9月

14

縄文人の衣服

縄文展を見て以来、
あれらのデザインが気になる。
ネットで「縄文人の衣服」と
検索すると、
いろいろな服が見られるが、
あの火焔型土器や
様々な土偶を見ると
現代にはない奇抜な服を
着ていたように思う。
特に祭祀のときに着ていた服は
どんなものだったのか見てみたい。
知りようがないけど、
土偶から想像すると面白い。

9月

11

地下鉄のエアコン

911から17年。
ニューヨークでは何かあったかな
と調べると、
破壊された地下鉄の
コートラント駅が
再開されたとあった。
なんで17年も使われなかったのか。
しかも驚いたのは
ニューヨーク市地下鉄は
どこの駅にもエアコンがなく、
再開されたコートラント駅が
はじめてのエアコン導入駅
となったとか。
東京の地下鉄には
どこもエアコンが入っていて
良かったと思う。

9月

4

縄文の女神

東京国立博物館の特別展
「縄文〜1万年の美の鼓動」に
出品された縄文の女神。
70年代ファションの
パンタロンのようなズボンをはき、
お尻がぐっと突き出ている。
一目見て山本寛斎が
デヴィッド・ボウイのために
デザインした衣装を思い出した。

9月

4

顔面付壺型土器

東京国立博物館の特別展
「縄文〜1万年の美の鼓動」に
顔や、マンガのような人のからだが
付けられた土器があった。
一番驚いたのは土器全体が
からだを現わしていて、
土器の縁に顔があり、
土器の中程に出産で出て来る
赤ちゃんの顔があるというもの。
土器と人体が一体化している。
AIが発達して、
IOTが当たり前になった時、
これらの縄文土器はきっと
しゃべる器として
復活するのではないかと
妄想を抱く。

9月

1

火焔型土器

東京国立博物館の特別展
「縄文〜1万年の美の鼓動」を
見てきた。
一番印象に残ったのは
何点もの火焔型土器である。
あれはいったい何だろう?
ふと思い出したのは
白川静が唱えていた
口(さい)という文字。
正しくは「白川静 サイ」で
検索すると、その形が示される。
祝詞を収める箱のことを言う。
最初は神に伝えたい言葉を書いて、
あそこに入れて
燃やしたのではないかと思った。
でも、縄文時代には
文字は存在しないはず。
そこで、何か呪物を入れて
燃やしたのかなとも思う。
神に捧げる祈りや願いが
あの形に結実したのではないかと。
学者に言わせればこんな空想は
笑い事だろうが、
空想は空想として楽しみたい。

4月

25

康煕字典

康煕字典(こうきじてん)を
ご存知だろうか?
日本語を扱う仕事をしている方は
もちろんご存知だと思うが、
理系出身の僕は知らなかった。
「こうき」という
読み方すらわからなかった。
たまたま入手することになり、
いまではときどき開いて
ニマニマしている。
1700年代、清の康煕帝勅撰の字典だ。
なのですべて漢文で書かれている。
漢字の由来を調べるのに重宝。
現代ではUnicodeの配列順にも
使われている。
しかも、1700年代の清の漢字が
掲載されているので、
見たこともないような漢字が
たくさん載っている。
入手した講談社の
「標註訂正康煕字典」には
返り点がついている。
中学高校で習った漢文の知識が
珍しく役に立った。
白川静の「字統」や
ほかの漢和辞典と読み比べることで
さらに「へぇ」なことを知っていく。

4月

8

自分にとっての日本史

日本史とは
ひとつの決まったものだった。
あの年にこういう事件が起こり、
その結果、こういうことになったと。
そういう話をずっと
学校で習ってきた。
そして、なぜ明治以降の歴史を
学校では習わないのか不思議だった。
縄文時代から日本史は始まり、
なぜか江戸時代の終わりで
歴史の授業は終わる。
時間が足りないという理由だったけど
実は別の理由があったのではないか?
明治時代あたりになると
当時まだ生きている人がいたりして、
一元的に語ることが
難しかったのではないか?
西南戦争なんか、どの立場で
参加したかで印象が全く違う。
そんなことに国家が
解釈を付けてしまっては
きっと大騒ぎになっただろう。
そう考えて、ふと思ったこと。
江戸の末期で、日本人は誰でも
ものの考え方が
一括りにされたんだなということ。
世界史を学ぶことが
なぜか僕には難しかった。
その理由がいまならわかる。
いろんなものの考え方をするのが
面倒だったのだ。
ある国から考えるといいことが、
別の国から考えると悪いことになる。
そういう関係性を感じるのが
面倒だったんだ。
日本史は一つの解釈を知っていれば
事足りる。
だから理解しやすかった。
幕府がどう考えるかを知っていれば
外様大名がどう感じていたかなんて
知らなくても済んだ。
ましてその地域で生きていた人たちが
何を考え感じていたかなんて
まったく学んだ覚えがない。
裏返せば、自分と歴史との関係を
考えなくて済んだということ。
歴史は歴史、自分は自分。
歴史と自分の関係を考えることで
さまざまなことが
理解できるようになる。
だけどそれは、
一般化できることではない。