7月

24

共感社会

共感社会ができるのだという。
それに大切なのは「真実」「愛」「コミュニケーション」。
みんな「コミュニケーション」に力を入れるが、「真実」と「愛」が置き去りにされている。
嘘だらけの社会や会社に「真実」と「愛」のレッテルを貼っても、すぐにはがれる。
「膿」がいま、出てきている。

7月

24

東京オリンピック開会式に対する共感

昼にブルーインパルスが飛んだ。
残念ながら五輪のマークを完全な形でカメラに捉えた人はいなかったようだ。
雲があったし、風が強かったのかもしれない。
残念であったが、まだパラリンピックがある。
開会式の式典は、ピクトグラムのプレゼンテーションは面白かったものの、それ以外はいまひとつ僕にはピンとこなかった。
あれだけ人が入れ替わるのだから、トップに立つ人にビジョンも信念も欠けていたのだろうと思う。
下で働いた人は大変だっただろう。
会場の外では、オリンピックに反対する人たちと、警官たちとの間で小競り合いが起きていたとか。
デモをしたい気持ちもわかるが、あれだけ大金を投入したのだから成功させたいという気持ちもわかる。
ピラミッド社会が崩れはじめ、球体社会に移行しつつある。
インターネットが生まれたときからそれは始まっていた。
なのに、IT会社がピラミッドを維持しようとしているのはちぐはぐに思う。
トヨタはさすがだなと思う。
時代の嗅覚がほかの企業と比べて桁違いだ。
いま経験しているのと同じような難局が、これから数年、あらゆる分野で起きるのだと思う。
社会のメタモルフォーゼのためには必要なステップなのだろう。

6月

24

堕天使

「堕天使」という言葉があります。
天使だったのに、悪魔になってしまった存在。
悪魔を演じるしかしようがない存在。
堕天使のみなさん、自分が天使であることを思い出してください。
あなたの力は強大です。
あなたの力で多くの人が救われます。

6月

18

ゆっくり漕いで速く漕ぐ

その泳ぎ方を僕はイルカから習った。
ゆっくりと漕いで加速して最後を速く。
水は最初から速く漕ぐと着いてこない。
最初はゆっくりと漕いで水が着いてくるのを待つ。
着いてきたら加速して、最後は速く。
でも、さじ加減が微妙。
同じようにやっても全然進まないこともある。
ぐーっと進めると気持ちいい。

6月

15

5月15日と29日、ロンドンにて

2021年5月15日と29日、ロンドンにて、大規模な抗議活動がおこなわれた。
もちろん、アレへの抗議だ。
日本では打て打てとマスメディアで叫ばれているが、冷静な人たちは冷ややかな目を向けている。
社会的立場によって仕方なく打たなければならない人たちもたくさんいる。
なんとか自分を納得させて、打つ人もいる。
もちろんマスメディアのいうことを聞いて、喜んで打つ人もいるだろう。
そういう日本の状況下で、ロンドンの映像は力づけられる。
https://bit.ly/3voj4un

6月

4

どこにあるのか

気持ちいいものは、いったいどこにあるのか?
ときどき、考える、感じてみる。
「いまここ」なんて簡単なものではない。
他人に伝えるのにそれしかいいようがないから「いまここ」という。
「いまここ」であり、「永遠の彼方」であり、「宇宙大の広がり」であり、「妄想」であり、「意味のないもの」でもある。
それを知るとはどういうことか。
語り尽くせぬ言葉が溢れる一方で、沈黙が訪れる。

6月

3

クロップ・サークル

日本語ではミステリー・サークルというが、クロップ・サークルという言い方の方が好き。
なんとなく。
ミステリーな円ってたくさんあると思う。
ユングが研究した曼陀羅だって、ミステリー・サークルに思える。
だから、クロップ・サークルをミステリー・サークルと呼ぶのは好みではない。
この世に不思議な円はたくさんあるのだ。

ネット上でたくさんクロップ・サークルを見てはニヤニヤしている。
だって、格好いいんだもん。
いったいどこの誰が作っているのか、謎なのも素敵。
神様、どうか僕たちがまだ知らない存在が、アレを作っていますように。

6月

2

適切な質問

ユングが錬金術を研究していたことを友人に話したら、質問された。
「なぜユングは錬金術を研究したの?」
その質問で、曖昧だったことがはっきりとした。
こういうのを適切な質問というのだろう。

5月

25

鳥のように歌う

鳥たちが無心にさえずっている。
いいな。

5月

13

バリ島の秘密

毎年のようにバリ島に行っていた。
2017年からアグン山の噴火が始まり、去年からはコロナで何年か行ってない。
ひさしぶりにお世話になっているアナック・アグン・グデ・ラーマ・ダレムさんとZOOMを介してお話しした。
バリ島の宗教はバリ・ヒンドゥーと言われるが、それはいろいろな宗教の渾然一体化だ。
アグン・ラーマさんとお話ししていると、どのように様々な宗教が習合されるのかわかるような気がする。
基本的には他を批判しない。
相手のいいところを自己同一化する。
自分の都合に合うように多少の改変を加える。
議論をする。
本当の答えは神のみぞ知る。

5月

6

鏡の前で自分を見るときのように、他人に対して自分が思っていることは多くの場合鏡のようだ。
「相手はこういう人」と思い込んでいることが、相手の動作に読み取れる。
それは多くの場合、自分の心の投影。
曇りのない光を受け取れるように、よく自分を磨きましょう。

4月

26

話し合える人にお互いになり合う

コミュニティ作りをしようとしている人から、面白い話を聞いた。
コミュニティを作ろうとしても、たいてい一、二年でうまくいかなくなるという。
意見の対立が生まれて喧嘩別れしてしまうのだ。
ところが、20年ほどコミュニティを継続している人の考えに「話し合える人にお互いなり合う」というものがあるそうだ。
たいてい人は思い込みで自分が正しいと決めつけ、相手と対立する。
そうなると話はどこにも行かない。
その決めつけを手放して、相手の感情を聞き、「話し合える人にお互いなり合う」のだそうだ。
人間は言葉によって作りあげたフィクションがたくさんある。
それを見出していく作業なのだとか。
多くの人がそれをできるようになったら、世の中も少しは楽になるだろう。

4月

17

国際ZOOM

バリ島の人とzoomで会話した。
かつての国際電話のようにタイムラグがなくて話しやすい。
しかもほぼ無料だ。
便利だなぁ。

4月

14

トリチウム水を飲むとどうなるの?

1年半ほど前に、僕のBlog「水のきらめき」に「トリチウム水を飲むとどうなるの?」という文章をアップした。
ここにいま、コメントが集まるようになってきた。
もちろん、福島のトリチウム水を海洋放出するというニュースを受けてのことだろう。
いろんな意見のやりとりから、有益な結果が導き出されるといいのだが。
https://bit.ly/3tiyqjR

4月

1

タイムマシンの窓より

友人の画家アキラが、「タイムマシンの窓より アルバート・アインシュタイン」という絵を僕に預けてくれた。
なぜ預けてくれたのかというと、8年前チチェン・イツァーに行ったときの体験をアキラに話したからだ。
その体験は、あまりにも不思議で、言語化するとあまりにも嘘くさいので、あまり言いたくないのだが、一番大切な点は「この世界が多次元であることに深く気づけ」というメッセージがあったことだ。
それ以来、非二元とか、多次元とか、そういうことを手当たり次第調べて行った。
それで今朝、アキラから預かった絵を眺めていて、あることに気がついた。
大乗仏教で、なぜ曼陀羅を見ながらお経を上げるのか。
なぜユングは「黄金の華の秘密」と出会って「赤の書」を書くのをやめたのか。
ジャイナ教のアネーカーンタヴァーダから、どのようにしてケーヴァラ・ジュニャーナに近づいていくのか。
ひと言では表現できない「あること」をいつかきちんと本にしたい。

3月

28

花見の散歩

朝から出かけて近所の桜を見て回った。
まず、朝の光は桜を美しく見せてくれる。
薄明かりの頃には薄いピンクが少し濃い色に思える。
桜を見上げるようにして背景を空にすると、空の色がよりいっそう青く見える。
相方といろんな思い出話などしながら半日歩いた。

3月

21

大滝詠一に恋をして。

雑誌Penが大瀧詠一の特集を組んだ。
見つけてすぐに買った。
はじめて大瀧詠一を聞いたのは浪人中。
夏期講習の予約のため、予備校前に並んでいたとき、隣に並んでいた男が大きなラジカセを肩に担いで「ロング・バケーション」を聞いていた。
その男に「その曲は何?」と聞いて「おおたきえいいち」という人を知った。
以来、大瀧詠一はいつも僕のそばにいた。
大学生の頃に「イーチ・タイム」が出た。
「ペパーミント・ブルー」を何度も聞いた。
甘酸っぱい思い出がたくさんあるので、文章を書く時には聞くことができない。

3月

8

10年前の助言

10年ほど前に言われたことが、当時は意味がわからず、気になっていたものの、やっとその意味がはっきりしてきたが、助言していただいた方はもうこの世にはいない。
早く形にしなければ。

2月

25

二つの理屈

二つの理屈が同時に成り立たないとき、たいていどちらかが正しいことにするために、他方を傷つける。
どちらかが優位に立つように仕向ける。
そういうことはせず、ふたつの理屈を両方受け入れましょう。
放っておくだけでもいい。
どちらもいつか役に立つ。

2月

17

共鳴

いろんなところ、思わぬところで共鳴が起きる。
鳴き龍の下で手を叩くと、龍の声が聞こえるのは共鳴だ。
チチェン・イツァーのピラミッドにある階段前で手を叩くと、そこでも共鳴が起きる。
共鳴は音だけではない。
色が見えるのも、光の共鳴の結果と言えなくもない。
きっとあらゆる物質が共鳴でできている。
電子が陽子や中性子のまわりを包んでいるとき、そこにはきっと共鳴と似た現象が起きているはず。
だから、電子と陽子や中性子の間がとても離れているのに、そこに隙間を感じることはない。
複雑な共鳴の折り重なりの中で、僕たちは生きている。

2月

14

老人ごっこ

僕も相方ももうすぐ還暦という歳になってしまった。
そこでときどき老人ごっこをする。
同じ姿勢でじっとしているとからだが動きにくくなったりする。
そういうときに「おばあさんや、手が動かなくなったしまったよ」とかやる。
すると相方が「おじいさんや、もう歳なんだから、無理はしないようにね」とか言ってくれる。
そして二人で笑う。
この遊びのポイントは、もうすぐ「ごっこ」ではなくなるという点だ。

2月

14

オレンジピールチョコ

この季節になると毎年必ずオレンジピールチョコをもらう。
しかも手作りだ。
そのかたの話によると無農薬のオレンジを知り合いから手に入れることから始まるとのこと。
とてもありがたい。
とてもおいしい。

2月

10

ファ鍋

「土鍋で作るとおいしいね」と相方が言うので、「では次はレ鍋で作ろう」と言った。
不思議そうな顔をする相方に、続けて僕は言った。
「その次はミ鍋でさ」と言うと、相方は理解した。
「次は?」と問いかけると「ファ鍋ね」と、しょうがないから付き合って上げるわよという顔をする相方が好き。

2月

9

贈与論

贈与論の本がブームだという。
社会が収奪からできているからその正反対が持ち上げられるのだろう。
だけど立場が違うだけで、同じことが贈与に見えたり収奪に見えたりする。
弱肉強食は収奪だと思うかもしれないが、食物連鎖は贈与だという。
同じ現象の見方が違うだけなのに。

2月

6

パーティー

七年前に出版パーティーをした。
本の出版を記念してのパーティー。
いろんな方に協力していただき、50名ほどのパーティーができた。
そこで出会った人たちが、何かを始める。
いまだに「あの時出会った人と、こんなことしました」という報告が来る。
うれしいなぁ。