8月

30

ハワイのペトログリフ

ビショップ博物館でペトログリフの本を買い、ハワイの地に点在するいくつかのペトログリフを見て回った。
その本にはどこにペトログリフがあるのか詳細な地図が載っていて、探していくと実際にペトログリフが見つかった。
熔岩の流れたあとに刻まれていたり、砂岩の上に刻まれていたり、公園のようなところに集められていたりした。
ペトログリフで描かれた人の絵はその多くが、股を開いた形になっていて、古式フラの格好に似ていた。
相方と一緒に古式フラやペトログリフの格好を真似て写真を撮った。

7月

25

写真集『水俣』

W.ユージン・スミスとアイリーン・M・スミスの写真集『水俣』を読んだ。
写真集だから普通は「見る」とか「鑑賞する」とかだろうが、この写真集は明らかに読む写真集だ。
記述が深い。
日本では入手困難だが、読む価値がある。
これを読んでから映画「MINAMATA」を見ると、最初の数分で心をつかまれる。

7月

20

全体性に触れる

書くのは簡単だが、実行は難しい。
そもそも全体性とは何か?
人間にとっての全体性とは、宇宙のことであり、地球のことであり、国家のことであり、地方社会のことであり、家族のことであり、個人のことであり、それらの総合でもある。
それぞれに支配している理屈は異なり、自分がどの観点からモノを見るかによって現れてくる思いや感想は異なり、その違いに惑わされていると即断即決はできなくなるため、多くの人はそれらの違いについてあまり深くは考えないのだろう。
しかし、長い人生について考えるとき、これらについてじっくりと考える必要がある。
いま僕たちが混乱の中にいるとしたら、この全体性に触れる機会なのではないか?
この答えも簡単に出すべきものではないだろう。

6月

24

堕天使

「堕天使」という言葉があります。
天使だったのに、悪魔になってしまった存在。
悪魔を演じるしかしようがない存在。
堕天使のみなさん、自分が天使であることを思い出してください。
あなたの力は強大です。
あなたの力で多くの人が救われます。

6月

10

人口百億

人口が百億を超えると人類は滅亡するなんて話しがあるけど、それは微妙だ。
百億を超えないように頑張ろうとしているいまの状況の方が不自然だと思う。
百億を超えたら、人類はいままで通りには生きていけなくなるだろう。
それがチャンスだ。
生命が海から陸に上がったように、地面を這う生命が空を飛んだように、共通概念を持ちようがなかった生命が言葉を獲得したように、いまの僕たちには想像できない飛躍をするだろう。
それが生命だから。
人智が及ぶ範囲で何かしようと考えるのは「無知の知」を認めてない。
人類が別次元に飛躍したときの生命を人間と呼ぶかどうかはまた別の問題。

6月

2

ユニコーンはノアの箱舟から追い出される

錬金術の話にユニコーンがよく出てくる。
ユニコーンは想像上の動物だとされているが、面白いのは東欧の民話。
ノアが箱船を作ったとき、ユニコーンも乗せたが、あまりにも暴れるので箱船から水の中へ放り投げたそうだ。
だから今ではユニコーンはいないという。
ユニコーンが陽の象徴だとすると、その意味がよくわかる。

4月

13

フィンランディア

朝、目が覚めると、頭の中でフィンランディアが鳴っていた。
なんでだ? と思ったが、あれはロシアの圧政にフィンランドの人々が立ち上がるための曲だった。
新型コロナウィルスによる圧政に日本人も立ち上がるべき時かもしれない。

11月

20

世界の正直化

ネットのおかげで、かつては普通では知られなかった情報が流れてくるようになった。
フェイクも含まれているが、フェイクではないものもある。
どれがフェイクでどれが真実か見分けるための感覚を養わないとならない。
多くの人がそれができるようになってくると、世界の正直化が加速度を孕む。

11月

5

豊さとはたくさんの意味に気づいていること

アメリカの大統領選は混沌としてきた。
いろんな人がいろんな意見を言うだろう。
そして、どの意見が本当は正しいのか、よくわからなくなっていく。
アメリカにはすでにたくさんの謎が存在する。
なぜケネディ大統領が暗殺されたのか。
911の本当の主犯は誰なのか。
なぜ大量破壊兵器のないイラクが攻撃されたのか。
挙げていけばキリがない。
そして、そのような政治の在り方は、世界全体を包んでしまっている。
残念というしかないが、そのことをきちんと知っておく必要がある。
たった一つの真理を求めていくと、解釈や立場、見方の違いによる意見の相違を許容することができなくなっていく。
どちらが正しいか、戦わざるを得なくなる。
解釈や立場の違いによって見方の相違が生まれてくることは仕方のないことだ。
それを許容できないと暴力が行使されてしまう。
立場が違えば意味や解釈が違うことを許容し、その違いを越えて共同するためには時間がかかるだろう。
しかし、その時間を取ることで、豊かな結果を得られるよう努力していかないと、地球環境は荒れ、人々は無意味に殺され、荒涼とした世界に直面しなければならないだろう。
どんな出来事にもいろんな意味が生まれてしまう。
そのことに深く気づかない限り、無意味な争いが続くだけだ。

8月

16

逆説の日本史

逆説の日本史25巻を読んだ。
作者の井沢元彦は歴史学者のことをよく批判する。
その批判はもっともだと思う。
でも、歴史学者も大変なのだと思う。
皇統に関する公に認められていること以外のことを発表すると何をされるのかわからない。
きっと天皇がそんなことをしているのではないだろう。
取り巻きが変な忖度をしているのだと思う。
それがどこの誰かもわからない。
だからとても怖い。
もし天皇が「歴史と神話は切り離しましょう」とひとこと言ってくれたら、きっと日本の歴史学は急速な進歩をするのだと思う。

8月

16

終戦記念日

日本では今日が終戦記念日ということになっている。
他国では事情が違う。
日本は以来、戦争はしないことになっている。
大儲けしたい人たちが戦争をしたがるようだ。
金と命を引き換えないでくれ。
新たな終戦記念日はもういらない。

7月

28

スマイル

チャップリンが映画『モダン・タイムス』のために作った挿入曲。
のちにタイトルと歌詞が加えられ、ナット・キング・コールが歌った。
以来たくさんのアーティストにカバーされている。
僕が久しぶりに聞いたのは、マイケル・ジャクソンによるカバーだった。
チャップリンがアメリカを追放され、20年ぶりに帰国の機会を与えられたのがアカデミー賞の授賞式だった。
オスカー像をチャップリンが受け取るとき、会場にいた人たちがみんなでこの歌を歌ったという。

7月

7

騎手がチラッと見るように

昔、イェイツのお墓に行ったことがある。
スライゴーのドラムクリフ教会にある。
墓石に詩が彫られている。
とても印象的だった。
Cast a cold eye on life. on death.
Horseman pass by !

5月

26

真実と物語

日本には古事記以来、天皇にまつわる物語がある。
日本にとってそれは大切なものだ。
伊勢神宮に行ったり、皇居でご奉仕したりして、それは感じている。
しかし一方で、歴史的事実も大切なもの。
古墳を調べると、被埋葬者が歴史的事実と、宮内庁が発表していることとの間に差があることがわかる。
歴史は歴史として調べ、日本の物語は日本の物語として保持することはできないのか?
多くの人はできないと思っているようだ。
事実がわかると皇室に危機が訪れると考えている人。
事実を知って日本を変えようとしている人。
いろんな人がいる。
こう考えてくると、真実と物語のどちらを大切にするかというよりは、それを利用して何かをしようとする人の問題だとわかる。
それを解決するのは難しく思えるが、ただみんなが節度を守ればいいだけのようにも思える。

5月

15

次代の天皇

現在の天皇は「国民の象徴」ということになっているが、自民党の憲法改正案では「元首」とするとなっている。
明治維新以降天皇は君主として統治していた。
「元首」と「君主」は何が違うのだろう?
古事記や大嘗祭を研究した工藤隆博士がその著書『古事記誕生』でこんなことを書いている。
短くまとめるので概念の大切な部分が抜け落ちるが、気になる方は中公新書の『古事記誕生』を読んで下さい。

日本は戦前、誇大妄想の神国日本像へとのめりこまされた。
敗戦後は逆に日本人のアイデンティティーを考えなくなり、心的空洞をもたらした。
日本の島国文化・ムラ社会には助け合い精神・忍耐力・自己抑制力などプラス面があるが、同時にムラの内側の論理がすべてにおいて優先されるので、外側からの視点を正確に把握できなくなることがある。
よって、文化人類学、考古学、古代史学、言語学、民族学ほか、さまざまな学問から得られた要素をインプットして、縄文・弥生期をホログラフィー的手法で立体的に浮かび上がらせることで古事記を研究することが大切だ。
そうしてはじめて日本は自分のオリジナリティーがどのようなものか知ることができるだろう。

このような考察を経てから、次代の天皇像を考える必要があるように思う。
政治家が利用するための天皇はいらない。

5月

7

ノヴァセン

ガイア理論を提唱したジェームズ・ラヴロックが99歳にして『ノヴァセン』という本を出版した。
簡単に書くと、人間も自然の一部なので、人間が作り出すAIも自然の一部であり、そうだとするといままでの生物が従ってきた法則に則るはずであり、人間の勢いがたとえ衰えても、AIが次世代を担うだろうという、明るいのか暗いのか判断が難しい未来について書いた。
人間が生き延びるかどうかについては、多分生き残るけど、覇権を握るのはAIになるだろうという。
僕もそうだろうなと思うし、まわりの友人たちにはその話をずっとしてきた。
いろいろと批判もされるが、なぜそうなのかという説明をしだすと長くなる。
ラヴロックはその説明の大部分をはしょっている。
賛成派と反対派に分かれるだろうなと思うけど、賛成しようが反対しようが、そうなるときはいつか来る。

3月

4

普通の桜餅

相方が桜餅を買ってきた。
透明なパッケージの中身は三つあった。
二種類の桜餅と草餅。
相方は「道明寺と普通の桜餅と草餅買ってきた」と言った。
そう、普通の。
僕も幼い頃から桜餅といえば普通の桜餅だった。
ときどき形が違う桜餅があり、なんで二種類の桜餅があるのか謎だった。
あるとき、形が違う桜餅は関西のものという認識になり、いつの間にかそれは道明寺という名だと知る。
それで、普通の桜餅は「普通の桜餅」になった。
この文を書くのにネット検索した。
普通の桜餅は「長明寺」という名前で、江戸時代享保二年(1717年)に向島の長明寺の門前で発売されたそうだ。
いまでもその発祥の店「山本や」が向島の長明寺前にあるとのこと。
自分にとって馴染みのあるものは「普通」になる。
いつか「山本や」の普通の桜餅を食べてみたい。
かつては調べようのなかった「普通の桜餅」の謎。
もちろん知る人ぞ知るということだったのだろう。
グーグルマップでお店の場所を調べたら、すぐ近くに言問団子の発祥店があり、お菓子を味わうたびに行こうかと思う。

2月

10

亀塚古墳

古墳に興味を持つようになったのは、亀塚古墳に行ったから。
大分県大分市、丹生川の別府湾に注ぐ河口近くにある。
全長116m、後円部の直径64m、前方部の長さ52m、高さが後円部で10mという立派な古墳が、平成に入ってから復元された。
葺石で覆われた美しい墳丘に前方部から後円部まで登ることができる。
一番高い後円部に登ると、別府湾が見下ろせる。
たまたま行った日が「海部のまつり」の日で、古代衣装をまとった女性たちが、男性の楽士たちを引き連れ、たおやかな舞いを披露しながら古墳のまわりを歩いていた。

2月

10

大阪歴史博物館

2001年に完成した大阪歴史博物館へ十数年前に行った。
何も知らずに館内に入り、10階に行く。
そこでは飛鳥時代・奈良時代の宮殿内が再現されていて、その説明のための映像が流されていた。
フムフムと思いながら見ていると、最後にCGで再現された難波宮が登場し、その建物内部から視点は建物の外に出て俯瞰となり、建物全体が映し出されると、目の前のスクリーンが窓に変わり、博物館から見下ろす土地にその建物があったことが示される。
そこからは実際の難波宮太極殿跡が見下ろせた。
博物館の映像でビックリした珍しい体験だった。

2月

8

古墳時代の謎

日本中に16万基もの古墳を造ったという古墳時代。
そんなにお墓を造ってどうするんだろうと思っていたら、とても合理的な説明をしている人がいた。
小名木善行という人。
こんな説明をしている。
「古墳時代と言われている頃に水田がたくさん造られました。
 水田は水路を確保するために水平な土地をたくさん造ります。
 そのために掘り起こされた土がたくさん出る。
 それを積んでおいたのが古墳になったのです。
 あるときから水田の規模が大きくなったので、大きな水田を造ったリーダーを祀るために、大きな古墳の頂上に葬るようになったのでしょう。
 しかも、水害が起きたときには古墳の高さが役に立ちます。
 避難所になるのです。
 そうやって水田技術が広まると同時に古墳も広まっていったのです。
 それが400年するとピタッとなくなるのは、水路が完備して、土砂を一カ所に溜めておく必要がなくなったからではないですか?」
日本中に16万基ものお墓を造り続けたという話よりは、こちらのほうが腑に落ちる。

1月

30

野生動物と共生する

いろんなところで野生動物が悪さをしているという。
千葉県ではキョンが大量発生し、日光ではニホンザルが観光客を襲い、北海道では民家の近くを熊が歩いているという。
ほかにもきっとあるだろう。
アフリカでは道路網が整備されてきて、象やヌーの移動に支障が出てきているという。
彼らは広大な大地にしか生きられないので、土地が区分けされてしまうと移動ができなくなり、生きて行くことが難しくなる。
そういう野生動物とどうやって共生するのか?
人間の都合だけ考えれば「駆除すればいい」ということになるのかもしれないが、それは地球全体の生命にとってどうかと考えた場合、大きな問題になる。
これからの人間は「生命全体」という視点を持たないとうまく地球と共生できなくなるのではないか。
僕たちは「生命全体」に含まれる人間という種でしかない。

1月

27

自分から逃げること

『自由からの逃走』というフロムの本がある。
内容を端的に表現すると、人間は自由を与えられると何をするか考えるのが面倒になってたやすく手に入れられる答えに身を投じるというもの。
その逃避先が権威主義であったり、破壊性であったり、機械的画一性であったりして、その結果としてナチズムを生んだのではないかとしている。
1941年の著作だからそれからもう80年近くがたつ。
科学が、心理学が発達し、僕たちはなんでも明らかにしてきた。
だから、どんな時代に生きていようと、自分がどのように考えるかで様々な可能性があることを理解するようになった。
一方で、様々な可能性を考えられる思考は、時代が与えてくれたものであることも理解できる。
自分の環境が良ければ考えられることも、もし悪ければ考えられない。
そうだとすると、自分の思考とはいったいどういうものなのか?
本当の謎は、自分自身であるかもしれない。
逃げようのない自分の思考から、どのように距離を置くべきなのだろうか?

12月

7

歌垣の世界

折口信夫の本に歌垣という言葉が登場し、それがいったいどんなものか興味を持った。
長いあいだ忘れていた興味が、一冊の本によって解き明かされる。
工藤隆著『歌垣の世界』。
かつて日本にあった歌垣が、いまも中国雲南省の奥地に存在し、その研究と考察によって、日本についてのさまざまな示唆を与える。

令和の時代となり、天皇の儀式もかつてより報道されるようになり、憲法改正をするのならば日本人が考えなければならない天皇制というものについて、この本の最後に書かれていることはとても大事なことを伝えていると思うので、ここに転載する。

——
恋愛文化は『源氏物語』(1000年代初頭)に典型的であるように、王朝の物語世界でも、男女の恋愛をめぐるテーマを熟成させた。宮廷を舞台とする世界中の物語のほとんどは、政治的暴力の醜い権謀術数が展開される世界である。しかし『源氏物語』のテーマはあくまでも男女の恋愛である。

このような恋歌文化の強力な伝統は、長江以南諸民族の歌垣文化に発するものであり、しかもそれが日本においては、六〇〇、七〇〇年代の本格的国家建設の際にも継承されたということは、世界文化史上でも画期的なことであった。

もちろん恋愛と言うものは、合理的・現実的判断力(リアリズムの眼)が強すぎるときには生まれにくい。恋愛文化の伝統が強いということは、柔らかな価値観、だれかを恋い慕う思いなどに価値を認めようとする感性が強いということである。したがって、政治的な権力争い、国際政治における謀略的な闘いなどのリアリズムの眼が求められる場面では、しばしば判断ミスを誘う思考構造ともなる。

人間は、限られた生命を生きる存在であることを自覚しつつ、それでもなお生きることを選択して生きている以上、何らかの幻想や願望や憧憬を抱え込んで、いわばそれらを、生きることの栄養源にして生きていくのである。そのような幻想や願望や承継の最も甘美かつ魅力的な世界が恋愛であり、その表現形態の一つとして恋歌文化がある。したがって、長江以南少数民族の歌垣文化とその中心にある恋歌文化を、古代国家段階だけでなく二十一世紀の現代にまで伝えている日本文化は、それ自体で誇るべき世界文化遺産だとして良い。

しかし、他国と戦争するような場合にまで、幻想と願望と憧憬という、リアリズムから最も遠い意識に身をゆだねて行動をとれば、どれほど悲惨な結末を迎えるかは、一九四五年の敗戦までの日本軍部およびそれを心情的に支えた多くの日本国民が実際に体験したことであった。

6月

1

古墳時代

僕が小・中学生くらいの頃には、古墳時代という区分はなかったように思う。
縄文・弥生・飛鳥・奈良・・・となっていたはずだ。
弥生と飛鳥のあいだにいつの間にか古墳時代が入っている。
いつからなんだろう?
古墳は全国になんと16万基以上ある。
古墳時代はだいたい400年ほどだから、単純に計算すると年間400基の古墳が作られていったことになる。
僕はそれがとても不思議なことだと思う。
かつて仁徳天皇陵と呼ばれた古墳が世界遺産の候補になっている。
それはきっとめでたいことなんだろうけど、本当にめでたいのかどうかは立場によるようだ。
世界遺産に認定してもらうために大山(仙)古墳と名前を改めた。
つまり仁徳天皇の陵ではないことがわかっているから。
さらに日本の文字の発生はこの頃だと言われている。
漢字が渡ってくる以前、日本には神代文字というものがあったという主張があるが、学術的にはまだあまり認められてない。
神代文字は何種類もあり、立場によって主張が微妙に異なるため学術的に認められないようだが、存在したことは確かなことのように思われる。
なぜなら、400年のうちに16万基の古墳を作るのであれば、その作り方等を文字文書にしてないはずはないと思うからだ。
古墳を作る技術にはたくさんの知識が必要だろう。
それを徹底させるための文書があり、それを多くの人が目にして読み、それを人夫たちに伝えない限り、あのように巨大な構築物は作れないのではないか?
しかも、毎年400も。
その文書がすべて漢字であったのだろうか?
もしかしたら大陸から信じられないほどたくさんの人たちが日本に押し寄せてきたのだろうか?
そして、大陸から来た人たちと、もとからいた日本の人たちとの混血が始まったのだろうか?
大陸と日本の言葉がクレオール化したものが日本語となったのだろうか?
日本語に漢字が使われているのは、そういうことなのかもしれない。
謎がたくさんあるって、なんかワクワクする。

5月

9

耆那教聖典

埴谷雄高が「死霊」を書いたきっかけとなったという「耆那教聖典」を手に入れた。
世界聖典全集の前輯第七巻。
大正九年に出版され、十四年に四版となったものだ。
ジャイナ教の本としては日本ではじめてのもの。
折口信夫もこの全集の刊行に関わっていた。
94年も前の本だから、どんなに古いものが届くかと心配だったが、案外きれいな本だった。
きっと凄く高いだろうと思ったが、普通の書籍とかわらない値段で安心した。
表紙も裏表紙も凝っていて素敵。
読むのが楽しみ。