理解できず、すぐに読み直して理解できることもあるが、時間を置いて読まないと理解できないこともある。
他のことを学んでやっと理解できるようになった時、とても嬉しい。
そうやって手に入れた概念は、しばらく使わないと忘れてしまう。
しかも、そういう概念は、すぐに役に立つことはあまりない。
長い時間をかけて磨いて熟成させて、やっと何かの役に立つ。

11月

6

寒い朝

朝が少しずつ寒くなってきた。
まだ本当に寒い朝にはなっていないが、寒い朝が来ることを期待している。
水道が凍ってしまうような朝。
息は白くなり、指は凍える。
バケツの水に氷が張る。
地面には霜柱が立つ。
そういう、いても立ってもいられない寒い朝が懐かしい。

11月

5

豊さとはたくさんの意味に気づいていること

アメリカの大統領選は混沌としてきた。
いろんな人がいろんな意見を言うだろう。
そして、どの意見が本当は正しいのか、よくわからなくなっていく。
アメリカにはすでにたくさんの謎が存在する。
なぜケネディ大統領が暗殺されたのか。
911の本当の主犯は誰なのか。
なぜ大量破壊兵器のないイラクが攻撃されたのか。
挙げていけばキリがない。
そして、そのような政治の在り方は、世界全体を包んでしまっている。
残念というしかないが、そのことをきちんと知っておく必要がある。
たった一つの真理を求めていくと、解釈や立場、見方の違いによる意見の相違を許容することができなくなっていく。
どちらが正しいか、戦わざるを得なくなる。
解釈や立場の違いによって見方の相違が生まれてくることは仕方のないことだ。
それを許容できないと暴力が行使されてしまう。
立場が違えば意味や解釈が違うことを許容し、その違いを越えて共同するためには時間がかかるだろう。
しかし、その時間を取ることで、豊かな結果を得られるよう努力していかないと、地球環境は荒れ、人々は無意味に殺され、荒涼とした世界に直面しなければならないだろう。
どんな出来事にもいろんな意味が生まれてしまう。
そのことに深く気づかない限り、無意味な争いが続くだけだ。

11月

4

金龍香

以前、浅草寺でお香を買った。
沈香の香りによく似ている。
実際に沈香かどうかまではわからないけど、似ているからよしとする。
とても落ち着く。

11月

4

全体性を見つめる

全体性を見つめると、悪は善に勝てない。
堕天使は天使に勝てない。
闇は光に勝てない、
だから光は闇の存在をただ愛してあげれば良い。
共感しつつ、その境界線を認識していればいい。
愛とは、関わり合う全ての存在をありのままにしてその力を引き出すような、高度な組織化を助ける力だから。

11月

2

古い常識

常識はいつも同じもののように感じてしまうが、時代とともに変化する。
変化してしまった過去の常識はたいてい忘れられる。
ところが、毎日のように文章を書いていたり、古い本を読むことでそれを思い出す。
長く生きていると大切なこと。

11月

2

ヘミングウェイの家

ショーン・コネリーの訃報を聞いてふと思い出したのは、キーウエストにあるヘミングウェイの家だ。
ショーン・コネリーはバハマで亡くなった。
あのあたりは僕の頭の中でごっちゃになっている。
まず、バハマとハバナを混同する。
混同するたびに「葉巻はハバナ」と思い出して、ハバナはキューバだと思う。
キューバにはヘミングウェイのゆかりの場所がたくさんある。
それで行ったことのあるキーウェストの家を僕は思い出すのだろう。
バハマもハバナもキーウエストも、気候は似たり寄ったりだろうし。
007の舞台としてもあのあたりはよく登場する。
「007消されたライセンス」でMとボンドが会うシーンにヘミングウェイの家が使われていた。
それを見て懐かしいと思ったことを覚えているが、1989年に公開された映画なので、公開時にそう思ったのではないようだ。
そこに行ったのは確か1995年。
これも僕の記憶の曖昧さを表している。

11月

2

ショーン・コネリー

ショーン・コネリーの映画をたくさん見ていた。
007はもちろん、他にも。
そう思っていたけど、実際に出演映画のリストを見ると、まだ見ていない映画もたくさんある。
楽しみはまだまだ続く。

10月

30

人新世の「資本論」

資本主義が次に向かうべき方向とは何か?
それが書かれている。
マルクスは資本論第1巻を書き上げてから、死ぬまでの15年間、自然科学などを学び、人間と自然の物質代謝について考えていたという。
簡単に言えば、来るべき地球環境問題について深く考えていたのだ。
そのために資本論第二巻、第三巻が書けなくなってしまった。
第一巻も書き直そうかとしていたようだという。
なぜ著者斎藤幸平氏はそのようなことを知っているのか?
現在MAGAと呼ばれる国際的出版プロジェクトに関わっており、それはマルクスとエンゲルスの草稿・遺稿・メモなどを100巻ほどの全集とするものだそうだ。
それを精査すると、マルクスが環境問題を取り込んでどのような解決をもたらそうとしていたかが浮かび上がってくるという。
この晩年のマルクスの考えを背景に、資本論第一巻を読み直す必要があると齊藤氏は主張する。

10月

29

真如

「大乗起信論」に真如という言葉が出てくる。
わかったようでわからない言葉。
その人の立場や精神的段階によって意味が微妙に異なる言葉。
言葉とはいったいどんなものかが炙り出される言葉。

10月

29

心が揺れる

些細なことで心が揺れる。
「そんなこと気にしているんだ」と気づく。
僕の心は薄い絹のカーテンのよう。

10月

27

隕石

最近、隕石の落下が増えているように感じる。
2013年にロシアのチェリャビンスクに落ちたが、それ以外にもいくつか報道された隕石があった。
地球に接近する可能性のある天体のことをNEO(Near Earth Object)という。
現在すでに1万6千個ほど発見されている。
それらは軌道が計算され、100年は地球には落ちてこないそうだ。
しかし、観測できない小さな隕石はいつでも落ちてくる可能性がある。
中にはスペースデブリであることもある。