2月

28

前世でしてたこと

そもそも前世というものが本当にあるかどうかわからないが、あるとしたらきっとこれをやっていただろうなと思うことがある。
それは、写本だ。
文章を書き写していくだけの単純な作業だが、引用などでそれをしているとなぜか落ち着く。
しかも、幼い頃に兄がどこかから買ってきたレタリングの本に夢中になった。
百種類程度の異なる字体で書かれたアルファベットが、ただ羅列されているだけの本。
そこの字体を真似てみたり、参考にして自分なりの字体を作ったりもした。
当時はただ面白いからとやっていたけど、大人になって「なんでそんなことに夢中になっていたのだろう?」と思うようになって、そうか前世でしていたのかもと思うようになった。
科学的に本当のことではないけれど、僕の心に馴染むことなので、きっと本当のことだ。

2月

26

COVID-19

COVID-19のおかげで日本は狂乱状態一歩手前のようだ。
こういうときこそ落ち着かなければならないと思う。
COVID-19は確かにいままでのウィルスとは何かが大きく違う。
死亡率が低いと言われるが、なぜか検疫を厳重にしようとした。
検疫を厳重にしようとしたのになぜかダイヤモンド・プリンセスでの対応は間違っていたと言われる。
安倍内閣のシンパだといわれた百田氏や高須氏も、ウィルス感染者への対応は間違っているとtwitter上で言い出した。
政府は重症患者であふれることを予測しているからこそ、病院での対応を厳しくして、ウィルスの検査を軽症者には認めないようにしている。
電通では社員が感染したことを発表し、本社ビルに勤務する5,000人をテレワークに切り替えることを発表した。
大企業でこのような対応は日本では最初になる。
いままでにはあり得ないことが多い。
これは何のサインなのかな?

2月

21

死にたくなること

ときどき死にたくなる。
とんでもない失敗をしてしまったとか、誰かに責められたとか、借金が返せないとか、したいことができないとか、誰かに裏切られたとか、病気になってしまったとか、大切な集まりに遅刻してしまったとか、いつまでたっても仕事が終わらないとか、うっかりくだらない答弁をしている国会中継を見てしまったとか、あと20年生きるとしてたった2万回程度しかない食事の機会にまずいものを食べてしまったとか、楽しみにしていた集会がコロナウィルスのせいで中止になったとか、可愛いあの子に会えなくなったとか、、、
生きているという本質に関係ない、まったくどうでもいいこと悩むなぁと考えたあと、攻めに転じる。
死んだら何にも感じられなくなる。
どうせならもっと苦しんでやろう、悲しもう、悔しがろう。
どたばたじたばたしたあとで、楽しいこと、うれしいこともあるだろう。
それを感じるためには生きていなければならない。
死にたくなるようなことは、そのためのいいスパイスだ。

2月

12

チーターの狩り

ケニアの草原でチーターの親子を見た。
三頭ほどの子供と母親。
母親はガゼルを追って走り出す。
乾いた土の上を走るので、ものすごい速度で土煙が上がっていく。
草原を駆け回る土煙。
子供達は顔をあげてその様を見つめる。
チーターは、足は速いが力はあまりない。
相手が草食動物でも、狩りは楽ではない。
僕が見ていた狩りは空振りに終わった。
子供達のもとに戻ってきて、肩を落とす母チーター。

2月

11

蟻地獄

幼い頃、近所の農家の庭にあった物置の壁沿いに、蟻地獄がいた。
はじめて見た蟻地獄に興奮した。
蟻をつかまえてきては蟻地獄の巣に落としてみる。
逆円錐形の蟻地獄の巣は、蟻が入ると登れない。
上がろうとして足掻けば足掻くほど下に落ちていく。
円錐形の中心に届くちょっと前で、蟻地獄が砂をパッとかける。
蟻はそれでももがいて上がろうとするが、二度三度と同じことを繰り返して、力つきて巣の中心にいる蟻地獄に捉えられる。
その様を見て興奮し、もう一度と別の蟻をつかまえてくる。
気がつくと、僕たちは蚊にたくさん刺されていた。

2月

10

亀塚古墳

古墳に興味を持つようになったのは、亀塚古墳に行ったから。
大分県大分市、丹生川の別府湾に注ぐ河口近くにある。
全長116m、後円部の直径64m、前方部の長さ52m、高さが後円部で10mという立派な古墳が、平成に入ってから復元された。
葺石で覆われた美しい墳丘に前方部から後円部まで登ることができる。
一番高い後円部に登ると、別府湾が見下ろせる。
たまたま行った日が「海部のまつり」の日で、古代衣装をまとった女性たちが、男性の楽士たちを引き連れ、たおやかな舞いを披露しながら古墳のまわりを歩いていた。

2月

10

大阪歴史博物館

2001年に完成した大阪歴史博物館へ十数年前に行った。
何も知らずに館内に入り、10階に行く。
そこでは飛鳥時代・奈良時代の宮殿内が再現されていて、その説明のための映像が流されていた。
フムフムと思いながら見ていると、最後にCGで再現された難波宮が登場し、その建物内部から視点は建物の外に出て俯瞰となり、建物全体が映し出されると、目の前のスクリーンが窓に変わり、博物館から見下ろす土地にその建物があったことが示される。
そこからは実際の難波宮太極殿跡が見下ろせた。
博物館の映像でビックリした珍しい体験だった。

2月

8

ホケノ山古墳

大神神社に参拝に行ったとき、立ち寄った古墳。
箸墓古墳のすぐそばにある。
さほど大きくないし、登れるようだったので登っていった。
小高い丘となっていて、周囲をぐるりと見回すと、いくつかの古墳らしき丘が見える。
とても気持ちがいいので相方がそこで踊りだした。
両手を広げて「アー」っていいながらクルクル回った。
隣にいて思わず笑った。

2月

8

インターネットで変化したこと

インターネットというメディアのおかげで世界は変わった。
変化の最中にいる人々はほとんどそれに気づかない。
どこの誰かわからない人の文章より、親しい友人たちの文章に愛着を感じる。
誰か他人の文章に感心するより、自分の文章の腕を上げたい。
記録に残るから仕事の指示はすべてメールでする。
気軽に写真や映像を撮影する。
そうやって、PCやスマホに釘付け。

2月

8

書きたいことを書く

気持ちが勝手に動いてしまうような書きたいことを書く。
それが罵倒であろうが、卑猥であろうが関係ない。
たとえ他人にとって読むに堪えないものであろうとも、書き手にとっての書きたいことが最優先だ。
読者に嫌われることを恐れるようでは、気持ちいいものは書けまい。
ケルアックはこう言った。
心の底から底抜けに書きたいものだけを書け。

2月

2

声に乗るもの

声にはいろんなものが乗ってくる。
感情、体調はもちろん、ささいな違和感も伝えてくる。
声というものはいろんなことを含んでくれる。
その不思議さ。
僕の声にもいろんなものが乗るのだろう。
隠しても無駄だ。

2月

1

秩父遥拝

今朝、テレビをつけたら矢野顕子が民謡を歌っていた。
なんかいいなと思っていたとき、ふと「秩父遥拝」を思い出す。
笹久保伸さんが秩父の機織り歌やまりつき歌、雨乞いの歌などを集めてアルバムにしたもの。
もう歌われなくなってしまった歌ばかり。
笹久保さんは「秩父前衛派」というアート集団を主宰している。
武甲山の破壊をやめろと訴えながら、さまざまなアート活動をしている。
武甲山は石灰が産出されるのでセメント会社が掘り続け、山の形が変わってしまった。
毎年秩父夜祭で人々はその山を祀る。
秩父の町を潤すためにやせ細った山。
笹久保さんは「おかしいだろう」と訴えながら、いまはもうほかでは聞けない歌を声を絞り出すように歌うとき、隠されてしまった魂たちが咆哮を始める。
失われた山容、鉱石、泉、草花、動物、古事記の時代から伝わってきた物語や祀られた神々。
あなたには聞いてほしい、その咆哮を。

1月

27

たらふく食べる

血糖値が気になるお年頃なので、あまりたくさんは食べないようにしているし、かつてほどの食欲はなくなってきているが、それでもときどきたらふく食べるとうれしい。
いろんな栄養が血になり肉となる。
どんなウィルスもこれで撃退だ。

1月

24

難しいことをする

それは絶対無理だろうと思われることを覚悟を決めてやる。
失敗すると悲惨だ。
でもそこに生き甲斐が生まれる。

1月

21

拙著

かつて書いた本が何冊かあるが、ひさしぶりに取り出して読むと面白い。
そんなこと考えていたのかということに出会う。
古本が高い価格で取引されているとうれしい。

1月

19

瞑想

僕がはじめて瞑想をしたのは、1987年頃だった。
最初はなんだかよくわからないものだった。
頭の中でビジョンを描けといわれても、一切できなかった。
だけど続けるうちにいろいろと面白い体験をするようになった。
1997年に始めたヒーリング・ライティングに瞑想を取り入れた。
しばらくして瞑想の指導もするようになった。
瞑想でいいなと思うのは、解決すべき答えがあるときパッと閃くこと。
どうしてそんな閃きが来るのか謎だが、それが見事にいい答えなのだ。
なぜそんなことが起こるのか、そのメカニズムを探求中。

1月

17

歳を取る

歳を取ると思ったように体が動かないとか、簡単な固有名詞が思い出せないとか、不便なことが増えるけど、一方でとてもいいこともある。
かつて読んで理解できなかった本が理解できるようになるということ。
本は読めばおおよその内容は理解できる。
だけど読み終わっても、何か大切な部分がまだつかめてないと思うことがある。
そういう本はしばらく寝かせておく。
何年かたって、中には何十年かたって、この本はそろそろ理解できるなと思って読むと、確かに理解できるようになっている。
歳を取ってうれしいのはこういうとき。

12月

30

時間をかけた説明

何かを一瞬にして悟ることがある。
「なるほど、こういうことか」
一瞬でそれを了解するが、何をどう了解したのか、説明に時間がかかることがある。
悟ったことが複雑で説明しにくいものであれば、時間がかかるだけではなく、説明をどうしたらいいのかを考えなければならない。
こういうとき、知覚の不思議さを思う。

12月

23

知覚の扉

臼田夜半さんのお宅で「命に帰る〜生と死についての対話」をした。
対話と言うよりは僕が質問をして、臼田さんの話を聞いた。
そのなかでトマス・アクィナスの話が出てきた。
アクィナスは生涯の終わりに三昧の体験をした。
その結果、それまでに読了したことのすべて、論じたことのすべて、書き記したことすべてが、もみがらか藁くずに過ぎないものになったという。
うちに帰ってたまたま開いた本の最後にその話が出てきた。
オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』に。

12月

17

規則を作る

規則を作ることが楽しいと感じる人はどのくらいいるのだろうか?
大人になるとたいてい規則を作ると文句を言われる。
「それは公平じゃない」
「それはあなたの勝手だ」
「そんな規則面倒なだけだ」
などなど。
だけど子供の頃、規則を作るのは楽しいことだった。
どんな遊びにも約束事がある。
たとえば鬼ごっこ。
鬼が触ると触られた人が鬼になる。
みんなが楽しく遊ぶためには「おみそ」というのを作った。
遊んでいるグループのメンバーより、幼い子どもに「おみそ」という特別な権利を与えるのだ。
そのことで遊びに新たなバランスが生まれ、遊び自体が楽しくなる。
たとえば「おみそ」は鬼にはならないとか、三度触れられないと鬼にならないとか、鬼になったら味方をもう一人指定できるとか。
そうやって遊んでいる人全員の利益を生み出すのが「規則を作る」ということだった。
大人になると「全員の利益を生み出す」という前提はあるかのように振る舞うが、その実みんな自分の利益だけを高めようとして争う。
そしてそのことに関して誰も触れようとはしない。
だから規則を作るのは面倒になる。
そういう可能性は知った上で、参加者全員が楽しくなれるような規則を作るのは、本当は楽しいはずだ。

12月

10

写真の合成

初夢について語り合うイベントのビジュアルを作るのに、6枚の写真を渡された。
フォトショップでコラージュを合成する。
見たことのない異世界が生まれた。

12月

9

あふれる言葉

中村哲医師が殺され、SNSでは中村医師を賛美し悼む声が鳴り響いている。
二ヶ月ほど前、中村医師がアフガニスタンから名誉国民として市民証を授与されたニュースが入った。
そのニュースはあまり話題にはならなかった。
なぜだろう?
陰謀論の好きな人はきっとこういうだろう。
「喜びや賞讃されるような話はマスメディアは流さないんだよ」
確かにそういう部分はあるかもしれない。
でも「いいものはいい」と伝えてくれる人もいる。
「搾取するためには人民を困った状態に置かなければならないのに、ヒーローが助けるような話が一般化したら搾取できなくなるから、権力者は人民が困っているという情報だけしか流したくないんだ」
そうなのかな? そうかもしれないがそれを肯定する材料がないからなんともいえない。
こういう人もいる。
「一般の人が嫉妬したりうらやむような話はあまり流れないんだよ」
視聴率が上がらないとマスメディアには流しにくいからね。
それはあるかもしれない。
だとしたら、一般の人が嫉妬したり、うらやんだりしないようにならない限り、いまの状況は続くことになる。
でも、そのことだけに話を収束すると、それは正しくないような気がする。
現代の僕たちにとって、単純な言葉は罠だ。
社会は複雑に絡み合い、個人の感情もネットワーク社会によって生まれてきた算出しようもない果てしない関係で形作られる。
誰か一人が何かを乗り越えたところで何も変わらない。
その絶望感が世界を覆う。
でも、考え方をちょっと変えると希望も見える。
みんなで考え方を改めると、それはもの凄いパワーを生み出すということ。
そのきっかけとなる言葉が、ネットにあふれている。
新たな複製子が生まれるとき、そこには必ず解き明かせない混沌がある。

11月

27

鞄帰る

修理に出していた一澤信三郎帆布の鞄が帰って来た。
ところどころ縒れたり、色が抜けたりしているけど、一緒にいろんなところに行った相棒だ。
20年使っても修理してまだ使えるというのがありがたい。
肩かけバンドがボロボロになったので、交換してもらった。
交換する前に中国製の鞄を買ったが、数ヶ月で壊れてしまった。
壊れた部分を二回自分で修理したが、それでも壊れる。
力がかかる部分がうまく処理されてないために何度補強の縫い直してもまた壊れる。
20年使える鞄の凄さを思い知った。

11月

26

フランシスコ教皇の言葉

ローマ教皇が来日し、長崎、広島、東京と訪れた。
各地でミサを行い、言葉を残している。
核廃絶を訴え、戦争を撲滅し真の平和を希求した。
特に「生産性と消費への熱狂的な追求」についても批判した。
ありがたいことだ。
金銭を生み出さない「命の営み」に眼差しを向けるときが来た。

11月

21

香港ペニンシュラホテル

40年ほど前に香港を旅行した。
当時は香港のペニンシュラホテルが世界最高のホテルだと言われていた。
学生だった僕たちは、そういう高級ホテルに恐る恐る近づき、一階のカフェでお茶をした。
階上のバルコニーで弦楽四重奏が演奏されていた。
当時は香港がまだ英国領で、何年か後には中国に返還されるといわれていた。
香港の人たちは香港に留まるか、国外に行くか、考えていた。
そんな香港の中で、最高に贅沢な、そして国際的な場所だったペニンシュラホテル。
いまはどのようになっているのか?
ホームページには警告文が掲載されている。