4月

7

桜を撮る

毎年、春になると桜を撮る。
似たような写真だが、同じ写真はない。
光の変化、空の青さ、桜の色、桜の咲き方、撮影の時刻など、いろんな条件の些細な違いで異なる写真になる。
それが面白くてまた撮ってしまう。

3月

27

桜咲く

近所の桜が五分咲きだ。
春になって薄着になる。
朝の散歩の速度がゆったりとなる。

3月

21

開花宣言

桜の開花宣言がなされた。
桜が咲いていくのが楽しみ。
桜に鳥が集まるのも楽しみのひとつ。
ついばんだ桜の花がクルクルと落ちてくることにも趣を感じる。

2月

21

皮膚の回復力

今朝、指を切った。
左手の人差し指、第一関節のところを紙かなにかでスパッと切ったらしい。
水を使って違和感を感じたのでよく見ると切れていた。
「おや」と思い、よく舐めて放っておいた。
いま見るともうほとんど治っている。
こんなに早く治るとは思わなかった。

2月

13

イルカのジャンプ

オアフ島の西、マカハの沖では、スピナードルフィンがよくジャンプしていた。
最近は行ってないが、彼らは元気かなぁと思い出す。
水面からジャンプした途端、クルクルクルとからだをねじって回る。
犬がずぶぬれになったときからだを震わせて水を飛ばすように、イルカが水面から飛び上がってクルクル回ると一緒に水しぶきが飛ぶ。
そういうイルカが何頭もいて楽しい。
命の躍動を見るのはいい。

12月

27

人新世の投げかける問題

2000年2月、メキシコでおこなわれた地球圏・生物圏国際共同研究計画(IGBP)の席上、オゾン層研究でノーベル賞を受賞したパウル・クルッツェンが叫んだ。
「我々は完新世ではなく、すでに人新世の中にいるんだ」
その二年後、クルッツェンは科学雑誌『ネイチャー』に論文を投稿する。
その論文で彼は1784年から人新世という地質時代を加えるべきだと主張した。
地質時代はそもそも数百万年から数億年の単位で変化してきた。
それに比して人新世はたった200年程度のものでしかない。
本当に地質時代に見合うものなのか?
クリストフ・ボヌイユとジャン=バティスト・フレソズはそれを擁護する共著書『人新世とは何か』を発表する。
読むと確かに納得させられる。
僕たち人類は地層も大気圏も水圏も、1784年以降どれほど変化させてしまったのか読むことができる。
地球に対する知性の影響は斯くも大きなものであった。
当時の知性は社会と自然の関係に目隠しをする「欲望の裏返し」だった。
それにやっと気づくときが来た。

11月

20

神殿

宇宙に満ちる神殿。
原子という名の神々が
寄り集まって神殿を作る。
神殿は踊りを踊って解体し、
別の存在に変わっていく。
常にいつも変化していく神殿。
僕たちはそれを無常だと感じる。

9月

25

ホモ・デウス

ユヴァル・ノア・ハラリの
『ホモ・デウス』を読んだ。
面白かった。
ただし、未来がかなり悲観的。
そこに書かれていたようなことを
20年以上考え続けてきた。
その内容の一部がここに。
http://www.houshouakira.com/resonance/?p=594
かなりはしょってあるので
理解しにくいかもしれませんけど、
いつかもっと丁寧に書きます。
で、この続きを10月10日に話します。
http://www.houshouakira.com/resonance/?p=672
『ホモ・デウス』で
疑問に残されたことに対して
僕なりの解答を出します。
ただ心配なのは、
説明する時間が足りるのかってこと。

8月

20

虫の声

夜になると秋の虫の声が
聞こえてくる。
窓から入ってくるいのちの交響曲。
夢見心地の耳に優しい。

8月

8

蝉の声

曇り空でときどき雨が降り、
強い風も吹くような天気なのに
セミが一生懸命鳴いている。
台風が過ぎると
また酷暑になるのだろう。
鳴けるうちに鳴こうということか。

7月

10

カミキリムシ

首筋がもぞもそとしたので
何だろう?と思って手をやると
カミキリムシだった。
びっくり。
でもひさしぶりだなぁ。
カミキリムシは種類が多いので
会ったカミキリムシが何か
ネットで調べる。
ゴマダラカミキリだった。
この背中の模様が
ウルトラマンに出てきた
ゼットンという怪獣の背中の
モチーフになっているそうだ。
へぇ。

6月

28

百合の花

部屋に生けてあった
百合の花が咲いた。
香りが部屋に充満する。
突き出ためしべ、
追いつこうとするおしべ。
めしべの方が長いから、
おしべは花粉を
めしべに届けることができない。
本来ならば虫が来て、
手助けするのだろうけど、
部屋の中に虫はいない。
ハラハラと落ちていく花粉。
花粉を楊枝の先にちょっとつけて、
蜜ののっためしべの先につけてやる。
でも、切り花だからなぁ。

6月

18

すべてのものは発達段階

ときどき人類はもう進化しないと聞くけど、
まだまだきっと進化する。
いまいる生物たちも
環境の変化に伴いどんどん変化し
進化していく。
なかにはもちろん絶滅するものも
いるだろう、いままでと同じように。
ただ心配なのは
人類が生まれて絶滅のスピードが
上がったということ。
人類はほかの生命が
絶滅してしまうような要因を
生み出している。
そのことについて
謙虚に考えてみなければならない。
あらゆるものが進化の途上であり、
発達段階にあるとすると
僕たちは何をなすべきか?
何に向かって
伸びあがっていくべきか。
最近映画などで
人口が増え過ぎて困るので
人口を減らそうという考えを
よく聞かされる。
それって正しい考えなのかな?
正しいビジョンなのかな?
世界人口が30億になり、
仕事の多くはロボットがしている
というビジョンがある。
でも、世界人口は100億を
超えるけど、
人類自体のパラダイムが
そのことで変化し、
いまの僕たちには理解しようがない
価値観のようなものが生まれ
生命圏を
発達進化させていくように
できるはず。
それを可能にするためには
広くて深い話を多くの人と
継続的にする必要がある。
簡単に理解できる話だけで
未来を決めていいのかな?

6月

1

ベランダの鳥

ときどきベランタに鳥がやって来る。
小さな訪問者。
彼らは歌を歌う。
僕はしていることを休んで
聞かせてもらう。
ひとしきり歌うと彼らは去って行く。
何の見返りも求めずに。

5月

29

鳥の鳴き声

朝、起きるとハトが鳴いていた。
僕にはあの声が
ツーツー、ジョウホウ
ツーツー、ジョウホウ
と聞こえる。
どんな鳥にしても
どうして同じ種はみんな
同じような声で鳴くのだろう。
きっと同じ仲間だということを
主張しているんだろうと思う。
だとするとオウムや九官鳥は
人間の声を真似しているのではなく
一生懸命同じ仲間だと
いいたいのかな。

5月

17

フンコロガシの仕事

フンコロガシは逆立ちをして
うしろ脚で糞を転がす。
一度だけだが、
そのフンコロガシの
働いている様を見たことがある。
どうやって糞を丸めるのか
それはわからなかったが、
彼を見つけたとき、
丸い糞をせっせと転がしていた。
フンコロガシの気持ちなど
わかりようがないのだが、
その様を見ると
とてもうれしそうだった。
あの糞で、大好きなあの娘と
こどもが作れる。
きっとうれしかっただろう。

5月

8

イルカと泳ぐビジョン

今朝、ここに何を書こうかと
瞑想していたとき、
ドルフィン・スウィムの
ビジョンを見た。
小さな船で海に漕ぎ出すと
イルカが群れでやってきた。
ウェット・スーツを着ていたので
すぐに海に入りたいと思うが、
シュノーケルとマスクがない。
仕方ないので普段プールで使っている
競泳用のゴーグルで入る。
なんでこんなビジョンを
見るんだろう?
ひさしぶりに
『日刊 気持ちいいもの』の
バックナンバーを検索した。
こんな文章が出てきた。

No.00133 00.06.09
イルカと一緒にでんぐりがえし

先週、御蔵島に行った。
年に一度イルカと泳ぐために行く。
御蔵島のまわりには、
野生のイルカが生息している。
しかも彼らは人間を恐がらない。
機嫌がいいと寄ってくる。
今年はイルカの機嫌が
やたらとよかった。
普段なら一緒に泳いでも
息継ぎするときに
離れてしまうのだが、
今回は一緒に息継ぎをしてくれた。
それも一度や二度ではなく何回も。
若い二頭のイルカが寄ってきたので、
きりもみ状態のようにして
クルクルと潜っていったら
彼らもまねして潜ってきた。
息継ぎに海面に出ると彼らも
息継ぎした。
次は潜りながら彼らを追っかけると
上へ行ったり下に行ったり
でんぐりがえしを
何度かすることになった。
そして息継ぎ。
彼らも彼らにとっては
再びする必要もないはずの
短い間隔の息継ぎをした。
次はきりもみ状態と
でんぐりがえしを一緒にやってみた。
方向感覚がなくなる。
しかも深くなれば水圧で頭が
締められる。
彼らもなんか一緒に
グルグルしているみたいだ。
自分が回っているので
よくわからない。
息継ぎに上がると目が回っていた。
彼らもまた息継ぎし、
深くへと潜っていく。
負けてはいられない、
もう一度潜った。
その後、何回一緒に潜っただろう?
五回か六回か? 
船にあがると同行していた友人が
うらやましがった。
僕もはじめての体験だった。

これは18年も前のことだ。
今はこのときほど体力がないだろう。
でもいつかまたイルカと
泳いでみたい。
泳ぎながら彼らとときどき目が合う。
恋人と目が合ったときのように
キュンとするんだよ。(笑)

4月

29

クローン犬のこぼれ話

「追憶」で有名な
バーブラ・ストライサンドが
クローン犬を飼っているそうだ。
昨年なくなったペット犬の
クローン二匹を作って
育てているという。
その話はとても微妙だ。
飼い主としては前に飼っていた犬の
生まれ変わりのように
可愛いのかもしれない。
その気持ちはよくわかる。
だけど、一歩引いてその話を聞くと、
「さてどうなんだろう?」と
疑問を持つ。
スティーブン・キングの名作
『ペット・セメタリー』を思い出す。
あんな話はないにせよ、
そのうち
「可愛かった娘をクローンに」
なんて話が出てこないだろうか
というと、相方が、
「うん、かわいい娘とか
 息子とかのために
 クローンを作ろうという親は
 出てこないとは限らないわね。
 でも、夫はクローンに
 しないだろうな」

4月

11

玄関のジャスミン

玄関先にジャスミンの鉢植えを置いた。
ドアを開けるとフワッと香る。
幸せな感覚と切なさと。

4月

9

龍神木

秩父今宮神社に
樹齢千年以上といわれる
龍神木がある。
幹に大きな洞があり、
そこに龍神様が祀られている。
冬には葉を落とし、
春から夏にかけて葉をつけなおす。
幹の周りにベンチが置かれ、
そこに座って木漏れ日を感じる。
龍神様を祀っている洞に、
もうすぐフクロウがやってくるはず。
http://www.imamiyajinja.jp/ryujinboku.html

3月

27

桜に集まる鳥

桜が八分咲きになってきた。
まだ花びらは散らないのに、
木によっては桜の花が
足元にたくさん落ちている。
鳥が萼(がく)の蜜を吸うと、
桜の花がそのままの形で落ちてくる。
桜色のスクリューが
クルクルと回りながら落ちてきたら
見上げてごらん、
そこにはきっと鳥がいる。
先日の散歩では、
野生化したインコが
蜜を吸っていた。

3月

13

複雑な多次元の渦

生命は複雑な多次元の
渦のようなものと僕は考えている。
たったひとつの渦ではない。
いくつもの渦が
複合的に絡まったもの。
渦と渦が絡まり合うと
とても複雑な流れができる。
その複雑な流れがまた絡まり合うと
次第にそれは渦のようには
見えなくなっていく。
生命の中心には化学反応の渦があり、
その渦が別の化学反応の渦をつくり、
複雑化することで細胞が生まれる。
細胞が安定するために
化学反応の渦が必要であり、
化学反応の渦があるために
細胞が成り立つ。
細胞の要素は渦のようには見えない。
でも、渦のように生まれ、
渦のように消えていく。
身体には物質やエネルギーが必要だ。
取り込まれた物質やエネルギーは、
体内でいろんな渦に取り込まれ、
いろんな渦を回し、
いろんな渦とともに排出される。
まるで渦だらけの
宇宙を模しているかのように。
宇宙のどこに渦があるのか?
太陽系は円を描いているように
思えるけど、
銀河系の中で移動しているから、
実は渦を描いているのだよ。

3月

9

蜘蛛の巣

マンションの片隅に
蜘蛛の巣を見つけた。
水滴が付いて輝く
美しいその形。
そして思い出す、
蟻地獄のことを。
どちらも虫を食べる。