9月

28

象の描いた絵

これらはみんな象が描いた絵。
象が描くんだよ。
すごいな象って。
見ているだけで頬が緩む。
象大好き。

9月

3

GENKYO

東京都現代美術館の横尾忠則展「GENKYO」を見て来た。
違和感のてんこ盛り。
よくあれだけ不思議な作品を作り続けられるものだと思う。
僕がはじめて横尾忠則の作品を観たのは、昭和44年に発行された江戸川乱歩全集の挿絵だった。
巻によって何人かの画家と共作だったが、横尾忠則の作品が断トツに違和感満載で怖かった。
江戸川乱歩の気持ち悪さと横尾の違和感が相俟って、生涯忘れられない本となった。
「GENKYO」に「with corona」の作品もあるかと思ったが、なかった。
残念。
with corona でパロディー化された元の作品がたくさんあった。

8月

30

ほのかやかすかを楽しむ

山崎美弥子さんの個展「Night Rainbow」に行ってきた。
山崎さんの絵はその多くが水平線のような絵。
海と空の色が描かれる。
それが微妙に一枚ずつ違う。
似た色の絵が集められたところがいくつかあったが、そうするとわずかな違いが際立ってくる。
ところで、会場となった青山スパイラルの一階はカフェで、そこに個展中は特別メニューがふたつある。
ひとつはサンセット ハーブティーレモンソーダ。
ひとつはエディブルフラワーの白ワインジュレとババロア。
甘すぎると嫌だなと思ったが、ふたつを頼んでみた。
味がとても繊細。
甘すぎることはまったくない。
まずはハーブティーソーダ。
レモンソーダのような味に、そえられたシロップを入れると、レモンソーダの色が次第に紫色のサンセットに。
シロップの味は独特のハーブの香りで満たされ、少しずつ足すことでほのかな味の変化を楽しめる。
ジュレとババロアもかすかな味わいで、Night Rainbowのようにこちらの感覚を研ぎ澄ますことで浮かび上がってくるような繊細な味。
ほのかやかすかを楽しむことができると、きっと生活は楽しいことで溢れている。

8月

26

古式フラ

青山スパイラルでおこなわれている山崎美弥子さんの個展「Night Rainbow」で、友人に「写真を撮ってあげるから好きな絵の前に立って」と言われて立ったとき、ふと古式フラの格好を真似してみた。
山崎美弥子さんはモロカイ島に住んでいる。
絵からはハワイのエネルギーが流れ出ているのかもしれない。
古式フラはお相撲の土俵入りのような格好をする。
男によって踊られる、力強い祈りだ。
相撲でも古式フラでも、踏ん張るのは大切なこと。

8月

26

夜の虹

ハワイ・モロカイ島在住のアーティスト山崎美弥子さんは2020年1月1日から三日間、毎晩夜の虹を見たそうだ。
夜の虹は月の光でできる白い虹。
ハワイでは夜の虹は先祖からのメッセージだと考えられ、それを見ると夢が叶うそうだ。
滅多に見られないその虹を、三日連続で見てしまった山崎さんは、「Night Rainbow」という個展を開く。
9月6日まで青山スパイラルでおこなわれている。
山崎さんはここ十数年、千年後の世界を描き続けてきた。
それはモロカイ島の朝焼けや夕焼けの風景にしか表面上は見えないのだが、そこには千年後に世界中の子供たちが幸せに暮らしているビジョンが込められている。
三晩にわたる夜の虹は、その願いが叶うものとして現れたという。

8月

15

リアル・ラブ

レゾナンスCafe Vol.050「モロカイの風・きらめくいのちの風景」で、アーティストの山崎美弥子さんのお話を聞いた。
初めて出版した本『Love Speaks』に「リアル・ラブ」という言葉が出てくる。
その意味を聞いた。
すると、小学五年生の時の神秘体験について話してくれた。
この世界がすべて「LOVE」でできていて、男女の恋愛とは違うものだとそのときから知っていたという。
そのことを伝えたくて「リアル・ラブ」といったそうだ。

8月

10

永井博のイラスト

大瀧詠一のアルバム表紙などを手がけた永井博のイラスト。
究極の簡素化。
にもかかわらず匂いや温度を感じる。
色がたくさんありそうなところの色数が絞られている。
ベタ塗りのように見えて、ほのかなグラデーションがある。

7月

25

写真集『水俣』

W.ユージン・スミスとアイリーン・M・スミスの写真集『水俣』を読んだ。
写真集だから普通は「見る」とか「鑑賞する」とかだろうが、この写真集は明らかに読む写真集だ。
記述が深い。
日本では入手困難だが、読む価値がある。
これを読んでから映画「MINAMATA」を見ると、最初の数分で心をつかまれる。

6月

5

ヒジュラ

石川武志氏の『ヒジュラ〜インド第三の性』を読んだ。
これが出版された1995年にも興味を持ったが、そのときには読まなかった。
それから20年以上して読んでみる。
読む機会が回ってきたと言ってもいい。
いろんな意味で凄い本だ。
宗教として捉える。
ジェンダー論として捉える。
隠喩として捉える。
文化として捉える。
消えゆく歴史として捉える。
人の生き様として捉える。
いろんな刺激を受ける。

6月

3

クロップ・サークル

日本語ではミステリー・サークルというが、クロップ・サークルという言い方の方が好き。
なんとなく。
ミステリーな円ってたくさんあると思う。
ユングが研究した曼陀羅だって、ミステリー・サークルに思える。
だから、クロップ・サークルをミステリー・サークルと呼ぶのは好みではない。
この世に不思議な円はたくさんあるのだ。

ネット上でたくさんクロップ・サークルを見てはニヤニヤしている。
だって、格好いいんだもん。
いったいどこの誰が作っているのか、謎なのも素敵。
神様、どうか僕たちがまだ知らない存在が、アレを作っていますように。

5月

23

5000回記念

もうすぐ4500回を迎える。
5000回には何か、個展のようなことをしたいと思っているが、5000回分の文章をただ掲示しただけでは面白くない。
何かいいアイデアはないかとうつらうつら考える。

5月

6

Oni

Theo HAZEというアーティストが、「Oni(鬼)」を描き続けている。
立体作品もあるし、インスタレーションもやる。
Oniは、怖くない顔、どちらかというとかわいいくらいの顔で、目から星が飛び出している。
マンガではありそうな表現だが、アートでは珍しい。
目から星が出るというのは、それを感じた人の主観である。
誰かが驚いて、心の中で「目から星が出る」と感じても、それは他人からは見えないのが普通だ。
しかし、その人が非常に驚くか苦痛を感じるか覚醒するか、何かして「目から星が出た」と感じたとき、その人に共感する人がそばにいたときには「目から星が出た」状態であることを感じることができるだろう。
つまり、Oniの様子は「よほど驚くか苦痛を感じたか覚醒したOni」の内面が、他の人らに伝わっている状況を表している。
Theo HAZEの作品は「それがOni」であることを伝えている。
Oniは誰でもがそれになる可能性を表現しており、そういうOniの状況を鑑賞者が受けとる準備を促しているように、僕には思える。
http://theohaze.com

12月

11

ゴールドはパープルを愛してる

伊勢丹新宿店メンズ館二階のメンズクリエーターズに行って、山崎美弥子さんの作品を観た。
帰ってから12年前にモロカイ島で会ったときの写真を見直す。
その頃にはもうすでに水平線の絵を描き始めていた。
12年たちいまの絵となる。
いったい何枚の水平線を描いたのだろう?
そういう積み重ねがあの絵には込められている。
山崎さんの絵はどれも小振りだ。
その小さなキャンバスという窓から、遠くの水平線を眺めるのが好きなのだろう。
モロカイの家の窓からも、海が眺められた。
伊勢丹の会場で、大小二枚の作品を買っていた、お洒落な帽子を被った年配のご婦人がいた。
カウンターで二枚の絵を包装してもらうのを待ちながら、そわそわしていた雰囲気が可愛らしかった。
あのご婦人はきっと今ごろ、あの大小二つの窓から、未来の水平線を眺めているのだろう。

12月

7

モロカイの日々

12年前にモロカイ島に行った。
泊まるところが少なく、人も7000人ほどしか住んでいない。
昔のハワイの雰囲気を残している数少ない島の一つ。
海を眺めていると、クジラが通っていった。
夜には星があまりにもきれいで、高いところに上がると足より下に星があるように感じた。

そこで暮らしているアーティストの山崎美弥子さんに会って、モロカイホテルでおこなわれていたフラのパーティーに参加させてもらった。
夜には夕飯をごちそうになった。
当時、娘が3歳で、山崎さんのおなかには二人目の子供がいた。
白い壁には、山崎さんの作品がたくさん飾ってあった。
そのなかに何点か水平線の絵があった。
いま伊勢丹新宿店メンズ館二階のメンズクリエーターズで、山崎さんの作品の展示販売がおこなわれている。
千年後の未来の風景として、その水平線の作品を観ることができる。
12年間、彼女は水平線を描き続けてきたんだな。
会場で販売されていた写真集『ゴールドはパープルを愛している』には美しく育った娘ふたりの写真が掲載されていた。
https://www.imn.jp/post/108057203218

9月

15

ひまわり

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展の目玉の一つに、ゴッホの「ひまわり」があった。
僕が中学三年の時に大きなゴッホ展があり、その時に見たひまわりとそっくりそのままだ。
同じ絵を二度見ることになったのかと思ったが、ひまわりは全部で七点あり、そのうち三点がとても似ている。
その細部の違いを解説したパネルが置かれていた。
それを見て、中三の僕が見たのはファン・ゴッホ美術館収蔵のものだったとわかる。
中三の僕と、今の僕。
あの頃のことが思い出される。

9月

14

ルノワール・劇場にて

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展に行ってきた。
一番興味があったのは「聖エミディウスを伴う受胎告知」だったが、一番心をうばわれたのは、ルノワールの「劇場にて(初めてのお出かけ)」だった。
その絵が展示されているとは知らなかった。
その絵は母が好きで、複製画が部屋に飾ってあった。
本物は初来日だというから、母も見ていなかっただろう。
母さん、本物を見たよ。

8月

13

横須賀美術館

建物自体が作品のような美術館がいくつもあるが、横須賀美術館もいい。
展示作品は土地にゆかりの作者のものを中心に集めているので、この美術館独特の雰囲気がある。
撮影した写真を編集してスライドショーにしました。

7月

7

四季〜ユートピアノ〜

1980年に製作されNHKで放映された単発ドラマ。
2000年を過ぎた頃に一度再放送された。
それを一度だけ見たのだが、とても印象に残った。
主人公の女性が調律師としていろんなピアノを調律していく。
淡々としたドラマだが、ピアノの音が印象に残った。
ピアノによってあんなにも音色が違うのかとはじめて知った。
もちろんピアノによって音の違いがあるのは知っていたが、置かれている場所によって響きが違う。
調律していくことでも音が変わる。
その些細な違いに気付かされていく。
ピアノの音が流れるたびに「うちのピアノの音と違うな」と思う。
うちのピアノの音と思い出の大切さをかみしめた。

1月

30

野生動物と共生する

いろんなところで野生動物が悪さをしているという。
千葉県ではキョンが大量発生し、日光ではニホンザルが観光客を襲い、北海道では民家の近くを熊が歩いているという。
ほかにもきっとあるだろう。
アフリカでは道路網が整備されてきて、象やヌーの移動に支障が出てきているという。
彼らは広大な大地にしか生きられないので、土地が区分けされてしまうと移動ができなくなり、生きて行くことが難しくなる。
そういう野生動物とどうやって共生するのか?
人間の都合だけ考えれば「駆除すればいい」ということになるのかもしれないが、それは地球全体の生命にとってどうかと考えた場合、大きな問題になる。
これからの人間は「生命全体」という視点を持たないとうまく地球と共生できなくなるのではないか。
僕たちは「生命全体」に含まれる人間という種でしかない。

12月

15

ネリ・オックスマン

MITにいるネリ・オックスマンのドキュメンタリーを見た。
ネットを検索するとブラッド・ピットと噂があるとか、美人であるとか、離婚しているとか、どうでもいいことばかりが出てくるが、そのやっていることを紹介している「アート・オブ・デザイン」というドキュメンタリーの第二回目、「ネリ・オックスマン:バイオ建築家」を見て、感激してしまった。
ネットフリックスで見られるので、見られる人は見るべきだと思う。
アート、サイエンス、デザイン、エンジニアリングを行き来し、ある領域の入力が他の領域の出力となるような仕事をしている。
蚕に巨大な構造物を作らせたり、生体デザインを建築に取り入れようとしたり、ガラスで描かれるプリンターを作ろうとしたり、凡人ではやろうとも思わないことに挑戦している。
ネリの父からの教え。
「創造のときは少し居心地が悪い。居心地が悪いとその方向性は正しい」
最初はたくさんの批判を受け、自分たちの居場所を死守したという。
はたから見ると作品はきれいで優雅だが、現場は汚くてゴチャゴチャできついという。
しかも、世の中の風向きに逆らうためにはかなりの根性がいるとも。
台風の目の中にいると静かだが、孤独で安らぎがあるという。
大きなゴールは、仲間を守り、台風の目の内側に置くこと。
そうやって他の人には成し遂げられない独特の創作物をチームで実現して行く。
彼女が大切にしているアインシュタインの言葉。
二通りの生き方がある。
ひとつは奇跡を否定する生き方。
もうひとつはすべて奇跡だと思う生き方。
彼女はすべてが奇跡だと思って生きている。

12月

6

風立ちぬ 玄き峰より

友人の望月クララさんが写真のグループ展に出展した。
その作品群のタイトルが「風立ちぬ 玄き峰より」。
「風立ちぬ」といえば、僕の年代で言えば、松田聖子の歌か、宮崎駿のアニメを思い出す。
どちらかに関係があるのかな?と思うと、宮崎駿のアニメであることがすぐにわかる。
クララさんのお父様が「震電」という戦闘機の開発に携わっていたそうだ。
12年前に他界した父親のノートを見つけ、それを読み、生前交わされなかった父娘の会話を取り戻す。
故人との会話は一方通行であるはずが、クララさんは亡父からの会話を思い出の場所、残された写真、残されたカメラやコンパス、計算尺などを頼りにおこなっていく。
亡父からの言葉はいったいどんなものだったのか、グループ展に立ち合う僕たちは、それを探りながら作品と向き合う。
クララさんはお父様とあまりお話しをした覚えがないと言う。
それを12年たったいま、取り戻そうとする試み。
父とした遅々とした会話によって蘇った言葉。
「飛行機ほど緻密な機械はないから、いまでは何を作っても簡単すぎる」
震電は1945年8月3日に試験飛行し見事に成功するが、実戦に投入されることはなく終戦を迎えた。
戦争・飛行機・意図の破綻・命の終わり。
これらがアニメ「風立ちぬ」とリンクし、不思議な感慨を抱かせる。

PHaT PHOTO 17J Exhibition “M”⠀
【会期】⠀
2019/11/27(水)〜2019/12/8(日)⠀
12:00-19:00(最終日は17:00まで)⠀
12/2(月)、12/3(火)休館⠀
【会場】⠀
72Gallery内 WhiteCube⠀
東京都中央区京橋3-6-6 エクスアートビル1F⠀
03-5524-6994⠀
(開館時間12:00-19:00 月、火休館)⠀
・JR東京駅 八重洲南口より徒歩7分⠀
・都営浅草線 宝町駅A4番出口より徒歩1分⠀
・東京メトロ銀座線 京橋駅1番出口より徒歩1分⠀
・東京メトロ有楽町線 銀座1丁目駅7番出口より徒歩3分⠀
https://facebook.com/events/528279214649754⠀

望月クララさんの在廊スケジュール⠀
6日 12:00〜19:00⠀
7日 15:00〜19:00⠀
8日 12:00〜15:00⠀
最終日の展示は17:00まで。

12月

5

貝がらの森

箱の表表紙と裏表紙が草の絵だけの本を買った。
タイトルさえも書かれていない。
よく見ると、表表紙に一匹だけ、草に埋もれるようにして、ワンピースを着た狐が描かれている。
なかひらまいさんの「貝がらの森」という本。
普通に出版するためには、表紙にタイトルがなくてはならない。
それを廃した。
普通に出版するためには、版権を一部出版社に渡さなければならない。
それが嫌で自社で出版した。
普通に出版するためには、出版社のアドバイスを聞かなければならない。
自分の感性にこだわるために表紙、ページ、流通法まで全部デザインした。
内容は毎日新聞大阪本社版で2013年11月に連載したもの。
はじめて読むが、どこか懐かしい。
この本を昨日、2019『貝がらの森』原画展で入手した。
高円寺駅から歩いて三、四分のギャラリー「たまごの工房」でおこなわれている。
行くとなかひらさんが待っていた。
原画を見ながらお話した。
巻末に、なぜこの物語を懐かしく感じるのか、ユング心理学研究会の白田信重氏が説明していた。

2019『貝がらの森』原画展
日付:2019年12月4日(水)〜8日(日)
時間:12:00〜19:30(最終入場時間/最終日の8日は18:00まで)
会場:東京・高円寺たまごの工房(東京都杉並区高円寺南3-60-6)

11月

28

美術手帳・アーティストのための宇宙論

美術手帳という雑誌の10月号が「アーティストのための宇宙論」というテーマだった。
普段ではあまり考えないことを考えるチャンスになった。
宇宙に行ってアートを作るとしたらどんなアートになるのか?
宇宙は地球の常識から離れた場所だ。
そこでさらにアートについて考える。
二段階でいまいる世界から離れていく。
でもさ、どう考えてもアートとして成立させるためには、人間の常識に戻ってしまう。
本当に超越してしまうと、ほとんどの人には理解不能になるしかない。
ごくわずかな人にうけるアート。
超通人向け。
宇宙人でも理解できるとさらにいい。

11月

11

弥勒菩薩

京都に行ったので、広隆寺を訪ね、弥勒菩薩に対面した。
諸仏に守られ、薄闇の中に佇む弥勒菩薩。
背中には千手観音。
外に出ると苔に囲われた池に日の光がきらきら。

1月

20

アイ・ウェイウェイ

両親が詩人で、文化大革命のときに一家で新疆ウイグル自治区の労働改造所、つまり強制収容所に送られてしまう。
その後、北京電影学院で前衛芸術を始めるが、そこでも中国の圧力を受ける。
以来、中国に批判的な作品を多数生み出す。
2009年、森美術館での展覧会はイマイチな感じがした。
それが何故かをここに書いた。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/p1395/
国から弾圧されても屈しない頑固な魂。
映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」には感動した。
アイ・ウェイウェイが監督している「ヒューマン・フロー」という映画が上映されている。
まだ見てないが、感動するに違いない。
現在はドイツに住んでいるらしい。