12月

13

ニオイザクラの香り

夜になると寒いので、ニオイザクラの鉢をうちの中に入れる。
部屋の中に香りがブアッと広がる。
ジャスミンに似ているけど、ちょっと違う。
カサブランカに似ている部分もあるけど、ちょっと違う。
名前に「ニオイ」がつくだけのことはある。

12月

8

ニオイザクラ

昨日書いた、名前を忘れてしまった鉢植えのサクラは、ニオイザクラだった。
「サクラの一覧」を見てもその名は出て来ない。
名前はサクラでもバラ科サクラ属ではなく、アカネ科ルクリア属なのだそうだ。
いまは朝日に輝き、いい香りがする。

12月

8

サクラの名前

鉢植えのサクラを買った。
が、そのサクラの名前を忘れた。
そこで、ネットで「なんとかサクラ」と検索してみた。
一位が「安藤サクラ」で、二位にwikipediaの「サクラの一覧」がヒットした。
「サクラの一覧」を見ると自生種が100種類、栽培品種が200種類、分類によっては600種類を超えるという。
たくさんあるとは思ったが、そんなにあるとは。
名前の一覧を見ても、まだ思い出せない。
ベランダで可憐に咲いているというのに。

12月

1

World Beyond Physics

『World Beyond Physics〜生命はいかにして複雑系となったか』という本を読んだ。
面白かった。
アミノ酸やタンパク質がどのようにして生命となったかについての仮説が書かれている。
束縛閉回路、仕事タスク閉回路、触媒タスク閉回路の、三つの閉回路が大きな鍵となっている。
生命はニッチが生まれることで、その可能性を利用する。
その結果、物理が問題を解決する際に設定する相空間を、生命は越えていくのだ。
言葉の含意が深すぎて、短い文では説明できない、
知りたい方は本を読んでください。

11月

29

リズム

生命には必ずリズムがある。
一番わかりやすいのは心臓のリズムだ。
それ以外にもさまざまなリズムがある。
呼吸のリズム。
新陳代謝のリズム。
睡眠のリズムなど。
原始生命にもいくつかのリズムがあったのではないかと思う。

11月

29

あるモノの意味

環境が変わると、そこに存在するモノの意味が変わる。

11月

27

フラミンゴの群れ

昔、ケニアでフラミンゴの群れを見た。
それを見に、ナクル湖に行ったが、フラミンゴがほとんどいなくて、ボゴリア湖に移動した。
そこには数えられないほどのフラミンゴがいて、とても美しかった。
一羽ずつ見ると白く見えるのだが、群れでいると全体がピンクに見える。
湖の岸がフラミンゴのピンクで埋められていた。
水辺から飛び立つフラミンゴは、体が重く、滑走すると水面に足跡の波紋が残り、次第に速くなって飛び立つ様がかわいかった。

10月

12

秋の虫の声

窓を開けると秋の虫の声が聞こえる。
きっと彼らは年を越さない。
そう思ったら、幼い頃に同じことを考えていたことを思い出した。
切なくて身悶えした。
息が苦しくなって困った。
ナイーブだったな。

10月

1

腐敗

腐敗し切ると自然は新たな何かを作り出す。
腐敗し切る前に直したいと思っても、直らなかったものは仕方がない。
腐敗し切って新たなものが生まれるのを待つ。

9月

22

波紋の写真

ヒーリング・ライティングのサイトでトップに使っている波紋の写真が好きだ。
バリ島のサヌールというビーチで撮った。
朝日に輝く引き潮の海面。
浅瀬にできる潮だまりに朝日が反射して金色に輝く。
底にいる生物たちが出すガスが浮いてきて幾重にも重なった波紋を作る。
http://www.healingwriting.com

8月

28

クロアゲハ

とても大きなクロアゲハが、僕の周りを舞ってくれた。
「おー」と思って見上げながら、一緒にくるくると回ったら、すぐそばに止まったので写真を撮る。
その話を相方にしたら、「去年山椒の葉が蝶の幼虫に食い尽くされてたから、その御礼に来たんじゃない」というので笑った。
「そんなことあるわけないじゃないか」と思いつつ、念のためにクロアゲハの幼虫がどんなものを食べるのかを調べると柑橘系の葉っぱだという。
山椒はミカン科の植物なのだ。

7月

31

イルカのフィン

2000年頃、イルカとよく泳いだ。
年に一度は御蔵島に行っていた。
イルカと一緒に泳いで互いに見つめ合うような体験は胸が高鳴る。
そういうとき、イルカはゆっくり泳いでいるが、フィン(おびれ)の動きはとてもリズミカルだ。
指揮法を習ったとき「放物線を描くように」と言われ、速度は最下点が一番速く、上がるにしたがって遅くなるようにと言われた。
まさにそれと同じようにフィンが動く。
僕もイルカを真似してその要領で泳いでいる。

7月

20

蜜の香り

梅雨の湿り気の中、林を歩いていると、蜜の香りがしてきた。
とても甘い香り。
林が生きている息遣い。

7月

16

地球そして生命の誕生と進化

『地球そして生命の誕生と進化』と題された映像をYouTubeで見た。
よくできている。
未来についても示唆している。
これから数世紀の人類の未来についても、このクオリティで映像化できたらいいのにと思う。

6月

22

行動に意味が生まれる

ケニアに行ったとき、鳥の写真を撮ろうとした。
草原に一本の木が立っていて、そこにたくさんの鳥が群がっていた。
その木のまわりに飛ぶ鳥を、望遠レンズで一羽ずつ撮ろうと思った。
しかし、飛ぶ速度がとても速くてなかなかレンズで追いきれない。
諦めずに鳥をレンズで追いかけて行くと、しばらくして規則性があることがわかった。
ある一羽は、ほぼ同じ軌道を何度も飛んでいる。
それを見つけた途端、何羽もの鳥もそれぞれに軌道があることがわかった。
すると、二羽がほぼ同じ軌道を飛んでいるのも見つけた。
きっとつがいなのだろう。
そこで面白いことを思いついた。
同じ軌道を飛んでいるとつがいになるのか、つがいだから同じ軌道を飛ぶのか。
それともたまたま同じ軌道を飛んでいるだけなのか?
それは単に見ている僕が勝手に意味を付けているのかもしれない。
一方で、鳥たちにとって、同じ軌道を飛ぶことで、彼らの間に何か意味のようなものが生まれないのかと質問したくなった。

6月

22

太陽に意味を与える

太陽が輝いているおかげで、僕たちは生きていられる。
太陽がもし輝いていなかったら、地球は氷の星。
生命は生まれなかっただろう。
だから、太陽は一方的に僕たちに恩恵を与えていてくれるように思う。
僕たちは何か太陽にお返しをしているだろうか?
そう考えたとき、太陽を認識し、意味を与えていることが、僕たちのできる太陽へのお返しかもしれないと思う。
太陽を認識し、意味を与えても、太陽のためにはちっともならないと考えがちだが、果たしてそうなのか?
地球では二酸化炭素による温暖化が問題になっているが、一方で太陽は黒点が減少し、ミニ氷河期になるのではないかと言われている。
まるで地球の状況を見て太陽がバランスを取ってくれているようだ。
僕たちと太陽は重力で繋がっているが、ほかの要素でも繋がっているのかもしれない。
それとも重力に、コミュニケーションの能力があるのか?

6月

18

たくさんの意味

僕たちは言葉を持つことで何かにフォーカスすることができるようになった。
あれがしたいとか、これをしたいということを群れで共有できるようになった。
もちろん群れで何かの意図や目的を共有する動物はたくさんいる。
しかし、以前からある意味や行動以外の、新しい概念を共有することは難しい。
そのために言葉が役に立った。
ところが、あまりにもそれが発達したおかげで、「何かにフォーカスすること」以外の価値が見えにくくなってしまった。
たとえば「電話」という言葉。
僕が幼い頃は電話といえば二種類しかなかった。
黒電話か赤電話。
黒電話は家にある電話。
赤電話は公衆電話のこと。
しばらくすると公衆電話にもたくさんの種類が生まれ、黄色電話、ピンク電話、青電話、緑電話といろんな色が採用されて行った。
色が多様になるのと同時に、それぞれの色に象徴される電話の意味も生まれたはずだ。
だから、「電話」一言では、今の人たちはそれがどんな形状のものを指しているのか正確にはわからない。
ファックス付き電話かもしれず、グループ電話かもしれず、携帯電話かもしれず、スマートフォンかもしれない。スマートフォンの区別も考えると、いったい何種類の電話があるのか見当もつかない。
だけど、言葉上は「電話」でわかった気になる。
同じようなことがいろんな言葉で起きている。
「愛しているよ」という言葉の「愛」がどんな意味であるのか、よく聞いてみないとわからない。
ところが、自分が一番理解しやすいか受け取りやすいか、その微妙なところは人によってよくはわからないけど、たいてい人はどこかの意味に落ち着いている。
その意味の体系を組み直したり、壊してくれるのが文学的体験ということだろう。
他人と話しているとときどき自分の意味体系が壊れる。
「壊れる」と感じていることが、いかに自分の意味を強固に持ち続けているかを表している。
この世界にはたくさんの意味がある。
意味は次から次へと生まれてくる。
そのなかで、どうして自分の意味だけを大切にし続けるのか、よく考えなければならない。
言い方を変えると、なぜ自分の意味にだけしがみついているのか、ということになる。
自分を守るのと同様に、自分の意味も守らなければならない。
そう思い込んでいる結果、しなやかさを失っていることがあるかもしれない。

6月

3

朝の鳴き声

暑くなって来たので、窓を網戸にして寝る。
朝四時過ぎになると空が白んで鳥が鳴き始める。
日によって鳴く鳥が異なるけど、どの鳥の声も清々しくていい。
はじめて行ったカウアイ島のポイプの浜辺を思い出す。
B&Bに泊まり、開けた窓から早朝に十種類近い鳥の声が一度に聞こえた。
八つくらいまでは数えられたが、九つ当たりから「あれ? さっきこの声数えたかな?」となって、本当に正確な数は疑問。
涼しい風とともに窓から入って来て、とても気持ちよかった。
鳥たちはいったい何をささやき合っているのかな?

6月

1

パラダイス酵母

パラダイス酵母という酵母をいただいた。
この酵母でパンも焼けるのだそうだ。
リンゴジュースで培養する。
酵母を少量入れると、しばらくしてリンゴジュースが炭酸飲料のようになる。
それを飲むと体の調子がよくなる。
飲む量と健康状態によっては好転反応が出るそうだ。
あまり大量には飲んでないせいか、僕にはたいした反応は起きていない。
リンゴジュース以外のジュースで培養しているひともいるようだ。
培養しているとちょっと楽しい。

5月

27

ハエの侵入

夜にふと「最近ハエを見てないな」と思った。
昔はよく手や足をこすり首をクルクル回す様子を見たものだ。
「虫が減っているからな」と思い寝た。
翌朝、朝ご飯を食べていると、大きなハエが開けた窓から入って来た。
相方は大騒ぎである。
だけど僕は、ひさしぶりに見てうれしかった。

5月

19

世界の人口

世界の人口77億4千万。
もうすぐ77億5千万。
産業革命が起きた頃から、人口は爆発的に増え続けている。
2055年には100億に達し、その後増加の割合は緩やかになるが、2100年頃に110億でピークに達するだろうと言われている。
1億に達するのに20万年かかったが、そこからたった200年で7億になった。
だから人口をコントロールしなければならないというが、生物の増加はままならないもの。
人間の生き方を変えるべきだろう。
いかにエネルギーの消費を減らすか。
AIのサポートでそれを可能にするとき、きっと社会のあり方も変わっていく。
狩猟社会から農耕社会に変わったように、農耕社会から工業社会に変わったように、工業社会から情報化社会に変わったように、次の社会はAI社会になる。
いまのままの社会で100億を超えることはできないだろう。
人々が生き生きと暮らし、あらゆる生物が共生し、どんな生命もおろそかにされないような地球を、実現できるのだろうか?
生物との共生がもし無理だとすると、おそらくAIによって人間はほぼ絶滅する。
もし生物との共生が可能になれば、AIとの共生も可能になるだろう。
生命もAIも共存できるビジョンを作ろう。

5月

7

ノヴァセン

ガイア理論を提唱したジェームズ・ラヴロックが99歳にして『ノヴァセン』という本を出版した。
簡単に書くと、人間も自然の一部なので、人間が作り出すAIも自然の一部であり、そうだとするといままでの生物が従ってきた法則に則るはずであり、人間の勢いがたとえ衰えても、AIが次世代を担うだろうという、明るいのか暗いのか判断が難しい未来について書いた。
人間が生き延びるかどうかについては、多分生き残るけど、覇権を握るのはAIになるだろうという。
僕もそうだろうなと思うし、まわりの友人たちにはその話をずっとしてきた。
いろいろと批判もされるが、なぜそうなのかという説明をしだすと長くなる。
ラヴロックはその説明の大部分をはしょっている。
賛成派と反対派に分かれるだろうなと思うけど、賛成しようが反対しようが、そうなるときはいつか来る。

4月

7

寛容であることを学ぶ

これから新型コロナウィルスの検査数を上げていくと、感染者数が増えていくでしょう。
そのとき、感染者を批難するのは間違っています。

慶応大学病院で研修医が集団感染したというニュースがありました。
それに関して批難の言葉が寄せられているようです。
慶応大学が謝罪の言葉を発表するのは当然のことと思いますが、それを他人が批難するのは疑問に思います。

医療従事者はみな、感染の可能性を知りながら、困難に立ち向かっています。

ダイヤモンド・プリンセスから乗客を降ろした時点で、日本国内には新型コロナウィルスが蔓延し始めています。
積極的に検査しなかったため、どこの誰が感染し、どこにウィルスが付着しているのか、正確には知りようがありません。
だから、日本人は誰でも感染の可能性があるのです。
交通機関を使っただけでも感染の可能性があるのですから。
それを知った上で、感染者を批難するのはやめましょう。
感染者はいわば被害者です。
さらにいえば、感染者は抗体を作る可能性を持った人です。
抗体をたくさんの人が持つことができれば、そのとき集団免疫が生まれます。
つまり、感染した人こそが、この状態に対する救世主になりうるのです。
ただし、感染して免疫を得る前は、ウィルスを拡散してしまうので、そのあいだは自宅で静かにしてもらうことが大切です。
感染者に対して寛容でいましょう。
大切なのは、ウィルスをまき散らさないこと。
医療従事者は難しい立場に立たされています。
批難ではなく、応援を。
感染した人には一時も早い回復を祈りましょう。

4月

3

きれいになる地球

新型コロナウィルスのおかげで、あちこちで環境が改善されているらしい。
外に出られないので本当かどうかは確かめられないが、本当であればうれしいことだ。
知り合いが何人か、「今年は花粉症が軽い」と言っている。
普段工場から出てくる排煙が少ないため、「花粉と化学物質が反応して花粉症を引き起こす物質」が少ないという理屈らしい。
人間が好き勝手やっているから、地球上にある時間の堆積とともにやっと作った価値のあるものを使い果たしていくから、地球が怒ってウィルスを作ったのかな?
人間の都合だけで考えるのではなく、地球の環境とか、宇宙の摂理とか、そういう視点で世の中を見るべきときがやっと来たのかな?

3月

12

山椒の葉っぱ

外は次第に温かくなり、桜は咲き、ベランダの山椒の木に小さな葉っぱが出てきた。
春だよ。
そろそろ自分の頭からあの言葉をはずしてもいいコロナ。
おお、はずれない。笑