7月

24

東京オリンピック開会式に対する共感

昼にブルーインパルスが飛んだ。
残念ながら五輪のマークを完全な形でカメラに捉えた人はいなかったようだ。
雲があったし、風が強かったのかもしれない。
残念であったが、まだパラリンピックがある。
開会式の式典は、ピクトグラムのプレゼンテーションは面白かったものの、それ以外はいまひとつ僕にはピンとこなかった。
あれだけ人が入れ替わるのだから、トップに立つ人にビジョンも信念も欠けていたのだろうと思う。
下で働いた人は大変だっただろう。
会場の外では、オリンピックに反対する人たちと、警官たちとの間で小競り合いが起きていたとか。
デモをしたい気持ちもわかるが、あれだけ大金を投入したのだから成功させたいという気持ちもわかる。
ピラミッド社会が崩れはじめ、球体社会に移行しつつある。
インターネットが生まれたときからそれは始まっていた。
なのに、IT会社がピラミッドを維持しようとしているのはちぐはぐに思う。
トヨタはさすがだなと思う。
時代の嗅覚がほかの企業と比べて桁違いだ。
いま経験しているのと同じような難局が、これから数年、あらゆる分野で起きるのだと思う。
社会のメタモルフォーゼのためには必要なステップなのだろう。

7月

19

シルヴィ・ギエムのボレロ

踊りを見て感動するというのはなかなかないが、これは別格。
たまたまYouTubeに出てきたので見た。
やられた。
2015から2016年のカウントダウンにテレビ東京で放送されたそうだが、オンタイムで見ていたらもっと感動したろうな。
いったい何にこんなに心が震えるのか分析した。
まず、「愛と悲しみのボレロ」の踊りの部分を見ていたというのがひとつ。
「同じものか」と思って見たが、その油断が心を揺さぶった。
男の役を女性がしているというのもひとつあるかもしれない。
バックダンサーたちの衣装の統一にグッときたのかもしれない。
もちろんボレロという音楽にも震えた。
何度聞いてもラヴェルの音の使い方は素晴らしい。
編曲の妙とはこのことだ。
でも、それだけではないと思う。
モーリス・ベジャールが振り付けたからかもしれない。
シルヴィ・ギエムの最後のボレロだったからかもしれない。
1961年に完成したと言われるこの舞踏の、時の重みかもしれない。
シルヴィ・ギエムが東日本大震災のとき来日して踊ってくれたという人々に対する思いだったかもしれない。
最後の舞台に日本を選んでくれた意気込みかもしれない。
とにかく、うまく言語化できない何かがあった。

7月

14

映画「MINAMATA」

試写を見た。
とても面白い。
観客としては満足。
だけど、事実とは違う点がたくさんあって、歴史重視の観点からいえば、これはないだろうと言わざるを得ない。
物語を作る人の観点からすれば、事実をうまくニ時間ほどにまとめ、あっぱれだと言うことになる。
でも、宗教学者のエリアーデがこれを知ったら、とんでもないことをしていると言うだろう。
水俣市が後援をやめたのもわかる気がする。
立場によってこれほど意見が割れる映画は珍しいだろう。
すばらしくバズると思う。

6月

6

ブライアン・メイのファンファーレ

金曜に地上波で映画「ボヘミアン・ラプソディ」が流されたそうだ。
それを聞いてあの映画では、始まる寸前に泣かされたことを思い出した。
確かここにも書いたよなと、過去の『日刊 気持ちいいもの』を見たら、書いてない。
No.03712だ。
映画が始まる直前に鳴る20世紀フォックスのファンファーレが、ブライアン・メイのギターで演奏されていたのだ。
その音を聞いた途端に僕は感電死した。
なきがらが映画を見ていた。

6月

4

どこにあるのか

気持ちいいものは、いったいどこにあるのか?
ときどき、考える、感じてみる。
「いまここ」なんて簡単なものではない。
他人に伝えるのにそれしかいいようがないから「いまここ」という。
「いまここ」であり、「永遠の彼方」であり、「宇宙大の広がり」であり、「妄想」であり、「意味のないもの」でもある。
それを知るとはどういうことか。
語り尽くせぬ言葉が溢れる一方で、沈黙が訪れる。

5月

23

5000回記念

もうすぐ4500回を迎える。
5000回には何か、個展のようなことをしたいと思っているが、5000回分の文章をただ掲示しただけでは面白くない。
何かいいアイデアはないかとうつらうつら考える。

5月

20

逃げ恥婚

彼らがあのテレビドラマのように極度の照れ屋だとは思わないが、ああいう雰囲気はつい覗き見してみたくなる。
あまりにもぎこちないので笑いがともなう。
ああいう雰囲気は若い頃のほんの一時期のものだと思っていたが、いまの若い人たちは結婚をする頃になってもああいう雰囲気なのだろうか。
人にもよるだろうけど。
もしあの雰囲気をいつまでも維持できるとしたら、うらやましい。
一方で、面倒な気もする。w

5月

13

バリ島の秘密

毎年のようにバリ島に行っていた。
2017年からアグン山の噴火が始まり、去年からはコロナで何年か行ってない。
ひさしぶりにお世話になっているアナック・アグン・グデ・ラーマ・ダレムさんとZOOMを介してお話しした。
バリ島の宗教はバリ・ヒンドゥーと言われるが、それはいろいろな宗教の渾然一体化だ。
アグン・ラーマさんとお話ししていると、どのように様々な宗教が習合されるのかわかるような気がする。
基本的には他を批判しない。
相手のいいところを自己同一化する。
自分の都合に合うように多少の改変を加える。
議論をする。
本当の答えは神のみぞ知る。

5月

11

集合無意識

今の日本はいろんなところで抑圧されていて、その結果何が生み出されるのか心配でもあり、楽しみでもある。
集合無意識が、いろんなところで形になる。
アートや哲学、エンターテイメントへの影響が楽しみ。

4月

27

「うっせぇわ」ビリーバンバン菅原進バージョン

YouTubeにビリーバンバンの菅原進さんが歌う「うっせぇわ」がアップされていた。
原曲は知っているけど、それを菅原さんが歌うとどうなるのか、イメージできなかった。
そこで聞いてみる。
画像と相俟ってじわじわと笑えてくる。
ピアノの伴奏が少し悲しげで、若いとは言えない菅原さんが歌うことで、歌詞の意味が原曲とは違って聞こえる。
https://bit.ly/3aF8BTU

3月

19

リンゴを力石徹のように食べる

不意にリンゴが食べたくなった。
きっとリンゴに含まれる栄養素が足りなかったのだろう。
皮もむかずにムシャムシャと丸ごと食べた。
食べながら、「これ、力石徹だな」と思った。

2月

23

ときどき引くポエタロ

5年ほど前にポエタロというカードを入手した。
覚和歌子さんの詩でできたオラクルカード。
5年前にはだいたいいくつかのカードが決まって出てきたので、よく同じカードばかりが出てくるなと思っていた。
ところが最近、出てくるカードの傾向が変わってきた。
よく出てくるカードの傾向は「自分がやるべきことをやれ」とか「自分の拠って立つところを大事にしろ」というカード。
5年前とは何かが変わったとポエタロで知る。

1月

31

苺とシャンパン

映画「プリティ・ウーマン」に苺を食べながらシャンパンを飲むシーンがある。
はじめてその映画を見たときに「そりゃうまいだろうな」と思い、ときどき真似する。
文句なくうまい。

12月

19

AMAZON MUSIC

200万曲が聴けるそうだ。
月に780円を払うと、7000万曲が聴けるようになるという。
あるアーティストの曲ばかりを追いかけようとすると、すべて聞けるわけではないので、780円払いたくなる。
商売がお上手。
聞いたことのない曲がたくさん聴けるので、200万曲で充分ありがたい。
全部聞くにはどのくらいの時間がかかるのだろう?

12月

14

ミラーマンの歌

今朝、朝焼けを見た。
朝焼けを見るとふとこの歌を思い出す。
「朝焼けの光の中に立つ影は、ミラーマン」
だけど、その番組がどのような話だったのか、歌詞の続きがどうなるのか、まったく覚えてない。

11月

2

ヘミングウェイの家

ショーン・コネリーの訃報を聞いてふと思い出したのは、キーウエストにあるヘミングウェイの家だ。
ショーン・コネリーはバハマで亡くなった。
あのあたりは僕の頭の中でごっちゃになっている。
まず、バハマとハバナを混同する。
混同するたびに「葉巻はハバナ」と思い出して、ハバナはキューバだと思う。
キューバにはヘミングウェイのゆかりの場所がたくさんある。
それで行ったことのあるキーウェストの家を僕は思い出すのだろう。
バハマもハバナもキーウエストも、気候は似たり寄ったりだろうし。
007の舞台としてもあのあたりはよく登場する。
「007消されたライセンス」でMとボンドが会うシーンにヘミングウェイの家が使われていた。
それを見て懐かしいと思ったことを覚えているが、1989年に公開された映画なので、公開時にそう思ったのではないようだ。
そこに行ったのは確か1995年。
これも僕の記憶の曖昧さを表している。

11月

2

ショーン・コネリー

ショーン・コネリーの映画をたくさん見ていた。
007はもちろん、他にも。
そう思っていたけど、実際に出演映画のリストを見ると、まだ見ていない映画もたくさんある。
楽しみはまだまだ続く。

10月

6

小さな刑事

中学生になって好きな映画を見るようになった。
きっかけは「ウエスト・ワールド」。
あまりにも面白くて、以来新聞で映画の広告を見ては誰かを誘って見にいくようになった。
そうやって見に行った三作目がイタリア映画「小さな刑事」だった。
とても切ない映画で、映画館ではじめて泣いた。
もう一度見たいのだが、ビデオもDVDも出ていない。

9月

19

ディア・ハンターのテーマ曲「カヴァティーナ」

理髪店に行った。
高校生の頃から通っている理髪店。
来月、開店から115年になるそうだ。
20歳ほど年上のマスターが、僕が来年還暦だと言ったら、「もうすぐ僕に追いつくね」と言う。
思わず「絶対追いつかない」と言った。w
顔を剃ってもらっている時、ディア・ハンターのテーマ曲「カヴァティーナ」がBGMでかかる。
高校生の時、その切ない映画を劇場で見た。

9月

1

としまえん

昨日、としまえんが閉園した。
相方と「閉園するまでに一度は行こう」と言っていたが、結局行けなかった。
幼い頃、母と兄とで行った覚えがある。
その時の写真が残っている。
暑い日だったらしく、炭酸飲料の瓶にストローをさして飲んでいた。
僕は幼稚園の制帽となった麦わらでできたポーラーハットをかぶっていた。
ミステリーゾーンは怖くて入れなかった。
アフリカ館は途中に出てくる象と、最後のスチュワーデスが特に印象的だった。
花火は何度も見た。
素敵な思い出をありがとうございました。

8月

20

鉄腕アトム

幼い頃、鉄腕アトムが大好きだった。
鉄腕アトムのつもりになって車の前に飛び出したりするので、母は冷や冷やしていたという。
子供には子供の見方があったが、大人になると鉄腕アトムの別の面が見えてくる。
なぜ原子力で動いたのか。
ロボットという存在はどう扱われるべきか。
善と悪はどのような関係か。
人間同士の対立に、ロボットという存在が介入するとどうなるのか。

7月

7

四季〜ユートピアノ〜

1980年に製作されNHKで放映された単発ドラマ。
2000年を過ぎた頃に一度再放送された。
それを一度だけ見たのだが、とても印象に残った。
主人公の女性が調律師としていろんなピアノを調律していく。
淡々としたドラマだが、ピアノの音が印象に残った。
ピアノによってあんなにも音色が違うのかとはじめて知った。
もちろんピアノによって音の違いがあるのは知っていたが、置かれている場所によって響きが違う。
調律していくことでも音が変わる。
その些細な違いに気付かされていく。
ピアノの音が流れるたびに「うちのピアノの音と違うな」と思う。
うちのピアノの音と思い出の大切さをかみしめた。

5月

30

クラウドアトラス

六つの時代の物語を、一度に見せられる。
どこにも人生の挫折があり、成功がある。
悪と呼ばれるものの正体は何か。
善や愛はどのように得られるのか。
僕たちは何のために生きているのか。
そんなことを思いながら複雑な関係の中に浸される。

5月

17

ゲームに飽きる

相方がこのところの自粛規制でうちにずっといる。
それで退屈しのぎにスマホのゲームを始めた。
脇から覗いて面白そうだったので、僕も始める。
高校生の頃、アーケードゲームというのが流行り、テトリスとかインベーダーゲームなどをやった。
やりはじめるとついやり続けてしまう。
はじめて買ったPCに「タワー」というゲームをインストールしたが、三日間徹夜を続けて、これ以上先はないようだというところまでやった。
バカだなと思う。
なので、ゲームを始めると止まらないのはわかっているので、徹底してやってある程度できるようになったらもうやらない。
これで終わりという感じを持つのが大切。

5月

12

妄想する

アフターコロナがどうなるか、妄想する。
根拠なんてなくていい、自分のとっていい社会とはどういうものか。
あまりにも利己的な社会を想像するのは無駄なことだ。
自分にとっていい社会といいつつ、実現する可能性を持たせるためには他人にとってもいい社会でなければ妄想するエネルギーが無駄になる。
面白い。