12月

8

目覚めよ、愛に生きるために

11月末に『目覚めよ、愛に生きるために』というタイトルの本が出版された。
著者は本郷綜海。
スチャダラパーを世に出し、有名ラッパーに育て上げると手を引き、今度は自分がヒーラーや歌手になると言ってアメリカに渡ってしまった。
その直前に知り合い、何度か会ったのち、本郷さんはバーバラ・アン ブレナンのもとで学ぶようになる。
何年かのちに帰国して、最初のライブに行った。
ライブが始まると、本郷さんはとても長く唸る。
一分以上ただ「うー」と唸っていた。
ところが、その唸りが凄い声だった。
ピュアとか透明とか、そんなもんではない、魂の奥に隠していた何かを揺さぶり起こすようなそんな声。
聞いているうちに鳥肌がたった。
心の鎧が解けていくような感覚と、それに逆らおうとする、自分の土台を突き崩されてはならないという恐怖の感覚。
その長い唸りのあと、その歌声は「月の砂漠」を歌いだす。
長い緊張のあとでポッと懐かしい歌が始まったので心の壁が決壊した。
涙が出た。
そのあと、「月の砂漠」のはずが、どんどんとアドリブで違うものになっていく。
大笑いしてしまった。
それがどういう体験だったのか、丁寧に説明してもあまり伝わらないだろう。
彼女の「素」に触れたという体験だった。
アメリカで大変なことを学んだなということがよくわかった。
今ではヒーラーとして有名になり、歌手としても地歩を固めている。
前回のライブにはスチャダラパーが参加したと聞いた。
その本郷さんが二冊目の本を出したのだ。
タイトルがとても直球で、ちょっと読むのは気恥ずかしい。(笑)
でも、ズイズイと読んでいった。
大きな愛の話をしている。
本郷さん自身が愛だと思っていた幻想をどのように手放し、どのように大きな愛へと転換していったのかが書かれている。
とても素敵でわかりやすく。
読んでいるとときどき「イラッ」とする。
とてもわかりやすいから、「大きな愛は簡単ではない」という僕の思い込みが発動する。
本郷さんが「素」だから、こっちも負けじと自分の「素」が反応してしまう。
鏡に映った自分自身にムカムカしたくない人は、読まないほうがいいな。
自分の幼さや邪悪さが見えてしまうよ。
大きな愛に身を投じる覚悟のある人だけ読むといい。

12月

5

貝がらの森

箱の表表紙と裏表紙が草の絵だけの本を買った。
タイトルさえも書かれていない。
よく見ると、表表紙に一匹だけ、草に埋もれるようにして、ワンピースを着た狐が描かれている。
なかひらまいさんの「貝がらの森」という本。
普通に出版するためには、表紙にタイトルがなくてはならない。
それを廃した。
普通に出版するためには、版権を一部出版社に渡さなければならない。
それが嫌で自社で出版した。
普通に出版するためには、出版社のアドバイスを聞かなければならない。
自分の感性にこだわるために表紙、ページ、流通法まで全部デザインした。
内容は毎日新聞大阪本社版で2013年11月に連載したもの。
はじめて読むが、どこか懐かしい。
この本を昨日、2019『貝がらの森』原画展で入手した。
高円寺駅から歩いて三、四分のギャラリー「たまごの工房」でおこなわれている。
行くとなかひらさんが待っていた。
原画を見ながらお話した。
巻末に、なぜこの物語を懐かしく感じるのか、ユング心理学研究会の白田信重氏が説明していた。

2019『貝がらの森』原画展
日付:2019年12月4日(水)〜8日(日)
時間:12:00〜19:30(最終入場時間/最終日の8日は18:00まで)
会場:東京・高円寺たまごの工房(東京都杉並区高円寺南3-60-6)

11月

28

美術手帳・アーティストのための宇宙論

美術手帳という雑誌の10月号が「アーティストのための宇宙論」というテーマだった。
普段ではあまり考えないことを考えるチャンスになった。
宇宙に行ってアートを作るとしたらどんなアートになるのか?
宇宙は地球の常識から離れた場所だ。
そこでさらにアートについて考える。
二段階でいまいる世界から離れていく。
でもさ、どう考えてもアートとして成立させるためには、人間の常識に戻ってしまう。
本当に超越してしまうと、ほとんどの人には理解不能になるしかない。
ごくわずかな人にうけるアート。
超通人向け。
宇宙人でも理解できるとさらにいい。

10月

16

大切な秘密について

「この世界のさらにいくつもの片隅に」という新作アニメの予告編にこんな言葉がでできた。

死んだら心の底の秘密も、な〜も消えてなかったことになる。
それはそれで贅沢なことなんかもしれんよ。

なんかいいなと思った。

10月

9

世界征服を企む悪の組織

子供の頃見たヒーローものには、よく世界征服を企む悪の組織が登場した。
それを正義のヒーローがやっつけていく。
何年か前にショッカーについてのジョークがあった。
ショッカーは仮面ライダーに出てくる世界征服を企む悪の組織。

ショッカーは、大きな夢、野望を抱いている。
仮面ライダーは、具体的な目標はなく、常にショッカーの後追い。
ショッカーは、目標達成のための研究努力を怠らない。
仮面ライダーは、ショッカーの目標を阻止するのが生き甲斐。
ショッカーは、組織で行動。
仮面ライダーは、単独、または少人数で行動する。
ショッカーは、よく笑う。
仮面ライダーは、いつも怒っている。

これを読んで、なんともいえない不思議な気分になった。
あえて言語化すると、ショッカーは企業に似ている。w

10月

7

レ・ミゼラブル

「レ・ミゼラブル」は、昔「ああ無情」というタイトルの子供向けの本を読んでいた。
だから、あんな大河小説だとは思ってなかった。
概要だけ読んでも面白そうに感じる。
いつか全部読んでみたいと思うが、こうやって読みたい本ばかりが増えていく。
「モンテ・クリスト伯」も読んでみたいしな。

9月

12

エコなコテージ

昔、エコなコテージに泊まった。
建物の骨格が木造で、壁がテント地でできていて、明かりに裸電球がひとつだけ。
天井に大きな扇風機。
窓は、テント地に縫い付けられたファスナーを開けると網戸になっていた。
シャワーは屋根の上に水がたまる仕組みになっていて、日中に太陽の光で温める。
シャワーを出すときは天井から垂れていたヒモを引っ張るので片手が使えない。
片手でからだを洗うのは難しいのでヒモを付け足して足で操作できるようにした。
足の指にヒモを括り付け、足を床につけるとお湯が出る。
お湯を止めるときにはその足を上げる。
お湯がもったいないので片足になってふらふらしながらからだを洗った。
お湯は昼間ピーカンだと熱いくらいになるのだが、ある量を使うと水になる。
トイレは、うわべは水洗だが、肥料にするため紙以外は流すなと言われる。
そのときは覚悟して行ったから楽しかった。
不便を喜べた。

8月

28

地球交響曲第九番

1992年に完成した第一番からずっと見てきた地球交響曲。
今年2月に逗子でひさしぶりに第二番を見た。
そのときに龍村仁監督が来場し、お話しをした。
第九番の制作について触れていた。
交響曲第九番のジンクスというものがある。
クラシック音楽好きには有名な話だ。
ベートーヴェンが交響曲第九番を作って終わって以来、誰も交響曲は9作以上作れなくなったという。
マーラーは第九を作るのを避けるため『大地の歌』を作った。
そして、『大地の歌』の次に第九を作って人生を終える。
龍村監督もそのことを気にしているようで、冗談のように「次は第九だよ」と何度も言っていた。
後日、監督とお話しする機会があった。
そのときに「第一番を作ったときにはもう第九まで作るつもりだったのですか?」と聞いた。
すると監督はこう答えた。
「そこまでは作らなければならないと思っていたよ」
第一番から八番まで作り続けてきた地球交響曲。
第九を作って大きな節目とするつもりのようだ。
その第九にはベートーヴェンの第九が取り上げられる。
小林研一郎氏の指揮による演奏会の練習から本番までを撮影する。
『歌うネアンデルタール』を著したスディーヴン・ミズン博士が来日し、北海道と沖縄に行く準備をしているそうだ。
ミズン博士は『氷河期以降』という著書で縄文のことに触れている。
きっと何か関係があるのだろう。

8月

23

バレットタイム

映画「マトリックス」で、カメラのアングルを動かしながら一瞬の動作を流れるような視点で捉える映像が流された。
当時はスゲーとしか思わなかったが、あれの何に感動したのか、ふと思いついた。
ピカソなんかがキュービズムという絵を描いたのも、はじめはナンダ?としか思わなかったが、あとでジワジワと感動したのと同じで、あのバレットタイムという撮影方法も、今頃になってジワジワと来た。
空間や時間を超えて多視点になることの予兆に感動したんだ。

7月

31

COSMIC BIRTH

地球交響曲第一番でラッセル・シュワイカートが語っていた「COSMIC BIRTH」。
人類が宇宙に飛び出していくことは、まるで地球という母胎から生まれでてきた「COSMIC BIRTH」という意味合いで語られる。
しかし、それをSUDIO VOICEという雑誌は「宇宙的覚醒」と訳していた。
もう26年も前のこと。
本当に宇宙的覚醒の時代になるかと思いきや、いまのところ挫折しているように思える。
しかし、その準備は見えないところで着々と進んでいるのだろう。
「COSMIC BIRTH」に必要なのは、一見矛盾するコトたちのゆるやかなつながりと、その全体性への覚醒。
かつて細胞として独立していたモノたちが、いまの生物の細胞の中に見事に組み込まれ宇宙を作っているように、かつて反発していた考えや価値観が融和して、ひとつの体系を作ること。
そんなこと可能なのか?
これから出来上がる、いま生まれつつあるコスモが生まれてはじめて、それが可能だということがわかるようなものになるのだろう。
地球交響曲第九番がクランクインしたとのこと。
第一番で提示された問いの答えが、そこに表れるのだろうか。
それを楽しみに待つ。

7月

10

気持ちいいのかどうか

お化け屋敷に入った人は、そこで恐怖を体験する。
だから、その体験は恐怖であって楽しみではない。
だけど、お化け屋敷に行く人は必ずその体験を楽しむために行く。
恐怖を感じることを楽しんでいるのだ。
僕たちはいろんな感情を体験する。
その体験は、そのある状況に投げ込まれたから。
たまたまその状況に居合わせたからその体験をする。
しかし、もしお化け屋敷のように、その状況に自分から入っていたのだとしたら、どうだろうか?
いろいろな感情を楽しむ、味わうわたし。

7月

5

ひなた28号

鉄腕アトムが原子力で動くように、もしソーラーパワーで動くロボットがあったらどうなるかと空想してみた。
名付けて「ひなた28号」。
28号に至るまで、27の試作機が作られてきた。
28号でやっと作者の満足のいくロボットができる。
まず、日に当たってないとパワーが足りないので、曇りの日は必ず休む。
とても有能だが、お天道様の下にいないとかなり仕事がアバウトになる。
ちからを出し尽くすと「身の程を知りましょう」といって日向ぼっこをする。

4月

26

ブラック・ジャック

高校生の頃、週刊チャンピオンに連載されていた「ブラック・ジャック」を、いきつけのラーメン屋さんで読むのが楽しみだった。
数ページの連載枠に毎週一話をコンパクトにまとめ、しかも面白くて感動できるという手塚治虫の能力に毎回驚いていた。
手塚治虫が医学部出身だったからというのもあるだろうが、それでもすごいことだと思う。
単行本が出るたびに買い続け、全巻揃えたが、就職するときに古本屋に売ってしまった。
先日入ったそば屋の片隅に、ブラック・ジャックの文庫版単行本が置いてあり、そばを待つ間に一話読んだ。
涙目になる。w

4月

23

何度か見る、何度か見たい

最近はビデオとかDVDとか、便利なものができたので、映画を何度も見るようになった。
といってもそんなに何度も見ないのだが、かつて映画は映画館で見て、ときどきテレビの洋画番組で見た頃に比べれば、何度も見るようになった。
そのおかげか、最近の映画は一度見ただけでは気がつかないようなギミックがこっそりと用意されていたりする。
何度も見るためにかつての映画なら「ミスがあった」で済んだところが、かえってそれが話題になってのちのちヒットしたりする。
好きな映画は何度か見るが、細部を忘れた頃に見る。
頻度が高いのは007とスター・ウォーズだな。
新作が公開される前に見直したりしてね。
連作ではなくてよく見るのは「サウンド・オブ・ミュージック」と「プリティ・ウーマン」。
相方が好きなんだよねぇ。
休日に見ているのを隣で見ていたりする。
僕が何度か見たいと思っている映画は「ニューシネマ・パラダイス」と「クラウド・アトラス」。
でも実際にはそれぞれ映画館で一回と、あと一度見た程度だ。
「ニューシネマ・パラダイス」は173分のディレクターズカット版のDVDを持っているのだが、まだ一度も見ていない。
いつか見ようと思ったまま、いつかがなかなか来ない。

4月

11

言祝ぐ

おめでとうございます。
この文章を読んでいるあなたは世界でたったひとりのあなた。
この世界であなたにしかできない経験を積んでいる。
その貴重な経験はあなたこそのもの。
だからこそ、おめでとうございます。
あなたが生きていることに万歳。

3月

15

エンジェルくみさん

二十数年前、はじめてお会いしたとき、変わった元気なおばさんだなとしか思わなかった。
手書きの天使の絵が書いてある名刺に「エンジェルくみ」と書かれていた。
それから二十年以上して再会した。
人の真の姿は一度や二度会った程度ではとてもわかるものではない。
でも、エンジェルくみさんは明らかに進化していた。
いま69歳だというが、下手な30代よりよっぽど元気だ。
いや、いまの10代の子もエンジェルくみさんの元気さにかなう人は少ないかもしれない。
そばにいる人をワクワクさせてくれる。
「私は地球に遊びに来たの」といって「遊びに来たの」という歌を歌う。
人生の苦楽を語って「いまを生きる」と歌う。
極めつけは「ミトコンドリア4G」という歌。
細胞内のミトコンドリアが活性化するという。
これを一緒に歌うと確かに大笑いして元気になれる。
どんな病気も治してしまいそうだ。
レゾナンスCafeでお話してくれた内容がこちらに。
http://www.houshouakira.com/resonance/?p=783

3月

12

PORTRAIT IN BLACK AND WHITE

ヒロ川島の新作CDが「PORTRAIT IN BLACK AND WHITE」。
この曲はウクレレのオオタサンとも録音している。
どちらもいい演奏だ。
だけど、なぜこの曲を何度も演奏するのか、その理由がこの新作アルバムのインナースリーブに書かれていた。
素敵な話だ。
ヒロ川島とチェット・ベイカーの見えないつながりは、とても濃厚で驚くばかりだ。
いくつかの逸話を聞かせてもらったが、インナースリーブにある話は聞いたことがなかった。
その話で、なぜヒロ川島がアルバムのタイトルに「PORTRAIT IN BLACK AND WHITE」を選んだのかがわかる。
インナースリーブの文章に近いエッセイがここで読める。
きっとこれを推敲してインナースリーブにしたのだろう。
http://www.lovenotesjoy.com/hiro/mono.html
これを読んで興味をもったら、アルバムを買うといい。
演奏とともに調えられた文章を読むと、じわっと来る。

1月

20

アイ・ウェイウェイ

両親が詩人で、文化大革命のときに一家で新疆ウイグル自治区の労働改造所、つまり強制収容所に送られてしまう。
その後、北京電影学院で前衛芸術を始めるが、そこでも中国の圧力を受ける。
以来、中国に批判的な作品を多数生み出す。
2009年、森美術館での展覧会はイマイチな感じがした。
それが何故かをここに書いた。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/p1395/
国から弾圧されても屈しない頑固な魂。
映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」には感動した。
アイ・ウェイウェイが監督している「ヒューマン・フロー」という映画が上映されている。
まだ見てないが、感動するに違いない。
現在はドイツに住んでいるらしい。

1月

16

ある愛の詩

ひさしぶりに「ある愛の詩」のテーマ曲を聞いた。
とても懐かしい。
上映は僕が小学生のころだ。
兄がレコードを買ってきたので聴いた。
そののちいろんな人がカバーした。
僕もピアノで弾いたな。

11月

27

映画『ボヘミアン・ラプソディー』

中学二年の時、僕はQueenのライブに行った。
場所は日本武道館。
1976年、二度目の来日ライブ。
「預言者の唄」が特に印象に残った。
間奏のコーラスと最後のギターソロにしびれた。
中二と言えばいろんなことが強烈な思い出として残っていて、
普段はすっかり忘れているようなことが
ときどき何かの拍子に飛び出してくる。
Queenの音楽はそのような思い出を
フラッシュバックさせる強烈なスイッチだ。
映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見て、
たくさんのスイッチを一度に押された。
ストーリー自体も面白いものだが、
その感動とともにいろんなスイッチが押される。
僕はすっかり泣かされた。
ほかにも僕にはビートルズとかカーペンターズとか
スイッチが隠されている音楽がある。
それらの映画ができたら、
そしてそれの質が良かったら、
絶対またボロ泣きするんだろうなと思う。
この映画の成功で、
しばらくかつてヒットした音楽にまつわる映画が
作られるようになるのだろうと思う。

9月

30

孤独のグルメ

ケーブルテレビで流れている『孤独のグルメ』。
テレビ東京で放映されたものの
再放送をまとめて流している。
一本見るとつい次々と見てしまう。
中毒性のある番組だ。
原作者の久住昌之さんが
美味しそうに食べる
エンディングもいい。
久住さんの演奏するゆるい音楽が
よく似合っている。

9月

23

卒塔婆小町

Prayers studioのドラマトライアル
「卒塔婆小町」を見た。
主演の小池恵理子の演技が見事で
驚いた。
芝居の中で小池は老婆になったり
鹿鳴館の舞踏会での
噂の美女になったりするのだが、
薄暗い舞台の上で一瞬にして
老婆から美女へ、美女から老婆へと
変化する。
その変化は
衣装や照明で変わるのではなく、
小池の発する声と姿勢で
変化させるのだ。
見事だった。
ここにもう少し詳しく書いた。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/180923-01/

9月

6

ロバート・ワイズ

1951年に制作された映画
「地球の静止する日」を調べていて
その監督ロバート・ワイズが
「ウエストサイド物語」
「サウンド・オブ・ミュージック」
「アンドロメダ…」
「スタートレック」の
監督もしていたのに驚いた。
みんなそれぞれに作風が違うように感じる。

6月

3

大きな親書

北朝鮮からトランプ大統領に
大きな親書が手渡された。
メディアの反応を期待してのものだろう。
まるで政治の場が
バラエティ番組のようだ。
でも、僕はこれはいいことだと思う。
北朝鮮はトランプ大統領に
親書を渡してはいるが、
その様子を報道している
マスメディアのひとたちを通じて、
マスメディアを見ている
世界中の一般の人たちに対しても
メッセージを送ったと言える。
それが吉とでればいい。

5月

4

ケチャ

バリ島に行くと
ケチャをどこかでやっている。
声によってさざ波が生まれ、
そのモアレに頭がしびれる。
声の干渉は色彩をもたらし、
丸く座った男たちの上に
風を呼び起こす。
バリ島全体がキュビズムのように
視点の定まらない高次元立体物に
なっていく。
時を超え、場所を超え、
意味すらも超えた迷宮に包まれる。